市民を兵士にする仕組み、究極の上司部下関係

河野仁著『玉砕の軍隊、生還の軍隊―日米兵士が見た太平洋戦争』(2013年、講談社文庫)を読みました。
極めて優れた学術書です。戦闘論や戦略論でない、兵士から見た軍隊と戦闘の文化論と言ってよいでしょう。筆者は現在、防衛大学校教授。原本は、博士論文を一般向けに書き直して、2001年に出版されました。
太平洋戦争を通じて、あるいはもっと広い歴史的文脈において、日本人の「特殊性」が、比較文化論として大いに論じられました。代表的なものは、ルース・ベネディクトの『菊と刀』でしょう。1970年代以降も、本屋には、日本人著者とともに外国人による「日本人論」「日本文化特殊論」が、たくさん並んでいました。
本書は、太平洋戦争を対象として、日米の兵隊の精神・文化の違いを分析したものです。一般市民がどのように兵隊に仕立て上げられるか、そして戦場でどのように振る舞ったかを、日米両軍の元兵士にインタビューして分析しているのです。よくある日本人論と違い、単にいくつかの象徴的なエピソードを基に、一般化しているのではありません。
人を殺したら殺人罪で処罰されるのに、軍隊に入ると人を殺さなければなりません。軍隊に入り教育されるだけで、人は「立派な兵士」になることができるのか。
それを効率よく徹底できるかどうかで、兵隊の質が決まります。本書を読むと、日本軍の方が、それに成功していたようです。その結果が、玉砕ができた軍隊と、できない軍隊の差になります。
その元になったのが、「捕虜になってはいけない」という教育です。しかしそれは、日露戦争後に起きた軍紀の退廃に対応するために進められました。日本人が、すべて最初から「立派な兵士」だったわけではありません。有名な「生きて虜囚の辱(はずかしめ)を受けず」の「戦陣訓」は、昭和16年に制定されています。
軍人教育を行っても、訓練しても、皆が「立派な兵士」にはなれません。上官の命令に従わない兵士、戦闘になると行方をくらます指揮官。日米両軍に、命令を実行しない兵隊が出ます。アメリカ軍での調査では、兵隊が実際に銃を発射した割合は25%、別の調査では15%です。この結果に、私たちも驚きますが、指揮官も驚いています。部下は、指揮官の命令通りには、動いていないのです。また、精神を病む兵士、後にPTSDになる元兵士もでます。
どのようにして、一般市民を軍隊に慣れさせるか、兵隊に仕立て上げるか。部分的な知識しか持ち合わせていない戦後世代には、わかりやすい書物です。
そして、死と隣り合わせになった戦場で、部下はどのような上司について行くか。部下についてきてもらうためには、上司はどのように振る舞うべきか。究極のリーダー論(現場での部隊での)です。平時の私たちにも、大いに参考になります。
このような本が、文庫本で読めるのは、ありがたいですね。とても重い内容なのですが。