カテゴリーアーカイブ:著作と講演

連載「公共を創る」112回

2022年3月18日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第112回「倫理や社会意識、議論する場は?」が、発行されました。
国家(政府)はどこまで、どのようにして社会に介入するかを考えています。その際に、「公共秩序の形成と維持」「国民生活の向上」「この国のかたちの設定」の三つの分野で議論しました。

このような議論を展開しているのは、これまでの政治学、行政学、経済学が、このような議論をしていないからです。これらの学問は現状を説明しますが、これからの未来像を提示してくれません。国民が政府に期待していることは、これだけでしょうか。現在の日本社会の不安である「格差」「孤独と孤立」「沈滞と憂鬱」に、政府も社会も応えていません。
国民に活力と安心を与える、その条件をつくるためには、政府と社会は何をすべきか。それを議論したいのです。

「学問は価値判断を避けるべきだ」という主張(価値中立)は分かりますが、それは分析の際に保つべき態度であって、「これからの社会をどのようにするべきか」は価値判断を避けて通ることはできません。
そして、そのような未来像を、どのような手続きでつくっていくかも問題です。国民生活の不安を扱う役所はありません。また、行政だけに任せるわけには生きません。

連載「公共を創る」執筆状況報告

2022年3月17日   岡本全勝

恒例の、連載「公共を創る 新たな行政の役割」の執筆状況報告です。
「2社会と政府(2)政府の社会への介入」の続きを書き上げ、右筆に手を入れてもらって、編集長に提出しました。

前回まで、社会(コミュニティ)への介入を書いたので、今回は、個人への介入です。公共の秩序を維持するために社会への介入が求められますが、個人にはプライバシー権があるので、介入は抑制的であるべきです。関与するとして、何についてどこまで関与するかが問題になります。また、内心への関与は避けるべきですが、いじめを防ぐためや、本人が一人前のおとなになるために、道徳や倫理を教えなければなりません。しかし、戦前の「修身」の反省に立って、道徳教育は控えられてきました。

また、幸福感、生きがい、生きる意味は、国家が関与するものではなく、個人が考えるものです。しかし、かつてに比べまた諸外国に比べ、日本の若者の幸福感は低いようです。そして誰もが、老いて病気になったり、親しい人が死んだりすると、生きる意味や死の意味を考え悩みます。
科学は、それに答えてくれません。親の教えや宗教が弱くなると、誰もその悩みに答えてくれません。個人の悩みと政府の所管範囲に「空白地域」があるのです。では、どうすればよいのか。難しいです。

これらについても、適当な概説書がないので、執筆に苦労しました。右筆との共同執筆に近いです。
1か月にわたって苦闘し、右筆が真っ赤に手を入れてくれた原稿は、ゲラにすると4回分になりました。4月掲載3回と5月掲載1回です。
締め切りを守って原稿を提出すると、ほっとします。今週は、内閣人局研修の質問への回答も仕上げましたし。夜のお酒がおいしいです。

時事ドットコムに転載「管理職研修の盲点」

2022年3月13日   岡本全勝

3月1日にコメントライナーとiJAMPに載った拙稿「管理職の必須知識」が、時事通信のニュースサイト「時事ドットコム」に転載されました。
企業も役所も大変!今どきの管理職研修に大きな盲点」です。無料閲覧可能なので、ご覧ください。なお、3月7日の『地方行政』にも載せてもらいました。

表題が、分かりやすいものに変わっています。なるほど、専門家は違いますね。
一般ニュースに取り上げられるとは、私の指摘が良い点をついていたということでしょうか。
「明るい公務員講座」3部作を書いたときに考えましたが、職員養成の重要性が叫ばれる割には、官民とも力を入れてこなかったように思います。「職員研修は充実している」と、関係者からは反論がおきるでしょうが。
1 職員養成とそのための手法(研修だけでなく)の、全体像や系統的な教科書がないこと。
2 職員養成の専門家が、企業や役所にいないこと。各分野の専門家はおられるのですが、全体を分かる人です。

今、勉強中です。この1と2について、良い教科書と専門家がおられれば、教えてください。お教えを乞いに行きます。

共同通信配信「東日本大震災11年 復興の課題」

2022年3月12日   岡本全勝

共同通信社「識者評論」に「東日本大震災11年 復興の課題」を寄稿しました。「計画策定 人口減を前提に」という表題で、いくつかの地方紙に掲載されています。

社からの依頼は、復興の反省点、特にインフラ復旧が課題になったのではないか、今後同じ轍を踏まないためにどうすればよいかです。
そこで、批判を受けた事業を取り上げました。過大な防潮堤、新しい町での空き地、新設住宅が空き家になる恐れの三つです。
関係者は誰も、無駄なものを作ろうとしたのではありません。この三つに共通するのは、人口が減少する地域では元に戻すと過大になるということです。今後の大災害で町を復旧する際には、この点を念頭に置いておく必要があります。

連載「公共を創る」111回

2022年3月11日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第111回「「世間の目」と学歴・職業観」が、発行されました。前回に引き続き、住みよい社会をつくる際に障害となる社会意識を取り上げました。

個人の自由を制約する集団主義の一つが「世間の目」です。我が国の治安がよいことの背景には、この世間の目もあると考えられます。しかし、過度に個人の行動を規制し、同調を強要する場合は問題です。今回のコロナ拡大でも、「自粛警察」と呼ばれる現象が起きました。自粛を要請した行動制限に従わなかった人を批判するのです。自粛は、あくまでその人の判断で従います。もし強要するなら、法令で行うべきです。

「社会」と「世間」という言葉は、同じように人が集まっている空間を指すのですが、少し意味が違います。社会は構成員とあなたとの間に直接の関係があってもなくても成り立っていますが、世間の方はお互いに意識する相手からなっています。
世間の目が困るのは、その主語が誰だか分からないことです。「・・・といわれている」という文章で、主語がないのです。さんざん説教しておきながら、末尾は「らしいわ。知らんけどな」です。これは関西だけでしょうか。

集団主義の次に取り上げたのは、学歴社会と会社員への安住です。そしてそれは、低い満足度につながっています。経済成長期での人生の目標が、成長を達成した後も続いています。目標の転換ができていないのです。