日経新聞1月7日の別刷りに、カルティエ・プレジデント(会長ということでしょうか)のシリル・ヴィニュロンさんの経験が載っています。
日本人である妻から、「我慢する」のフランス語訳を聞かれて、困惑したそうです。「なぜなら、フランス人は我慢しないから。すぐに文句を言ってストライキするから。我慢の仕方を知らない」
一方で、日本人は愛の表現が苦手だそうです。愛を表現するフランス語は、数多く存在するとのこと。
日経新聞1月7日の別刷りに、カルティエ・プレジデント(会長ということでしょうか)のシリル・ヴィニュロンさんの経験が載っています。
日本人である妻から、「我慢する」のフランス語訳を聞かれて、困惑したそうです。「なぜなら、フランス人は我慢しないから。すぐに文句を言ってストライキするから。我慢の仕方を知らない」
一方で、日本人は愛の表現が苦手だそうです。愛を表現するフランス語は、数多く存在するとのこと。
12月27日の朝日新聞オピニオン欄「「何もしない」は得なの?」、太田肇・同志社大学教授の「組織が個人生かす社会に」から。詳しくは原文をお読みください。
・・・皮肉を込めていえば、いまの世の中、何もしない方が得です。無理をして価値を生み出そうとするより、まわりと調和しながら波風をたてない方がいい。これは個人が組織に適応するための冷静な計算に基づく合理的な行動であり、だからこそ厄介なのです。
典型的なのが古い日本企業でしょう。高度成長期は組織も拡大し、社員の関心も外に向かいましたが、低成長時代に入ると、限られた給与の原資や、役職ポストの配分に明け暮れ、社内で牽制(けんせい)しあうようになる。足の引っ張り合いで、内向きになっています。
長く同じ組織で生きていくのに、へたに突出すれば「出る杭は打たれ」てしまう。失敗は許されず、成功しても大きな報酬が得られるわけでもない。だとすれば、熱心に働くふりをしながら上司の意向を忖度するのが「正解」でしょう。
元来、日本企業のトップは真の実力者ばかりではありません。減点主義の組織をうまく渡った人も多く、その組織でしか通用しない「偉さ」の序列を守ろうとします。時代の変化に対応できず、不祥事の隠れみのにもなりやすい。もはや限界に来ているのです・・・
エッセイと聞くと、随筆と考えますよね。でも、英語のessay、フランス語のessaiは随筆ではないのです。
インターネットで、Oxford Learner's Dictionariesをひいてみたら、「a short piece of writing by a student as part of a course of study」とあります。
色摩力夫書『黄昏のスペイン帝国ーオリバーレスとリシュリュー』(1996年、中央公論社)342ページに詳しく書かれていました。「フランス語の明晰性とその限界」
ラテン語のexagiurnを語源として、本来の意味は「試みること」で、文書の上では「試論」です。純然たる学術論文ではなくて、必ずしも根拠をすべて明示せずに書かれた論文だそうです。日本語では「評論」と言えるとのこと。
モンテーニュの「エセー」は、随筆ですが。
「佐伯啓思先生「日本の方向を決めるのは」1」の続きです。
・・・さて、この「神」の代わりになるもの、それは、日本の場合、概して海の向こうからくる「高度な普遍文明」であった。時にふれ、また陰に陽に、日本は、海外の普遍文明を必要とした。古く言えば卑弥呼の時代、倭の五王の時代から推古天皇の遣隋使、さらには奈良、平安時代の遣唐使へと続く。かくて、中国という「海外の高度な文明」を取り入れた人々が日本の支配層をなし、中国の権威を背景に、日本社会の秩序と方向を与えてきたのである。
その際、日本という周辺国が高度な普遍文明に対抗するには、普遍文明に学びつつも、それを「日本化」する必要があった。だから、古代日本は、中国から多様な文物だけではなく、仏教や律令制度などを取り入れたが、決して中国皇帝に臣従したわけではない・・・
・・・明治時代とは、いうまでもなく日本近代化の時代であり、近代化の手本は西洋であった。中国に代わって、西洋こそが高度な普遍文明となってたち現れ、あらゆる分野で、日本は、実に勤勉に西洋を学び「日本化」することで近代へと船出した。日本にとって、「西洋」は価値の源泉となる。明治の天皇制国家とは、日本の「現人神」を西洋の「立憲君主」に見立てるといういささか無謀な構想によって成立したものであった。
では、天皇主権国家が解体した戦後はどうであろうか。日本という国家の基本的な秩序を与え、その方向を示したのは「アメリカ」であった。現人神である「天皇」に代わって民主主義の「アメリカ」が疑似主権者になった。「アメリカ」こそが高度な普遍文明の象徴であり、日本はもっぱらこの普遍文明に学び、それを「日本化」することで、日本のあるべき方向を決定できた。
それでは、今日、われわれは、何を価値の基準にしているのであろうか。冷戦以降、世界はいわゆるグローバリズムの時代となり、われわれは「グローバルな世界」をとりあえずの価値基準にした。「アメリカ」が「グローバルな世界」へと変形されたといってもよい。それこそが普遍文明であり、日本はその周辺国家なのである・・・
・・・しかし、「グローバルな世界文明」はいくらまつり上げられても、誰もそれを実感として捉えることはできない。確かに、今日、われわれは世界中の情報にさらされ、日々の生活品は世界中のサプライチェーンによってもたらされている。だが、われわれの日常の経験のもたらす実感は、決して「グローバルな世界文明」と直結したものではない。
端的にいえば、庶民大衆は「グローバルな世界」なるものを担ぎ上げてはいるものの、「天皇」や「民主主義」と同様、誰もそれを信じてはいないのである。おまけにその「グローバルな世界文明」は、いまやあちこちにほころびを見せ、機能不全に陥っている。
おそらく、日本の歴史上、これほど、国をまとめ、国の進むべき方向を指し示す価値基準が見えなくなった時代は稀であろう。
「海外の高度な普遍文明」を指標とし、それを学び「日本化」することで国の秩序と価値を維持してきた日本のやり方がほとんど意味を失ってしまった。大きく言えば、それこそが、今日の日本にあって、政治家は方向感覚を失い、官僚は影響力を失い、知識人やジャーナリズムは確かな言葉を失った理由であろう。
だが考えてみれば、それはまた日本の長い歴史を貫いてきた「海外の先進文明に追いつく」という不安な心理的前提からの解放をも意味しているだろう。「中国」も「西洋」も「アメリカ」も、そして「グローバルな世界」ももはや価値基準とはならないのである。「追いつくべき先」などどこにもない。そうであれば、今日こそ改めて、われわれはわれわれの手で、自前の日本の将来像を描くほかなかろう・・・
最後の段落は、なるほどと思います。課題は、これまで「輸入」をもっぱらとしてきた知識人や指導者たちが、そのような訓練を受けていないこと。誰が、どのような方法で、実現するかです。私も連載「公共を創る」で、これまでの問題と今後の課題までは書いているのですが、今後の筋道を書けていません。
12月16日の朝日新聞オピニオン欄に、佐伯啓思先生の「日本の方向を決めるのは」が載っていました。内容の重い記事なので、原文を読んでいただくとして、私が気になった点を紹介します。
・・・山本七平(1921~91)といえば、イザヤ・ベンダサン名義で発表された「日本人とユダヤ人」や「『空気』の研究」などで知られた評論家である。戦時中の過酷な軍隊経験をもつ山本にとって、あの無謀な戦争に日本を駆り立てたものは何だったのか。その問いが評論活動の原点であった。
もっとも、戦争体験を自らの思想の基軸に据えたといえば、丸山真男らのいわゆる進歩派知識人の名前が思いうかぶ。彼らは、日本の戦争原因を、天皇制国家という日本社会の後進性に求め、それゆえ、欧米を手本とした民主的な市民社会の建設に戦後日本の希望を託した。これに対して、山本は、天皇主権を排して、戦後の民主的な社会になっても問題は何も解決しない、という。
この両者の違いをもたらしたものは何か。実は、山本にとって真の問題は、ただ戦争体験というだけではなく、戦前と戦後で果たして何かが変わったのか、という点にあった。端的にいえば、戦前には「天皇陛下万歳、鬼畜米英」を叫んでいた日本人が、1945年8月15日を境に「マッカーサー万歳、民主主義万歳」へと豹変したのはなぜか、ということである。
日本の庶民大衆は、戦前にあって、実は「天皇陛下万歳」も「鬼畜米英」も本心から信じていたわけではない。ただ、「天皇陛下」が絶対的存在としてまつり上げられ、それを批判することができなくなってしまった。
とすれば、戦後はどうか。今度は「民主主義」が絶対化された。そして戦後民主主義を批判することができなくなった。占領中には「マッカーサー」が絶対化された。
マッカーサーや戦後民主主義や個人の自由などをまとめれば「アメリカ」ということになろう。戦前は「天皇」があらゆる価値の源泉であったのに対して、戦後の価値基準は「アメリカ」に変わったわけである。しかし、その構造は何ひとつ変わらない。まつり上げるものは変わったが、人々は慣習や常識に従って日々の生活を繰り返しているだけである。
にもかかわらず、「天皇」や「民主主義」や「アメリカ」がひとたび絶対化されてしまうと、それを批判できないような「空気」ができてしまう。そして、そこにできあがる「空気」、つまりある種の情緒的な雰囲気が人々を支配するのである。
しかも面白いことに、ほとんどの者は、「天皇とは何か」「民主主義とは何か」「アメリカとは何か」など、まともに考えたこともないにもかかわらず、あたかも自明の真理ででもあるかのように、それを担ぎ出すのである。皆で「空気」を作り出し、その「空気」に従うのである。担ぎ出すものは、時代によって違い、状況によって変わる。しかし、何かを担ぎ出すことで社会はまとまる・・・
(この項続く)