カテゴリーアーカイブ:社会の見方

エスカレーターは歩かない

2018年12月17日   岡本全勝

エスカレーターの乗り方が、変わってきました。
いつの頃からか、右側(関西では左側)を空けて、急いでいる人を通すようになりました。私も、『新地方自治入門』(2003年)では、「このようなマナーは、これから定着するのでしょう」と書きました。
ところが、右側は空いているのに、左にエスカレーターを待つ長い列ができていることがあります。これは無駄ですよね。しかし、「急いでいる人がいるといけない」「右に立ったら、歩いて登らなければいけない」と思う人が多いようです。

最近は、「エスカレーターは歩かず、2列に並んで乗りましょう」と勧めているようです。NHKニュース。「マナーの作り方

それぞれの国のかたち

2018年12月15日   岡本全勝

12月7日の朝日新聞オピニオン欄、佐伯啓思先生の「道徳観と切り離された報酬額 「常識」あっての市場競争」に次のような発言が載っています。

・・・倫理観や道徳観念は国や地域によって少しずつ異なっている。一般論としていえば、米国では、自由競争、自己責任、法の尊重(逆にいえば法に触れなければよい)、能力主義、数値主義などが大きな価値を持って受け入れられる。しかし、日本ではそうではない。協調性やある程度の平等性、相互的な信頼性などが価値になる。

だが米国流の価値をグローバル・スタンダードとみなした時、グローバル競争は、日本の価値観や道徳観とは必ずしも合致しなくなる。しかしそれでよいではないか。もともとグローバル・スタンダードなどという確かなものはないのだ。あるのは、それぞれの国の社会に堆積(たいせき)された価値観、つまり「常識」であり、そこには明示はされないものの、緩やかな道徳観念がある。企業も市場経済も、この「われわれの常識」に基づいているはずなのである・・・

そうですね。アメリカは、先住民を追い出して、新しく町をつくりました。その際に、自己責任、自由競争、契約などが、共通認識になりました。自治体も、企業をつくる時と同様に、住民たちが規則を定めてつくったのです。連邦政府もそうです。大統領と訳しますが、原語はPresidentで、社長や会長と同じです。参考「契約社会と帰属社会2」

私は、このような各国の社会を支える国民の共通認識を「この国のかたち」と呼んでいます。この言葉は、司馬遼太郎さんの言葉ですが、なかなかに奥深い言葉です。憲法にも法律にも書かれていないのですが、それぞれの国(国民の多く)が持っている共通観念です。国柄とも呼んで良いでしょう。
かつては、文化人類学などで、各国の社会の特色が比較されました。「タテ社会の人間関係」もその代表です。特に西欧と比べた際の日本の特殊性が取り上げられました。日本文化論です。ムラ社会論や日本軍の特殊性もその列にいます。

道徳のほかに、宗教や習俗なども、この国のかたちを支えています。公共政策を考える際に、これは大きな要素だと考えています。社会的共通資本、関係資本であり、文化資本です。
この国のかたちも、時代とともに変わります。そして、自然体に放置するのではなく、良い方向に持って行くことも、私たちの責任です。
国と同様に、会社には社風があり、地域や家庭にもそれぞれに気質があります。

東京名所、東京キャラクターストリート

2018年12月13日   岡本全勝

東京キャラクターストリート」ってご存じですか。東京駅八重洲北口地下一階にある、お店が並んでいる通りです。リンク先のホームページを見て頂くとわかります。

テレビ局のマスコットキャラクター(NHKのどーもくんなど)や、ポケモン、ハローキティ、リラックマ、プリキュアなどなど。子供や若い人が見たら、絶対に喜ぶお店です。それらが、一か所に並んでいるのです。すごい数です。子供さんを連れて行ったら、数時間は動かないでしょうね、笑い。

私は、日本橋や八重洲で異業種交流会に出席したあと、丸ノ内線に乗るために、東京駅の地下通路を通るのですが、その途中に、この通りがあります。大人でも、楽しめますよ。東京の新名所の一つです。

グローバル化とグローバリズムの違い

2018年12月12日   岡本全勝

12月7日の日経新聞オピニオン欄に、クラウス・シュワブ世界経済フォーラム会長の「グローバル化、関与と想像力を」が載っていました。

「第2次世界大戦後、国際社会は一丸となって共通の将来の構築を目指した。現在、再び同様のことが必要になっている。
2008年の金融危機後の景気回復はもたつき、まだら模様だった。社会のかなりの人々が政治や政治家に対してだけでなく、グローバル化と経済システム全体に不満を抱き、怒りを募らせる。不安といら立ちが広がる時代には、ポピュリズム(大衆迎合主義)が人々を引きつける」
として、その次の段落で次のような趣旨を述べておられます。

すなわち、グローバル化とグローバリズムは、異なる概念である。
グローバル化は、技術や思考、人々、製品の移動が進む「現象」であること。
他方、グローバリズムは、国益よりも、ネオリベラリズム(新自由主義)的な世界秩序を優先する「イデオロギー」であること。

原文をお読みください。

変わる死因

2018年12月5日   岡本全勝

11月29日の日経新聞「死期先延ばし」の記事に、「進歩する医療、変わる死因」が載っていました。
そこに、日本人の主な死因のこの100年間の変化が、図になっています。大きな変化が一目瞭然です。

かつては、肺炎や結核がダントツでした。結核は不治の病と恐れられ、小説の題材にもなりました。それが、栄養状態の改善や薬の開発で、劇的に減りました。
脳卒中も、健康診断で高血圧の人を見つけ、塩分を減らす食事や血圧を下げる薬で減りました。
他方で、がんが増えています。これは、高齢化によって増えたと説明されています。人は、いずれは死にます。他の病気による死が減ると、残る病気が死因になるのです。