8月20日の日経新聞に「住宅、家族向けも40〜50平米が標準に? 消えた広さの「国の目安」」が載っていました。個人の自由と言っても、いくらでも狭くてもよいのでしょうか。誰だって、それなりに広い家に住みたいです。小さな家が増えるのは、地価が高いからで、そちらを放置していることが問題でしょう。しかし、旧基準の、4人家族で50平方メートルは、狭いですね。ゆとりある生活も、趣味のものを持ち込むこともできませんね。
・・・今後の住宅のあり方を示す国の「住生活基本計画」から、広さについての目安が消えた。昨今の住宅高騰で家は狭くなるばかり。目安がなくなり、これからの住まいはどうなるだろうか。
国土交通省は今後10年の住宅政策のあり方を示す同計画を5年に1度のペースで見直している。2026年度からの最も新しい計画は3月に閣議決定された。
新しい計画には異変があった。住宅の広さについての目安が削除されたのだ。目安とは、豊かな住生活の実現に必要な「誘導居住面積水準(誘導目標)」と、必要不可欠な「最低居住面積水準(最低面積)」の2つを指す。
広さの目安は戦後の住宅不足が解消し、住宅政策を「量」から「質」へと転換するなかで1970年〜80年代につくられた。例えば都市部では家族4人で95平方メートルを目標にする。一人暮らしでは25平方メートルを最低面積とするといった内容だった。
なぜ今、削除されたのか。国交省の会議で計画の見直しにあたった東京大学教授の大月敏雄さんに尋ねると「ライフスタイルが多様化する中で国が一律の基準や目安を設ける時代じゃない。それに目安と現実が乖離している」という回答だった。
確かに誘導目標は、現代の東京の感覚からするとやや高い理想に感じる。家族4人でも都市部のマンションなら70平方メートル前後を想定する人が多いだろう。100平方メートル近い物件はそもそも数が少ない。検索サイトで100平方メートル以上の新築マンションをみると「億ション」が目につく。
一方、最低面積がなくなると狭い家に押し込まれる人が増えてしまうのではないか。大月さんは「都心部では狭くても家賃が安いなら住みたいという人もいる」と話す。「国が目安を押しつければそうした人たちの住む場所の選択肢が少なくなる」とし、「原則的には民間市場で需要と供給に合わせて決められるべきだ」と主張する・・・
記事には、2001年頃に75平方メートルを超えていた新築マンションの面積が、最近は65平方メートルまで下がっている図もついています。