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マッセ大阪で講義

2026年7月24日   岡本全勝

今日7月24日は、マッセ大阪での研修講師に行ってきました。大阪府内の市町村職員の広域的な研修研究機関です。

関西大学との共催で、「行政職員が知っておくべき自治体の “お金” の話」です。私が1日目を、林宏昭先生が2日目を担当します。
対象者は、財政経験のない職員です。どのような構成にしようかと、悩みました。私がかつて本を書いたり講義をしたのは、地方財政論や地方財政の仕組みであって、学生や実務者を対象としていました。財政経験のない人に、短時間で地方財政を知ってもらうには、どのような内容にするのがよいのか。いくつか本を見ましたが、意外とないですね。

そこで3つの角度から、説明することにしました。
その1は、各地方自治体の仕事とそれを支える財政がどうなっているか、現場の地方行財政です。
その2は、日本の地方行財政の仕組みです。日本の地方自治体の税財政制度は、法律によって枠組みが決まっていること、そして国による誘導と地方団体間の調整が行われていることに特徴があります。これが、全国で均一な行政サービスを提供できる理由です。
その3は、現在の地方行政と地方自治体が抱えている課題と、それに対しどのように取り組まれているかです。
とはいえ短時間なので、「見方」をお教えして、あとは各自の関心に応じて、勉強してもらうことにしました。事前に関心事項を調査してくださったので、それも参考になりました。

また、私の話を聞くだけではつまらないので、班別討議を組み込みました。皆さん、熱心に話を聞いてくださり、討議も活発で、目的を達したようです。対面の講義は反応がよくわかって、やっていてやりがいがあります。

孤立しやすくなり、カウンセリングが必要とされるように

2026年7月24日   岡本全勝

7月5日の読売新聞「あすへの考」、東畑開人・臨床心理士の「カウンセリング 心のケア、人生の山越えるまで…」「人々が孤立しやすくなった結果、社会的に必要とされるように」から。
・・・様々な悩みであふれ、ストレスの多い現代社会。人生の苦難に直面するなかで、ある日突然、自身のメンタルが崩れてしまったり、身近な人が心の不調を抱えたりすることがあるかもしれない。
こうした「心の非常事態」に向き合うのが臨床心理士や公認心理師だ。どちらの資格も持ち、2026年の新書大賞を受賞した「カウンセリングとは何か 変化するということ」の著者でもある東畑開人さんは、約20年にわたり人々が抱える様々な悩みや葛藤に耳を傾けてきた。主宰する東京のカウンセリングルームを訪ね、現代を生き抜くヒントを聞いた・・・

夜眠れず、会社に出勤できない。ある日、子どもが学校に行けなくなる。この先どうしたらいいのだろうか――。
悩みを抱え、生活が危機に陥ったり、人生に行き詰まったりした時、人はカウンセリングを訪れます。病院や学校、役所など、様々な現場で働く心理士の同僚と話すと「ケアする体制が整うほど利用者が増える」などの現実を耳にします。近年、心のケアを必要とする場は増えていると感じます。
背景には、日本社会の構造変化があります。昔は地域や近所などコミュニティーの圧力が強く、いわゆる「おせっかい」が多い時代でした。自分のことは自分で決めたいのに、周囲の人が介入してくる。どう抜け出すかが人々の悩みの中心でした。
しかし、阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件が発生した1995年以降、社会から次第に余裕が失われていきました。人々のつながりが希薄になり、個人主義が強まった結果、「周りの人のことがよくわからない」のが今の社会です。他者に立ち入ることが難しくなり、自己責任の風潮も強まり、人々が孤立しやすくなった結果、心のケアが社会的に必要とされるようになったと認識しています。

僕はこれまで、学校のスクールカウンセラーや、精神科クリニックの心理士として働き、約10年前からは東京でカウンセリングルームを開業しています。子どもから高齢者までやって来ますが、悩みのメインはやはり「孤独」です。家族がいて仕事もあり、周りに人はたくさんいる。うまく生きているように見えるけれど、実は孤独を抱えている人たちがそれなりに多いと感じます。

心のケアには2種類あります。一つは国が福祉として対応するケアで、基本的に「いかに生き延びるか」という問題です。食事や住まい、当座のお金の確保に始まり、心に必要な手当てを行い、人権を保障し、生活を立て直すための支援が広く行われています。実際、行政には子育てや介護など様々な相談窓口があります。
一方で、「いかに生きるか」というとてもプライベートな苦悩については、僕のような民間のカウンセラーが向き合う仕事になるように思います。

心のケアは基本的に、普段の生活や人間関係のなかでなされているものです。子どもを駅まで送ってあげる、疲れている相手においしいものを作る、落ち込んでいる同僚に声をかける。これらも立派な心のケアです。カウンセリングのプロでなくとも、できることはたくさんあります。
ただ、時々それがうまくいかなくなる時があります。例えば、子どもに今までうまく接することができていたのに、ある日突然「うるせえ!」と拒否されてしまう。何かおかしなことが起きているけど、なぜかわからない。スマートフォンが原因かと思って取り上げると、余計に関係は悪化する。
こういう時、子どもの心はいつもと違っています。僕はこれを「雨の日」と呼んでいて、心理学的に対処するのが心理士の仕事です。アブノーマルな心の状態になった時、心がどう動くかといった心理学の知識を活用し、プロとしての専門性を発揮するのです。

辞書の価値の下落2

2026年7月23日   岡本全勝

辞書の価値の下落1」の続き、諸橋大漢和についてです。
漢文に詳しい肝冷斎に聞くと、次のような返事がありました。
・・・諸橋大漢和は、まさに10年ぐらい前に値崩れして、今は索引付き3000円です。確かに私もお世話にならなくなりました。中国古典の作者・登場人物名を引けば、ほとんど出てくるすごい本だったんですが、今ではネット(中国の百度などを使えば)で同じ情報がとれます。もう20世紀型の知性は終わったのだ、としみじみ感じます・・・
同感です。古典漢文を学んだ知識人たちも、 明治維新後に 洋学が広がって、同じような感慨を持ったのでしょうね。

百科事典も、古本屋が引き取ってくれないと聞きました。
中学生の時に、母が販売員にそそのかされ、「Encyclopedia Americana」を買ってくれました。子ども向けの英語の百科事典もついていました。とても高価で、よく買ってくれたと思いました。30巻が本棚に並んだ姿は、圧巻でした。アメリカの州やケネディなど有名人の項を読んだことを覚えています。知的な興奮を覚えました。
しかし、中学生・高校生では使うこともなく(その前に日本を勉強することが必要でした)、実家に置いたままだったので、その後は見ることもありませんでした。
インターネットでみると、4000円の値がついています。古くなった百科事典を買う人がいるのかなあ。
「Encyclopedia Americana」は、紙はなくなり、オンラインで提供されているようです。

国語辞典も英和辞典も、引くことがなくなりました。インターネットで調べる方が、簡単ですから。しかし、子どもの学習という観点からは、それでよいのでしょうか。小辞典や中辞典を見て、「世の中にはこれだけも知らなければならないことがあるのだ」(決してすべてを覚えることはありませんが)という驚き、目当ての単語に行き着くまでに見る、あるいはその周辺に載っている単語を見る楽しさ。「知図」の意義です。

身長も人間関係も小さくなる日本2

2026年7月23日   岡本全勝

身長も人間関係も小さくなる日本」の続きです。

・・・フィジカルなスリム化に加え、気になるのが若い世代の人間関係。スマートフォンを駆使するデジタル社会は人間関係を広げるのかと言えば、そうでもない。博報堂生活総合研究所「若者30年変化」は若い世代の狭くなる交友関係を浮き彫りにしている。
「友達は多ければ多いほどいい」と答えた若者の割合は94年には31.9%だったが、2024年はわずか10.3%。交友関係を性別に見ると「自分にとって居心地のいい組み合わせは同性か異性か」という質問に94年は同性が25.5%だったが、24年には64.8%へ急上昇している。
そしてこの30年で存在感が高まった人生の相談相手は母親だ。大学を出て、就職も経験してきた母親を博報堂生活総研では「メンター・ママ」と呼ぶ。学校の先輩や会社の上司より愛情深く、社会経験も豊富なママは最強の存在なのだ。

若い世代といっても千差万別。だが若者の生態を研究する金沢大学の金間大介教授は約半数を占めるボリュームゾーンについて「世界観が狭いのが特徴で、大学や会社で気にするのは同世代の動き。上司の考えなど気にならない」と指摘する。理由は安定志向だ。
「人前で褒められるのも嫌がる。目立つと同世代の輪から外れてしまうことを恐れるからで、とにかく安全と安心度の高い人生を送りたい」(金間教授)。日本経済に期待はなく、政治への関心も薄い。やりがいや生きがいも求めない。あくまで自分事に関心を持つ。
上の世代からは実に薄幸な姿にも見えるが、金間教授はその点を否定する。「先行きへの期待もなく、かわいそうな若者かと言えばそうじゃない。とても幸福感が強く、だからこそ今の多くの若者は無敵になる」。人生の選択をあらかじめ狭めているから強いのだ・・・
・・・狭くなっていると言えば都心部の住宅・・・

・・・日本経済の停滞がもたらした縮まり志向。それは精神論で変えられる流れではない。新たな現実と向き合い、強みや価値を見いだすしかない。小さく、コツコツと・・・

辞書の価値の下落1

2026年7月22日   岡本全勝

福林靖博さんの「わが実家「蔵書放出祭」始末記」(2015年2月19日)は、本好きな福林さんが本を処分した話です。実家に本を預けていたのですが、実家を売却することになり処分せざるを得なくなります。知人や近所の人に引き取ってもらい、最後は古本屋に来てもらいます。
私の「少し古本を処分14」と同様、同じ境遇の人にとっては涙なしには読めません。ただし私のは、ぼやきと実況中継ですが、福林さんの文章は、格調高い随筆となっています。お読みください。

最後の部分で古本屋とのやりとりが書かれ、次のような記述があります。
・・・意外だったのは、『大漢和辞典』の買い取りを、「値段はつけられないので、せっかくですからお手元に残されては」と、やんわりと断られてしまったこと。最近は需要も少なく、また欲しい人は既に持っていることが多いので、箱入りでもない限り引き取っても売れないのだという・・・

大漢和辞典』通称「諸橋大漢和」は、私たちにとっては、偉大な漢字の殿堂でした。判型は異なりますが、広辞苑が13冊並んでいると想像してください。それが、誰も引き取ってくれないのです。
「諸橋大漢和」には、とんでもない労力が費やされています。「完成までに数十年に及ぶ歳月を経ている(鈴木が依頼した1925年から初版刊行の1960年まで35年、諸橋が遺嘱した補巻刊行の2000年まで75年)」。しかもできあがった印刷用の原版が、空襲で燃えてしまいます
この項続く。