投稿者アーカイブ:岡本全勝

NHK朝の連続テレビ小説、福島応援

2020年9月1日   岡本全勝

NHK連続テレビ小説「エール」の主人公の題材は、福島出身の古関 裕而さんです。
ところで、NHKでときどき、主題歌『星影のエール』に乗せて、福島県59市町村を紹介する短い映像が流れています。「紹介ビデオ」で見ることができます。5分、うち各地紹介は4分。「目次

・・・東日本大震災を経験した、福島県が持つ“たくましさ”や、困難にも負けず前に進む“姿”を『星影のエール』の曲に乗せ、このプロモーションビデオを通じて、今、困難に立ち向かう全国の方々に“エール”を送ります・・・

各地の美しい花や自然、子供たち、収穫、お祭りなどが出てきます。最後の部分では、津波災害からの復旧過程が定点観測的にも。先日紹介したいわき市豊間地区です。NHKも、よいことをしてくれますね。

危機の時の優先順位

2020年9月1日   岡本全勝

8月23日の読売新聞、折木良一・元統幕議長の「危機管理から見た新型コロナ 優先順位一番は国民の命」から。
・・・危機に直面した時、真っ先に把握すべきは、その危機が「どんな特性を持つのか。どれぐらいの範囲に影響を及ぼしているのか」ということです。
次に、「国家レベルの非常事態になるのか、あるいは一部の地方や業界にとどまるのか」をしっかりと見極めます。それによって、我々の取り組み方が大きく異なってくるからです。
国家レベルの危機だと判断したら、今度は「何をやるか」の優先順位を決めます。その場合の一番の「物差し」は国民の命です。

私が携わった東日本大震災では、最初に大地震と津波災害、その後に福島第一原発の事故が襲ってきました。地震発生後、直ちに状況を把握し、自衛隊として取るべき対応や手段、「戦力配分」(部隊や装備の配置)を判断しました。もちろん、事態は刻々と変わります。想定外のことも次々と起きたため、絶えず自衛隊の対応や配置を修正しました。
福島第一原発事故の場合、敵は放射能で、姿が見えません。最初はいったい何が起きているのかもよくわかりませんでした。警察・消防当局とも連携し、状況を見定めながら、まずはベターな手段を取るよう心掛けました。そして、ベターから限りなくベストに近づけていきました。新型コロナの場合も「見えない敵」が相手ですから、ベターからベストに近づけていく手法が参考になると思います・・・

・・・自衛隊は、新型コロナ感染者が多く発生したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」に派遣され、検査、消毒などを実施しました。出動した約2700人(延べ人数)の隊員に一人も感染者が出ませんでした。感染防護基準の順守の徹底など、日々の訓練、培ったノウハウに基づき行動した結果にほかなりません。
医療面でも、自衛隊は国内外の災害派遣の教訓を生かし、普段から様々なシミュレーション(模擬訓練)を行っています。
クルーズ船では厚生労働省のスタッフに感染者が出ました。厚労省は基本的に政策官庁ですが、クルーズ船の対応はオペレーション(運用)。政策に軸足のある厚労省にオペレーションを求めても無理があります。厚労省と自衛隊の上部組織に、まとめ役の司令塔が必要だったと思います・・・

コロナと猛暑の夏

2020年8月31日   岡本全勝

今日は8月31日。8月が終わります。
今年は、コロナウィルスで、外出を控えた方が多かったでしょう。子どもたちは、短い夏休みで、さらに遊びに連れて行ってもらえない、さみしい夏だったでしょう。
予防薬や治療薬ができるまで、ウイルスは前提として暮らさなければなりません。もっとも、普通の生活をしている分には、うつらないことがわかってきました。唾が要注意のようですね。

そして、猛暑です。東京では35度を越える日が続きました。例年にない暑さだそうです。冷房をかけないと暑くて眠れず、冷房をかけて寝ると身体が冷えます。これも、しんどかったです。皆さんは、どうでしたか。

私は、この暑さがこたえました。福島との往来制限の時期に、被災地に行けなかったので、7月から訪問を再開しています。ところが猛暑の中、現地視察をすると、頭がぼーっとなりました。熱中症や日射病の手前まで、行っていたようです。家に帰って、冷たいシャワーを浴び、ビールを飲んだら、回復しました。簡単な治療で治ります。

まだ、暑さは続いています。プランターのアサガオは、へこたれず、花を咲かせています。朝晩の水やりが、欠かせません。
でも、数か月後には、「今日は寒い」と言っているのでしょうね。福島市は今日のお昼は、21度でした。

戦後の戦争研究

2020年8月31日   岡本全勝

8月22日の読売新聞解説欄、吉田裕・元一橋大学教授へのインタビュー「不条理伝える静かな怒り」の続きです。「太平洋戦争の戦没者

・・・戦後の日本社会は軍と戦争を強く忌避します。歴史学界の場合、戦争体験を持つ若い世代は軍事史研究に携わることは戦争に再び加担することになると敬遠した。こうした風潮は戦争の現実から目をそらす傾向も生みました。
東京裁判も影響したのではないか・・・
・・・死刑になった指導者は、広田弘毅元首相を除くと皆、陸軍軍人でした。
東京裁判は米国主導です。ただ天皇の戦争責任は問わず、責任は主に陸軍に負わせることで日米が水面下で協力した側面もありました。
51年調印のサンフランシスコ講和条約は「東京裁判判決を受諾」と言及しただけで、日本の戦争責任を曖昧にしました。東西冷戦の深刻化と前年に勃発した朝鮮戦争を受けて、米国が日本をアジアの同盟国として重視した結果です。

日本が戦争責任を突きつけられるのは80年代、歴史教科書問題や中曽根康弘首相の靖国神社公式参拝を巡って中韓両国が猛反発したことが発端です。
政府は90年代、村山首相談話などで侵略の歴史を巡る反省と謝罪を表明しました。安倍政権も村山談話を継承するとしている。
しかし、「反省と謝罪」が国内で広く合意を得ているとは思えません・・・

今週もよく働きました

2020年8月30日   岡本全勝

今週は(先週というのですかね)、25日火曜日に福島勤務、26日水曜日は入間市で研修講師、27日木曜日と28日金曜日は福島現地視察案内、今日30日日曜日は福島で会議でした。
我ながら、よく働きました。8月なのに・・・。