カテゴリーアーカイブ:社会の見方

日本型信頼社会の低下

2018年10月15日   岡本全勝

7月31日の朝日新聞オピニオン欄「孤独は病か」を紹介しました。「孤独という社会問題」(8月9日)。すみません、古くなって。書きかけで、放ってあったのです。

他人との信頼関係、近年では「ソーシャルキャピタル」が、良い社会をつくるためにも、経済活動にも重要だと主張されています。その点で、日本は、隣近所での助け合いや、職場内での団結など、他人との信頼関係が強い社会だと言われてきました。
しかし、どうもそうではないようです。そこには、2つの要素があります。

1つは、日本社会は本当に、信頼の高い社会なのかということです。
かつては地縁、血縁、社縁で助け合っていました。しかしそれは、「身内」には親切ですが、「ソトの人」には冷たい社会でした(山岸俊男著『信頼の構造』1998年、東大出版会)。社会一般に、信頼関係が強いものではなかったのです。ソトの人との接触が増えると、この弱点が見えてきます。

2つは、その信頼関係も、急速に弱くなっているのです。
「身内に親切」も、機能が低下しました。田舎では農村の共同体が縮小し、都会でも地元の商店で働くのでなく通勤する勤め人が増えることで、地縁社会が弱くなりました。親族による助け合いも、減りました。企業は、生活を丸抱えしてくれなくなりました。ムラ社会が小さくなったのです。
他方で、一人暮らし、あるいは孤立した家族が増えているのです。

先日、アメリカが契約社会であるのに対して、日本は帰属社会だと説明しました「契約社会と帰属社会2」。しかし、この帰属社会の欠点と衰退が見えてきたのです。
この項続く

契約社会と帰属社会2

2018年10月12日   岡本全勝

吉見俊哉著『トランプのアメリカに住む』を読みながら考えた、アメリカ社会と日本社会のなり立ちの違い「契約社会と帰属社会」の続きです。

アメリカを契約社会とするならば、日本は帰属社会と呼びましょう。
吉見先生が指摘しておられる、大学においての学生と教授と(大学と)の契約は、アメリカの会社や社会一般に及びます。社員は会社に属しますが、会社を給料を稼ぐ場、そして自らの技能の上げる場と考えます。すると、技能が上がれば、そして自分の給料を上げるため、次の職場に移ります。会社も、契約相手です。労働を提供する代わりに給料をもらう、授業料を払う代わりに講義を受ける・・・。

他方、日本では、大学も会社も帰属する共同体です。その組織に属することで、各人は安心し忠誠を誓います。組織は、構成員に給料や講義を提供するだけでなく、安心を提供します。組織は、契約相手でなく、共同体です。給料や授業料は対価とは考えません。
かつて、村落での生活がムラ社会と呼ばれました。生活のすべてを包み込むのです。その延長で、会社もムラ社会と見なされました。社員だけでなく、家族の面倒まで見てくれるのです。

契約相手の場合は、相手とは対等です。相手が会社という大きな組織であってもです。その代わり、その契約を選び、結んだ本人に責任が生じます。
帰属の場合は、会社や組織の一員となって、組織とは対等ではなく、組織の構成要素であり、部品です。職務内容は契約書に記述されず、会社の方針に委ねられます。他方で組織は、構成員に生活の安定を提供しなければなりません。丸抱えになり、構成員は組織が面倒を見てくれると期待しています。ここに、甘えの構造が発生します。本人の責任であっても、組織を恨むことがあります。
また、契約は取引であり、割り切りことができます。それに対し、帰属は心情的で、割り切ることは難しいです。
この項続く

契約社会と帰属社会

2018年10月9日   岡本全勝

吉見俊哉著『トランプのアメリカに住む』p92「シラバスは学生との契約書」の下りを読みながら、アメリカ社会と日本社会のなり立ちの違いを考えました。

・・・渡米の数か月前、最初に苦労したのはシラバス(授業計画)の作成だった。今回の授業のために、私は英文で10頁に及ぶ詳細なシラバスを作成しなければならなかった。毎週、それぞれ何を目的にどんな素材を扱うかを明示し、三本程度の英語の課題文献を詳細に指定するのである・・・日本の大学のシラバスはせいぜい1頁、15週分のテーマを並べて終わりだから、この日本の差は歴然としている・・・

・・・授業が始まってからも、シラバスは決定的な意味を持ち続ける。授業は最初にに書いたシラバス通りに進み、大幅な方針変更はNGである。教師だけでなくTA(ティーチング・アシスタント)も学生も、シラバスに従って準備を進め、毎週の授業が進められる・・・だが、ハーバードの同僚に聞くと、皆口を揃えて「シラバスは学生との契約書」だと言う。教師はシラバスで提供する授業の内容を詳細に示し、学生はそのシラバスを見て授業の受講を決めるのだから、その時点で両者は契約を結んだことになる。教師も学生も契約違反はできない。教師が契約内容を変えて別のことを教えるのはご法度だし、学生も契約通りにレポートを出さなかったら落第となる・・・

・・・アメリカ生活が長い人々には、おそらくこのメタファーがぴったり来るのだろう。とにかくアメリカは社会契約によって成り立っている社会である。しかし、「学生との契約」という観念がそもそもない日本の大学教師にとって、この解釈は今ひとつピンとこない。正直、教師と学生の関係は社会契約的なものではなく、もっと共同体的なものではないかと思いたくもなってしまう・・・

なるほどと思いました。この項続く

吉見俊哉著『トランプのアメリカに住む』2

2018年10月7日   岡本全勝

吉見俊哉著『トランプのアメリカに住む』の続きです。もう一つの主題は、ハーバード大学と東大との比較です。詳しくは読んでいただくとして。同じ大学の授業といっても、これほど内容に差があるのかと、驚きます。
慶應大学の授業では、「古くなりましたが。皆さん方の先輩の留学記です」と言って、阿川 尚之著『アメリカン・ロイヤーの誕生―ジョージタウン・ロー・スクール留学記 』(1986年、中公新書)を読むことを勧めています。

日本の文化系の大学の授業は、「甘い」ですわね。それを許しているのは、そしてそれを支えているのは、学生の意識と大学の都合、そしてなにより日本社会の意識です。
・学生に学問を求めない会社。学生の頭は白地で良い、会社に入ってから教えるから。根性があればよい、それで会社では通じるから。
・楽をして卒業できるのなら、それが良いと考える学生。
既に指摘されているように、採用する会社は、学生がどれだけ学問を修めてきたかでなく、大学の偏差値で学生を評価します。大学での学問より、大学入試で判定しているのです。

日本において文化系の大学は、レジャーランドであり、学生にとってはモラトリアムの時期です。で、就職面接の際には、「学生時代力を入れたこと(ガクチカ)」が聞かれます。本来なら、「大学ではどの分野を研究し、どのような内容を修めましたか」を質問するべきでしょう。
もったいないですね、高い授業料を払いって。人生で一番元気な時期に、生産性の低いことをしているのは。もちろん、様々なことに挑戦するのは、良いことですが。勉強しないなら、大学に行かずに他の場所で、やりたいことをできないのでしょうか。そのような場所を提供することを考えたら、社会に貢献する良い商売になるのですが。

私は、慶應大学法学部という優秀な学生を相手にしているので、他の大学の教授よりは、講義は高度なものができています。ただし、「岡本の地方自治論」を履修したと言えるように、学生の「品質保証」は必要です。よって、試験は厳しいです。
一度も授業に出席せず試験だけを受けるという、「あんた講義を何と考えているの」と聞きたい学生もたくさんいます(評価基準に合致しておれば及第点を与えていますが)。もったいないですよね、岡本講師の講義を聴かないなんて。
予習しなくても出席すれば、ある程度のことはわかるような授業をしていますが、これも甘いですね。

しかし、日本の大学での授業の世間相場がこうなっている以上、ハーバード大学流の講義をするのは、難しいです。
吉見先生が提案しておられるように、日本の大学の「軽い科目をたくさん履修する」から、ハーバード大学のように「重い科目を少数履修させる」に変えることは、現実的な改革論だと思います。
この項続く。

吉見俊哉著『トランプのアメリカに住む』

2018年10月6日   岡本全勝

吉見俊哉著『トランプのアメリカに住む』(2018年、岩波新書)が勉強になりました。吉見・東大教授が、1年間、ハーバード大学に滞在し講義をした際に、考えたことをまとめたものです。
大きく2つのことが、書かれています。一つは、ボストンで見た、アメリカ社会です。表題にあるように、トランプ大統領を生んだ社会背景、そしてトランプ現象はどのように社会を変えているかです。もう一つは、ハーバード大学と東大との違い、アメリカの一流大学と日本の一流大学との違いです。それぞれに、深い学識に裏打ちされた、鋭い分析です。

かつて、日本にとって、あこがれでありお手本であったアメリカ。豊かさ、自由、平等、民主主義、それを支える市民と社会。しかし、それがいまや、うまく行かなくなっています。
経済産業構造の変化により、一部の大金持ちと多くの貧困層とに分化します。産業空洞化は、工場労働者を失業に追いやります。そして、一生懸命働けば豊かになる、戸建ての家が買えるというアメリカンドリームが、消えてしまいました。建国以来、頑張れば両親より豊かになれたのが、そうならなくなったのです。大量の移民の流入と合わせて、希望の持てない階層が増えたのです。
貧困と格差は、民主主義や安定した社会を内部から、基礎から崩してしまったのです。治安の悪化、薬物依存・・・。自由と民主主義のお手本であったアメリカを支えていたのは、その精神とともに、豊かさだったのです。そして、いままで隠されてきた問題や亀裂が、表に出て来たのです。
アメリカンドリームは、アメリカの問題に変わってしまいました。

産業構造の変化は、日本にも押し寄せています。昭和の終わりごろから、農業が衰退し、加工組み立て工場はアジアに移転しました。移民はまだ少ないですが、コンビニや居酒屋などでは、外国人労働者が増えています。バブル崩壊後は、一生懸命働いても、豊かになれないことが現実になりました。
アメリカの姿が、日本の未来予想図になるのか。そうしないためには、どうすれば良いのか。
産業構造の変化とともに、一人暮らしと高齢者が増える家族の変化、孤立や孤独といった社会でのつながりの希薄化、子供の貧困に見られる格差など、これまでの日本社会の安定を支えてきた条件が変化しています。
大災害のように一挙に起きる大変化でなく、毎日少しずつ変化する緩慢な変化です。気がついた時には、大変化が起きているのです。
事前に対応する。例えば、高齢者の増加を見通して、介護保険を2000年から実施しました。これがなかったら、高齢者は困難な生活を強いられたでしょう。
先に挙げた社会の基礎条件の変化に対し、社会の安定を守るために、意識と制度をどのように作っていくか。政治家と官僚の構想力が試されています。
大学の違いについては、別途書きましょう