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コンビニの存在

2026年8月27日   岡本全勝

8月9日の朝日新聞「コンビニと:1」「人々の暮らし 社会のニーズ映す鏡、変幻自在」から。
・・・米国を起源とするコンビニエンスストアが日本で誕生してから半世紀余り。全国に約5万6千店を数える現在、その機能は物販にとどまらない。コンビニとはいかなる存在か。建築、ファッションなどの視点から、全5回で考える。

コンビニジャーナリストとして長く業界を見つめてきた吉岡秀子さんは「コンビニは日本社会を映す鏡」だと語る。
セブン―イレブンを率いた鈴木氏は、顧客目線や変化対応を提唱した。吉岡さんによると、「小さな商店主の集まりであるコンビニでは、地域や時代ごとの細かなニーズが、商品ラインアップや機能の拡充といった形で反映されてきた」。

経済成長下の1970~80年代、黎明期のコンビニが提供したのは「時間」という価値だった。長時間労働が広がる中、深夜まで営業するコンビニは働く人に重宝され、社会に定着していく。
バブル崩壊後は、各社は「質」の追求にかじを切る。セブン&アイのプライベートブランド「セブンプレミアム」のように、価格を抑えながらも高品質な商品が人気を集める一方、店舗はATMやコピー機、宅配の窓口など生活を便利にするサービスを次々に実装。2000年代以降、自治体と包括連携協定を結ぶ動きも広がり、社会インフラ化した。
11年の東日本大震災ではライフラインとしての機能に注目が集まり、近年は、こども食堂の支援や過疎地への出店といった地域社会の課題をビジネスチャンスと捉える動きが加速している。

公的な性格を強める背景には、ドラッグストアやホームセンターといった競合との競争激化もある。ただ吉岡さんは、その社会的責任の範囲を考え直す段階に来ているのではないかと指摘する。
「大型スーパーとの差別化を目指して登場したコンビニは、今や縮小する街や行政の機能の多くを肩代わりし、人々の『居場所』にもなる存在へと変化した。ただし過剰な期待はオーナーや従業員ら現場の負担にもなりかねない。何をどこまで任せるべきか、改めて考える必要がある」

ではこの半世紀、コンビニの「便利さ」は、人々の生活感覚にどんな変化をもたらしたのか。
不便益システム研究所代表で、京都先端科学大学の川上浩司教授(システム工学)は、「食の外部化」が与えた影響を次のように説明する。
「かつてコンビニ弁当やおにぎりは、あくまで自炊を補う手段として存在した。だが今は選択肢が反転し、出来合いの弁当や総菜がデフォルト(規定値)という人も少なくない」
最近、学生が初めて自炊した時の感動を語るのを聞いて驚いたという。
「コンビニ弁当が当たり前だったから、自炊の価値に気づく機会も与えられなかった、と。便利さがデフォルト化すると、手間のかかる他の手段や価値は不可視化されていく。コンビニがなかったらと想像することすら難しい時代を、私たちは生きているのかもしれません」・・・

連載「公共を創る」を本にすると2

2026年8月26日   岡本全勝

連載「公共を創る」を本にすると」の続きです。
連載が完結したら、本にしたいなとは思っているのですが、まだまだ先のことです。そして、本にするには、分量を10分の1以下にしなければなりません。分冊にする方法もありますが、誰も読んでくれないでしょう。

それよりも、現在の「これまでの議論の振り返り」を書くに際して、過去の記事を眺めて、何を書いたか、どのように振り返るかを考えなければなりません。単純な要約なら人工知能でもできます(人工知能に要約させたらどんな文章になるのか、見てみたい気もします。怖いもの見たさ)。
時代は進む」で、次のように書きました。
・・・「公共を創る」も、書き続けているうちに、内容や主張に変化を加えなければならなくなりました。今、これまでの議論を振り返り要約しているのですが、構成なども変える必要があるなあと考えています・・・
この夏の間に、このようなことを考えていました。

「連載「公共を創る」を本にすると」で、「様々な内容に言及したので、こんなことになったのでしょう」と書きました。ただし、気の向くまま好きなことを書いたのではありません。連載を始めるに当たって、主旨と構成をつくり、それに沿って書き進めました。

執筆の趣旨
なぜ、いま、公共を考えるか。それは、次のような理由です。
1 日本が、大きな転換期にあること。
2 公私の区分が、揺らいでいること。
3 その結果、行政(中央省庁と地方自治体)も、取り組むべき課題と手法の転換を迫られています。
これからの行政のあり方を考えるために、広く公共の中で行政を考えます。

全体の構成
第1章 大震災の復興で考えたこと
1 想定外が起きたー政府の役割を考える、2 町を再建するーまちとは何か、3 哲学が変わったー成長から成熟へ
第2章 暮らしを支える社会の要素
1 公私二元論から官共業三元論へ、2 社会的共通資本
第3章 日本は大転換期
1 成長から成熟へ、2 成熟社会の生き方は
第4章 政府の役割再考
1 社会の課題の変化、2 社会と政府、3 政府の役割の再定義

執筆はこの構成を外れていないのですが、それぞれの章や項の中が膨れ上がったのです。特に第4章2は53回、第4章3は官僚について書いたので102回にもなってしまいました。私の関心の中心はこれからの行政のあり方なのですが、行政の役割が変わったこと、変わるべきことを考えるためには、広く社会の変化を考える必要があるのです。それが、本稿のミソなのですが、それ故に考察が広がりました。

都心のカラス、25年で8割減

2026年8月26日   岡本全勝

8月8日の日経新聞に「都心のカラス、25年で8割減 野鳥の生態系にも変化」が載っていました。
・・・かつて社会問題化するほどいた東京都心部のカラスがこの25年で8割以上減り、スズメの存在感が増している。全国では急減している野鳥も少なくなく、生態系が変わってきた・・・

民間の研究会が都心3か所で実施した調査では、カラスの数は一番多かった2000年に比べ、2025年では84%減ったとのこと。東京都による40か所での定点調査でも8割減です。理由は、生ゴミの管理が徹底され、食べ物が減ったことだそうです。

確かに、我が家の周りでも、減ったと思います。しかし、まだ残党がいて、電柱の上で鳴いています。餌になる生ゴミがあるということですね。

豊かになるために働くと

2026年8月25日   岡本全勝

「メキシコ人漁師の物語」を教えてもらいました。ネット上で流通していて、いくつもの変型があるようです。例えば「メキシコ人漁師とアメリカ人エリートにみる「ビジネス幸福度」」(2022年08月24日、三菱電機)。
この話には、原作があるようです。ドイツのノーベル賞作家ハインリヒ・ベル Heinrich Böll (1917-1985)の「働く気が失せるような話」です。邦訳がないようですが、ウェブで訳してくださったのが載っています。それぞれの文章をお読みください。

ごくごく短くすると、次のようでしょうか。
事業で成功したらしい旅行客が、港で漁師と会話します。漁師は今日の分の魚は獲ったので、のんびりと休んでいます。
旅行客は「もっと漁に出ないのかい。すると豊かになるよ」と、事業を拡大し、豊かになる話をします。
ところが、漁師は関心を示しません。「そうすればどうなるんだい?」と問い返します。
旅行客は「そうすれば、ここできれいな海を眺めながら、太陽を浴びて昼寝ができるますよ」と答えます。
すると、漁師は「もうやってるさ」と言います。

良くできた話です。「人工知能で浮いた時間は仕事に

不機嫌ハラスメント

2026年8月25日   岡本全勝

8月8日の朝日新聞オピニオン欄は「もしかして不機嫌?」でした。
・・・度を過ぎれば、ハラスメントにもなる不機嫌。当たり散らすのはもちろん、だんまりを決め込まれても周囲は閉口します。職場や家庭、学校に不機嫌な人はいますか。あなた自身は?・・・

津野香奈美・神奈川県立保健福祉大学大学院教授の発言から。
・・・「フキハラ」と略される「不機嫌ハラスメント」は、不機嫌な態度をとることで相手に不快な思いをさせたり、過剰に気を使わせたりすることを指します。相手に精神的苦痛を与えるモラルハラスメントの一種で、パワハラ未満の「インシビリティ=無礼な態度」に含まれます。無視する、にらみつける、嫌そうな顔をすることは代表的な行動とされています。

 回数や頻度などによって深刻度は様々です。日本のハラスメントに関する法律は、職場で起こることを想定しています。パワハラの3要件(〈1〉優越的な関係を背景とした言動で〈2〉必要かつ相当な範囲を超えたものにより〈3〉就業環境が害されるもの)を全て満たすのであれば、法的にハラスメントと認定されます。たとえば、力のある人が特定の相手を数カ月無視し続けて、業務遂行に著しい支障がおきた、などです。
2020年に改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)が施行され、22年には中小企業にも対策が義務づけられました。あからさまなパワハラは減り、フキハラ関連の相談件数が増えています。ただ企業はパワハラ認定できないからと放置すると、当事者のネガティブな言動は止まりません。それでは職場の生産性が落ちるので、積極的に注意することが必要です。

フキハラは日本独自の言葉で、5年ほど前から話題になっています。名前が付くことは重要です。困っているのは自分だけではないのだと問題が可視化され、悪気なくやっている側も気づくきっかけとなります。
ただ、不機嫌そう、怖そうというのは、その人の顔つきにも関係するので問題視するのは注意が必要です。あくまで注意すべきは舌打ちやため息といった能動的な行動です。

家庭内のフキハラは、職場のものとは仕組みも法律も異なります。不機嫌なだけでDVと認められる可能性は低く、基本的には家族間のコミュニケーションで解決するものという考えが主流です。それでも、安心できる場として家庭が機能しないのは本末転倒です。相手に愚痴を言ってもいいけれど、不機嫌をぶつけるのは避けるべきです・・・