カテゴリーアーカイブ:人生の達人

退職、2

2016年6月23日   岡本全勝

昨日は、岩手、宮城、福島県知事に退任のご挨拶をして、そのまま福島泊まり。マスコミの皆さんを中心に、まずは挨拶回りをしました。夜は、早速、地元の方と異業種交流会・意見交換会でした。
この5年間、マスコミが客観的な報道をしてくださったことに、感謝します。これまでだと「遅れている復興」とか「被災者の気持ちに立っていない行政」といった、おきまりの批判報道がされたのでしょうが。今回の大震災では、そんな定番報道ではなく、被災地を取材した報道が多かったです。もちろん、私たちには耳の痛い指摘もありましたが。抽象的な「遅れている批判」では、対応のしようがないのです。「××地区の○○事業が・・・」と指摘されれば、私たちも対応できます。東京で取材していても、復興のニュースは書けないのです。これからも、現場の事実に基づいた指摘をしてください。私たちが気づいていない点を指摘してくださるのは、ありがたいことです。

TBSのインターネットで、私の記者会見を載せてくれたそうです。http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2803543.html
・・・「官僚人生の最後にこのような重大な仕事を5年間も引き続きさせてもらえたと。私にとっては嬉しいというか、やりがいがあった。これだけの仕事を責任負わせてもらうというのは官僚冥利だと思います」(退任した岡本全勝復興庁事務次官)
「行政の縦割りを廃し前例に捉われない」という信条のもと、これまでの官僚体制に挑戦し続けてきた「名物次官」の退任です・・・

退職

2016年6月21日   岡本全勝

今日、辞令をいただき、事務次官を退任しました。また、内閣官房参与の辞令をいただき、福島復興再生総局事務局長に就任しました。民間人であり、非常勤の国家公務員です。勤務としては、週の半分を福島で、残りを東京で働くようです。空いた時間で、ほかの仕事に就くこと(兼業)もできます。
昭和53年4月に自治省に採用されてから、38年あまりの公務員人生でした。
未来はわからないものです。自分の人生も。よもや、復興庁の事務次官になるとも、総理大臣秘書官になるとも、予想していませんでした。
もちろん、いずれの仕事も、国家公務員の範囲内なので、そんなに驚くことではありません。また、それまでの私の経験を生かすことができたので、「図らずも」とか「青天の霹靂」ではありません。そのようなことでは、私を選んでくださった上司や、仕事の相手となった国民の皆さんに失礼です。いつも、「私以上にこの仕事ができる奴はいない」という思いで、仕事に取り組んできました。さまざまな活躍の場を与えてくださった神様に、感謝します。
私が公務員になって目指したのは、行政のプロです。そして、日本をよくするために、官僚の力量を発揮することでした。いくつも、これまでにない仕事をさせてもらい、新しいことに挑戦しました。「前例通りにする公務員」ではなく、「新しいことをする官僚」を目指していた私としては、ありがたいことです。指導してくださった先輩たち、応援してくださった皆さん、支えてくれた同僚たちに、感謝します。
振り返って、思うことはたくさんあるので、順次このホームページでも書いていきましょう。

疲れは、体の悲鳴

2016年6月20日   岡本全勝

6月4日の日本経済新聞「その疲れ、休めのサイン」が、勉強になりました。
2012年の厚生労働省調査によると、4割以上が半年間以上続く慢性的な疲労を感じています。そのうち約2%は、日常生活に支障が出ています。文部科学省の調査でも、45%以上に半年間以上続く慢性的な疲労があります。かつても、疲れているという調査結果もありました。ただ、「大半は一晩寝ればとれるもの」でした。ところが、生活や労働環境の変化に伴い、慢性的な疲労に変わってきたのだそうです。
このような疲労の原因は、1に人間関係の悩みなど「精神的ストレス」ですが、そのほか、過重労働や激しい運動のような「身体的ストレス」と、紫外線や化学物質による「生活環境ストレス」があるようです。「だるい」「しんどい」などの疲労感は、「痛み」「発熱」と並んで体の異常や変調を知らせる3大アラームなのだそうです。睡眠や週末の休みで疲れが回復しないなら、慢性化しつつあると考え、医者に相談するべきと、記事は書いています。
たかが疲れ、しかし、あなどるな疲労です。

新幹線の人生修養道場、2

2016年6月19日   岡本全勝

昨日の帰りの新幹線です。帰りもB席でした。同じ列のD席の男性が、駅弁を食べ、ビールを飲み、新聞を読み・・・。それらのゴミを、C席とD席の前の座席のポケットに入れます。東京駅に着いたときにどうするのかなと見ていたら、そのままにして降りていきます。大きく倒した座席も、そのままです。
大臣秘書官の時に、新幹線を降りるとき、ゴミをそのままにして降りようとしたら、大臣が片付け始めました。言い訳をすれば、私は大臣と私の鞄を持っていて、また次の行動を考えていたのです。「ゴミは清掃員が片付けてくれるわ」と思っていました。それ以来、恥ずかしくなって、到着する直前にすべてのゴミを片付け、リクライニングシートを元に戻すようにしました。
ホテルに泊まったときもそうです。大臣も総理も名前が売れているので、シーツや洗面台を汚いままにして部屋を出るわけにはいかないのです。
新幹線の清掃が、短時間で丁寧なのは有名です。発着本数の多さに比べ東京駅のプラットフォームの少なさが、その要因なのですが。お客さんが協力することも、日本社会の良さです。
そのお兄さんに対しても、小心者の私は、黙っていました。

新幹線の人生修養道場

2016年6月18日   岡本全勝

今日の盛岡出張は、企画も良く、また往復の新幹線の中で原稿執筆が進んだので、満足できるものでした。ところが、車中がいけません。
まず、行きの新幹線です。中年から若手の女性の軍団が、乗り込んできました。社内旅行のようです。先頭のおばさんは、片手で旅行鞄を引き、もう一つの手では自取棒で、自分たちを映しながら入ってきます。カメラに向かって解説をしながらです。彼女たちの後ろには、ほかの乗客の長い列ができました。
私の座席は1B。彼女たちは1~4あたりのCとDです。早速、1と2の座席は向かい合わせにして、おしゃべりに興じます。まあそれは、しかないとして。大きな手提げ袋とリュックを、網棚に乗せず、また1列の背もたれの後ろ、ドアの壁との間が空いているのにもかかわらず、通路に置きます。通路は半分がふさがります。時々揺れると、倒れて通路をふさぎます。そのうちに、靴を脱いで、その靴を通路に置きます。当然、通る客はそれをよけ、車内販売のワゴンが来たら、よけてもらわないと通ることができません。さらに、携帯電話で話し出します。
今どきこんな人たちが、グリーン車に乗っているのですね。注意したかったのですが、小心者の私は、黙って見ていました。この条件下で、どれくらい原稿が書けるかに挑戦しました。笑い。
彼女たちは、函館まで行くようです。私が盛岡駅で降りるときに、ちょうど車掌さんがいたので、「上手に注意してやってください」と伝えたら、「わかりました」と返事が返ってきました。