カテゴリーアーカイブ:社会の見方

市民を兵士にする仕組み、究極の上司部下関係

2013年8月17日   岡本全勝

河野仁著『玉砕の軍隊、生還の軍隊―日米兵士が見た太平洋戦争』(2013年、講談社文庫)を読みました。
極めて優れた学術書です。戦闘論や戦略論でない、兵士から見た軍隊と戦闘の文化論と言ってよいでしょう。筆者は現在、防衛大学校教授。原本は、博士論文を一般向けに書き直して、2001年に出版されました。
太平洋戦争を通じて、あるいはもっと広い歴史的文脈において、日本人の「特殊性」が、比較文化論として大いに論じられました。代表的なものは、ルース・ベネディクトの『菊と刀』でしょう。1970年代以降も、本屋には、日本人著者とともに外国人による「日本人論」「日本文化特殊論」が、たくさん並んでいました。
本書は、太平洋戦争を対象として、日米の兵隊の精神・文化の違いを分析したものです。一般市民がどのように兵隊に仕立て上げられるか、そして戦場でどのように振る舞ったかを、日米両軍の元兵士にインタビューして分析しているのです。よくある日本人論と違い、単にいくつかの象徴的なエピソードを基に、一般化しているのではありません。
人を殺したら殺人罪で処罰されるのに、軍隊に入ると人を殺さなければなりません。軍隊に入り教育されるだけで、人は「立派な兵士」になることができるのか。
それを効率よく徹底できるかどうかで、兵隊の質が決まります。本書を読むと、日本軍の方が、それに成功していたようです。その結果が、玉砕ができた軍隊と、できない軍隊の差になります。
その元になったのが、「捕虜になってはいけない」という教育です。しかしそれは、日露戦争後に起きた軍紀の退廃に対応するために進められました。日本人が、すべて最初から「立派な兵士」だったわけではありません。有名な「生きて虜囚の辱(はずかしめ)を受けず」の「戦陣訓」は、昭和16年に制定されています。
軍人教育を行っても、訓練しても、皆が「立派な兵士」にはなれません。上官の命令に従わない兵士、戦闘になると行方をくらます指揮官。日米両軍に、命令を実行しない兵隊が出ます。アメリカ軍での調査では、兵隊が実際に銃を発射した割合は25%、別の調査では15%です。この結果に、私たちも驚きますが、指揮官も驚いています。部下は、指揮官の命令通りには、動いていないのです。また、精神を病む兵士、後にPTSDになる元兵士もでます。
どのようにして、一般市民を軍隊に慣れさせるか、兵隊に仕立て上げるか。部分的な知識しか持ち合わせていない戦後世代には、わかりやすい書物です。
そして、死と隣り合わせになった戦場で、部下はどのような上司について行くか。部下についてきてもらうためには、上司はどのように振る舞うべきか。究極のリーダー論(現場での部隊での)です。平時の私たちにも、大いに参考になります。
このような本が、文庫本で読めるのは、ありがたいですね。とても重い内容なのですが。

日本は異質か

2013年8月16日   岡本全勝

1991年のバブル崩壊から始まった、日本経済の低迷。それは、しばらくして「失われた10年」と呼ばれ、続いて「失われた20年」と呼ばれました。「日本が特別だ」と、内外の識者は指摘しがちです。しかし、広い視野から見ると、そんなに特別なことは起きていません。
1990年代後半からのデフレについて、諸外国は日本の対応を批判しました。しかし、現在は、欧米各国もまた、金融不安、低成長、失業に、日本以上に悩んでいます。ロバート・マッドセン、マサチューセッツ工科大学シニアフェローは、次のように指摘しています(「衰退する日米欧経済」フォーリン・アフェアーズ・リポート2013年1月号)。
・・数字だけをみれば、日本の国力(パワー)がこの失われた20年で低下したわけではない。経済規模は、1990年代初頭と比べて大きくなっているし、防衛力も、大規模な投資と着実な技術改善によって強化されている。
だが、パワーは相対的なものであり、(その強さをはかる)重要な基準は、他国の人々や政府を、自国が望ましいと考える行動をとるように説得する手段をもっているかどうかだ。この基準でみれば、日本の影響力は明らかに低下しているし、今後もこのトレンドは続くだろう。
だが、日本がこの点で特異なケースというわけではない。それどころか、日本の影響力の低下は欧米を含む先進世界の変化の前兆だったとさえみなせる。いまや、あらゆる先進諸国の立場と影響力が形骸化しつつある・・
1990年代末までには日本脅威論は姿を消し、欧米諸国は経済を再生できずにいる日本政府を批判するようになった。ここにおける大きな皮肉は、日本政府にさまざまな注文を付けてきた欧米諸国が、いまや、日本経済の後追いをしてしまっていることだ・・
日本の「失われた20年」の経験から、なにがしかの教訓を学んでいた各国の中央銀行と政府は、危機を前に積極果敢な金融政策と財政政策を実施し、「自分たちは日本の二の舞にはならない」というメッセージを市場に送った。
だが、欧米の当局者の考えは甘かった。結局のところ、欧米経済がこの5年間で経験してきたことは、1990年代の日本の経験と非常に似ている・・

1991年から20年間続く、日本の経済低迷。そこには、2つの要素がありました。一つは、前半に起きた日本独自のもの、もう一つは後半に起きている先進国共通のものです。
日本独自のものとは、追いつき型経済成長の終焉です。欧米先進諸国を目標に、最先端の技術を輸入し、より安い賃金と優秀な技術力で、世界を席巻しました。しかし、先進諸国に追いつき追い抜いた時点で、このモデルは通用しなくなります。1990年代、時あたかも、アジアの各国が、30~40年前に日本がたどった道を急速に追いかけてきました。それまでの成功が大きかっただけに、急停止との差も大きかったのです。バブルの生成と崩壊が、この変化を増幅しました。
これら新興国が、もっと早くに日本型経済成長路線を歩んでいたら、日本の一人勝ちはなく、日本特異論は起きなかったでしょう。かつて日本企業が、欧米のカメラ、時計、電器、鉄鋼などの産業をなぎ倒したように、アジア各国特に韓国、台湾、中国の企業が、日本の産業をなぎ倒しています。でも、この半世紀の世界経済の歴史から見ると、特異な光景ではありません。歴史は繰り返される、です。日本独自と言いましたが、アジアの新興国が日本の道をたどっている以上、早晩、これらの国も、日本の1990年代と同じことを経験するでしょう。日本独自というのは、この時期に日本だけが経験したという意味です。
他方、先進国共通のものは、つぎのようなものです。経済の成熟、成長の鈍化、新興国の追い上げ、グローバル化、国内での高齢化と社会保障費の増大などに悩まされ、多くの国で経済が低迷しています。日本の低成長とデフレを批判した諸外国が、日本以上に低成長や失業の増大に悩んでいます(グローバル化と国家の役割)。日本は、先進国が経験したことのないデフレに悩みました。処方箋が、経済学の教科書に載っていないのです。日本が世界とは切り離された独自の世界で、独自のことを行っているのではありません。グローバル化した世界経済の中で、悩んでいたのです。日本の悩みは、世界共通の要素があったのです。

メーカーの利益、小売店の利益、消費者の利益

2013年8月12日   岡本全勝

日経新聞連載「経済史を歩く」8月11日は、「新宿カメラ戦争(1975年)、もう一つの流通革命」でした。
東京新宿を舞台に1970年代後半、カメラ専門店が、激烈な安売り競争を広げました。それは、現在の家電量販店の競争「新宿家電戦争」に続いています。
・・「ライバルとの競争もあったが、メーカーとの戦いが厳しかった」。ヨドバシ社長の藤沢昭和は振り返る。
ヨドバシの当初の仕入れ先は、各地の二次問屋やブローカー。手形決済が主流だったカメラの流通市場で、現金を早く手にしたい問屋や小売店が横流しした商品を「現金即日払い」でかき集めた。
メーカーが価格を統制し、利幅の厚い商売だった当時のカメラ業界で、ヨドバシの安売りは蛮行と映った。メーカーは一般小売店の抗議と価格維持を理由に、ヨドバシへの商品供給を拒む。「社員を順番にヨドバシに行かせて、店頭の自社製品を買い占めた。製造番号から仕入れ先を突き止め、圧力もかけた」。あるメーカーOBの証言だ。
結局は、大量販売と現金決済の前に、メーカーは屈した。夜中にこっそり搬入したり、ダミーの問屋を経由したりしながら、ヨドバシへの商品供給は膨らんでいく。1980年ごろまでには、主なメーカーとの直接取引が実現した。
オリンパスでカメラ事業を率いた小島佑介は「消費者の支持で食べているのだからメーカーの言うことを聞く必要はない、というのがヨドバシの主張。それは正論だった」と話す・・

思い込み、男女の区別

2013年8月10日   岡本全勝

日経新聞連載「Wの未来、男も動く」8月8日の記事から。
・・「皆様、離陸いたします」。全日本空輸の客室乗務員、二川恒平(27)が着席すると、近くの男性乗客が舌打ちした。「女性の客室乗務員と話すのを楽しみにしていたのに」。つぶやきが聞こえたように思えた。全日空の客室乗務員約5700人中、男性は7人・・
浜松市職員の保育士、藤田耕介(28)が2007年に新人配属された郊外の公立保育所は、職員約20人のうち男性は藤田のみ。男性用の更衣室もトイレもない。女性同士の話題に加われない。物珍しさから、近所の住民が次々のぞきに来る・・厚生労働省の調査では、保育士のうち男性は3%弱・・
ありそうなことだと、思います。私たちの思い込みが、いかに強いかの例です

岩波新書読者の高齢化

2013年8月10日   岡本全勝

岩波書店PR誌『図書』8月号、佐藤卓己さんの「『図書』のメディア史」に、次のようなことが載っていました。
岩波新書の読者アンケートが、1970年、88年、95年に実施されました。調査結果では、読者年齢の頂点が、20代から30代、40代へと移行しています。特に20代が占める割合は、25年間で31%から8%に減ったそうです。
私も、新書のファンですが、読者の高齢化に、びっくりしました。若い人は、読まないのですね。今アンケートを取ったら、どうなっているのでしょうか。