カテゴリーアーカイブ:社会の見方

個人の不満を吸い上げていない民主政治

2022年8月25日   岡本全勝

8月12日の朝日新聞オピニオン欄、山腰修三・慶應大学教授の「安倍元首相銃撃 民主主義という参照点から掘り下げて」から。

・・・また、「事件は世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に恨みを抱いた容疑者が引き起こしたものであり、安倍氏の政治信条への異議申し立てではないのだから、民主主義とは関係がない」との反論もあるだろう。だが、これも7月18日付の朝日のインタビューでの政治学者・宇野重規氏の言葉を借りるなら、あまりに「表層的」である。
宇野氏によると、個人の不満を吸い上げる政治的な回路が機能不全を起こし、本来社会全体で解決すべき問題が、あたかも個人の問題であるかのように捉えられるようになった。政治と切り離され、漂流するこうした不満が今回のように暴力の形で噴出してしまったのであれば、それは「民主主義の敗北」にほかならない。今回の事件を読み解くうえで重要な指摘である。

近年、世界的な民主主義の退潮が繰り返し指摘されてきた。日本だけがこの潮流と無縁であることなどありえない。トランプ現象のような分かりやすい形で大規模に展開しなかっただけで、人々の不満や要求を政治につなげる回路は着実に衰退してきた。
日本では安倍政権下の官邸主導によってさまざまな政策が実現する一方で、民意を代表しているはずの国会での議論が軽視された。思い返せば、今世紀初頭の小泉純一郎政権下の経済財政諮問会議を通じた「改革」をメディアも世論も大いにもてはやした。だが、それもまた政党や国会を迂回し、一部の専門家やビジネスの論理を政治に反映させる手法であった。
一般の人々の不満や要求を政治につなげる回路たるべき組織や制度が徐々に衰退し、民意は漂流を始めている。人々は選挙も伝統的なマス・メディアも、自分たちを代表していないと考えるようになった。

かつての大衆社会論に基づけば、中間集団を喪失した大衆は、政治的な無関心と熱狂との間を揺れ動く存在となる。こうした状況は現代社会において、今回のような暴力だけでなく、ポピュリズムや陰謀論が活性化する条件を形成することになる・・・

日系人リーダー 日米の懸け橋

2022年8月24日   岡本全勝

8月14日の読売新聞、ポール与那嶺・米日カウンシル理事長の「日系米国人の歴史と未来 日系人リーダー 日米の懸け橋」から。

・・・41年12月の真珠湾攻撃後、米国では日系人に対する差別と偏見が激しさを増し、翌42年の強制収容につながりました。米本土では西海岸を中心に約12万人が、ハワイでも約2000人が収容所に送られました。
日系人が味わった苦悩は、想像を絶するものでした。とりわけ日系2世への影響は大きかったと思います。米国籍を持つ米国人でありながら収容所に入れられ、米国への忠誠心を示すために、約3万3000人が米軍に志願しました。苛烈な欧州戦線に派遣され、そこで多くの死傷者を出しながら、戦果を上げて日系人の評価を高めたのです。
そんな2世から戦後、日系人初の連邦議会議員にダニエル・イノウエ元上院議員(2012年死去)、初の閣僚にノーマン・ミネタ元運輸長官(今年5月死去)といったリーダーが生まれました。次の世代の私たち3世には優れたリーダーがあまりいないようです。3世は一般的に2世の親から、「目立ちすぎるな」「完璧なアメリカ人になれ」と言われて育ちました。強制収容の影響もあったのでしょう。多くは日本語を話せず、日本の知識もありません・・・

・・・日本人は戦後も、「ジャップ」と蔑称で呼ばれることがありました。イノウエ氏が一番誇りに思っていたのは、彼が議員になって以降、政治家がジャップという表現を使わなくなったことだそうです。
日系社会がアイデンティティーを保ち、米社会で存在感を発揮するには、国の中枢で活躍する日系人リーダーが絶対に必要です。それは日系社会のためだけではありません。日系人リーダーの存在は、米国で暮らす他の人種と同様、米国の多様化や米国をより良くするために不可欠なのです。
次世代のリーダーとして期待されるのは、日系4世と5世です。この世代は完全な米国人です。彼らには「言うべきことは言う」という米国人らしさがあります。一方で、和食やアニメなどのブームもあり、良い意味で日本に高い関心があります。
私が理事長を務める米日カウンシルは、民間交流などを通じて日米関係の強化を図る非営利団体です。10月に日系人リーダー候補50人を日本に招き、日本の政財界の人らと交流させる計画です。全員が40歳未満で、4、5世がほとんどです。

日本企業は戦後、自動車に家電と、あらゆる分野で米国に進出し、成功を収めました。でも、日本のビジネスマンは一般的に、北米のビジネスマンと個人的に密な関係は築けていませんでした。日本の会社名や商品名は知っていても、役員の名前を知る米国人は少ないのです。
日米間にいまだ横たわる言葉や文化の溝を埋めるには、人と人とのつながりが大切です。10月に訪日する日系人リーダー候補は、日本人の血を受け継ぎ、日米両国の文化や慣習も理解しています。日米の懸け橋となるには、これ以上ない人材です。彼らは今後、両国をつなぐ太いパイプとなり、両国に相乗効果をもたらすでしょう。人と人との交流が深まれば、過去に日本企業が苦労してきた言語や商習慣の違いというハードルも低くなるはずです。彼らの活動を支援することは、米国だけでなく、日本にも大きなメリットをもたらす「未来への投資」だと捉えてほしいのです・・・

アメリカ人も気兼ねして発言しない

2022年8月23日   岡本全勝

8月12日の日経新聞夕刊、美術史家・秋田麻早子さんの随筆、「すべては繫がっている」から。

・・・アメリカでの大学時代、私は美術史と美術実技の二重専攻で、油絵や版画などの作品を制作する授業をかなり取っていた。実技の授業では、先生が作品について講評する。それに加えて、生徒同士で互いの作品について批評しあう時間も設けられていた。
それまで私はこう思っていた。アメリカ人は自己主張に慣れているので、こういった場面でもはっきり自分の意見を言うのだろう、と・・・

・・・ところが、実技のクラスでのクラスメートの態度は、私の予想を裏切るものだった。油絵のクラスでのことだ。誰に意見を求めても「すごくいいと思う」「好きだな」「色とかすてきだと思う」といった誰でもとっさに思いつく内容を、小声でおずおずと述べるだけ。そしてすぐに全員が押し黙り、教室がシーンとなった。先生もあきれ顔。
私は驚いた。アメリカ人もそうなのか、と。そして安心もした。

確かに、軽く褒めるといった程度のことなら、アメリカ人の学生は日本人よりずっと簡単にやってのけるところはある。また、どうでもいいと思われそうな事を恥ずかしがらずに聞くのも上手だ・・・
・・・しかし、他人の作品についてかなり突っ込んだレベルでどうこう言わなければならない局面になると、途端に気を使い始めるのだ。余計なことを言って空気を悪くしたくない、という磁場が形成されていくのを感じた・・・

旧統一教会、社会との関係

2022年8月22日   岡本全勝

8月10日の朝日新聞オピニオン欄「旧統一教会、社会との関係」、紀藤正樹・弁護士の発言から。

旧統一教会は、1980年代から90年代に大きな社会問題になりました。当時と比べて、教団の活動自体にあまり変化はない。大きく変わったのは社会の視線です。
90年代には、70~80年代に勃興した新興宗教が統一教会以外にも多くあり、社会がカルトを見る目も厳しかった。特に95年のオウム真理教事件の後は、カルト問題の報道が非常に多くなされました。
ところが、2000年代半ば以降、新興宗教についての報道が明らかに減ります。オウム真理教事件が風化し、社会の視線も厳しさを失った。カルトへの厳しい視線や社会的規制が続いていれば、政治家も安易に統一教会とは関われなかったはずです。

法的な規制の問題もあります。1987年、統一教会と関係があり、高額なつぼなどを販売する会社の霊感商法に被害者から提訴が相次ぎ、警察も摘発に動きますが、会社が霊感商法の自粛を宣言してうやむやになってしまった。
2000年代後半には、警察が摘発に乗り出し、09年に統一教会系の企業「新世」の社長らが逮捕され、有罪判決を受けました。しかし、教団本部への家宅捜索までは行かず、統一教会が「コンプライアンス宣言」を出すというあいまいな決着になりました。

メディアの変質もあると思います。7月8日に安倍晋三元首相が殺害された後、容疑者と旧統一教会の関わりについて、新聞やテレビは教団側が記者会見した11日まで報道しませんでした。いくら選挙期間中だといっても、全社横並びで旧統一教会の名前を伏せていたのは異様です。
法的な規制は信教の自由に抵触するといわれますが、カルトすなわち反社会的な宗教団体と、一般の宗教団体を一緒に考えるべきではありません。欧米では、カルトがカルトであるゆえんは、違法行為をすることだと見なされています。脱税、詐欺、脅迫、性加害や児童虐待もある。既存の法律を厳格に適用し、違法行為を摘発していけば、おのずとカルトはなくなっていくはずです。

95年にオウム真理教事件があり、今度は元首相の殺害事件が起きた。30年間にカルトに関わる大事件が二つも起きる異常な事態を招いたのは、国会や政府がオウム真理教事件の総括をきちんとしなかったことが一因だと思います。今からでも遅くないので、カルト問題全般について、原発事故調査委員会のようなものを国会内に設置し、対策を考えるべきです。

死別の悲しみにどう向き合うか

2022年8月20日   岡本全勝

8月4日の朝日新聞生活面連載「喪の旅」、坂口幸弘・悲嘆と死別の研究センター長へのインタビュー「消えない悲しみと向き合いながら」から。

――どうしたら心残りや罪悪感を少なくできますか。
多くの遺族は故人が亡くなる前のことを何度も思い返します。その時、自分の言動や判断を否定的に評価すると、しなかったことやしてしまったことへの罪の意識になる。一方で、これはよかったと肯定的に思えることがあると気持ちが少し楽になります。

つらい闘病生活だったけど最期は苦しまなかった。スタッフがよくしてくれた。家に連れて帰ることができた。好きな物を食べさせられた。自分たちでできる限りお世話した……。そういう肯定的評価ができると、心の救いになります。つまり、亡くなるまでの過程が重要であり、その意味で、グリーフケアは亡くなる前から始まっているとも言えます。病死の場合に限った話ではなく、つらい体験の中での何かしらの「せめてもの救い」が重要だと思います。

死別後に「もっとお世話できたはずだ」と思う人も多い。それを周りが「よくがんばったね」とねぎらうことで、過去への肯定的評価を促すことが大切なんです。