7月5日の読売新聞「あすへの考」、東畑開人・臨床心理士の「カウンセリング 心のケア、人生の山越えるまで…」「人々が孤立しやすくなった結果、社会的に必要とされるように」から。
・・・々な悩みであふれ、ストレスの多い現代社会。人生の苦難に直面するなかで、ある日突然、自身のメンタルが崩れてしまったり、身近な人が心の不調を抱えたりすることがあるかもしれない。
こうした「心の非常事態」に向き合うのが臨床心理士や公認心理師だ。どちらの資格も持ち、2026年の新書大賞を受賞した「カウンセリングとは何か 変化するということ」の著者でもある東畑開人さんは、約20年にわたり人々が抱える様々な悩みや葛藤に耳を傾けてきた。主宰する東京のカウンセリングルームを訪ね、現代を生き抜くヒントを聞いた・・・
夜眠れず、会社に出勤できない。ある日、子どもが学校に行けなくなる。この先どうしたらいいのだろうか――。
悩みを抱え、生活が危機に陥ったり、人生に行き詰まったりした時、人はカウンセリングを訪れます。病院や学校、役所など、様々な現場で働く心理士の同僚と話すと「ケアする体制が整うほど利用者が増える」などの現実を耳にします。近年、心のケアを必要とする場は増えていると感じます。
背景には、日本社会の構造変化があります。昔は地域や近所などコミュニティーの圧力が強く、いわゆる「おせっかい」が多い時代でした。自分のことは自分で決めたいのに、周囲の人が介入してくる。どう抜け出すかが人々の悩みの中心でした。
しかし、阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件が発生した1995年以降、社会から次第に余裕が失われていきました。人々のつながりが希薄になり、個人主義が強まった結果、「周りの人のことがよくわからない」のが今の社会です。他者に立ち入ることが難しくなり、自己責任の風潮も強まり、人々が孤立しやすくなった結果、心のケアが社会的に必要とされるようになったと認識しています。
僕はこれまで、学校のスクールカウンセラーや、精神科クリニックの心理士として働き、約10年前からは東京でカウンセリングルームを開業しています。子どもから高齢者までやって来ますが、悩みのメインはやはり「孤独」です。家族がいて仕事もあり、周りに人はたくさんいる。うまく生きているように見えるけれど、実は孤独を抱えている人たちがそれなりに多いと感じます。
心のケアには2種類あります。一つは国が福祉として対応するケアで、基本的に「いかに生き延びるか」という問題です。食事や住まい、当座のお金の確保に始まり、心に必要な手当てを行い、人権を保障し、生活を立て直すための支援が広く行われています。実際、行政には子育てや介護など様々な相談窓口があります。
一方で、「いかに生きるか」というとてもプライベートな苦悩については、僕のような民間のカウンセラーが向き合う仕事になるように思います。
心のケアは基本的に、普段の生活や人間関係のなかでなされているものです。子どもを駅まで送ってあげる、疲れている相手においしいものを作る、落ち込んでいる同僚に声をかける。これらも立派な心のケアです。カウンセリングのプロでなくとも、できることはたくさんあります。
ただ、時々それがうまくいかなくなる時があります。例えば、子どもに今までうまく接することができていたのに、ある日突然「うるせえ!」と拒否されてしまう。何かおかしなことが起きているけど、なぜかわからない。スマートフォンが原因かと思って取り上げると、余計に関係は悪化する。
こういう時、子どもの心はいつもと違っています。僕はこれを「雨の日」と呼んでいて、心理学的に対処するのが心理士の仕事です。アブノーマルな心の状態になった時、心がどう動くかといった心理学の知識を活用し、プロとしての専門性を発揮するのです。