年別アーカイブ:2026年

長期停滞、「大きな政府」はあり得なかったか

2026年8月8日   岡本全勝

日本は1980年代から小さな政府を目指し、行政改革の継続しました。当初は財政再建が目的でしたが、先進国で主張された新自由主義的改革、「官から民へ」の思想がそれに加わりました。官は失敗するので、民に任せようという思想です。これら財政再建も「官から民へ」も正しい考えだと思いますが、日本はバブル経済崩壊後に長期停滞に陥りました。

今から見ると、単なる景気変動ではありませんでした。1990年代に何度も巨額の経済対策を打ちましたが、景気は回復しませんでした。経済界が3つの過剰を処理しても、経済は回復しませんでした。
国際的、産業的には、世界での産業競争が激化し、それまで日本が優位に立っていた製造業で、アジア各国の追い上げに負けてしまいました。産業構造の転換も必要でした。

長期停滞を長引かせた理由の一つは、官と民との「縮小思考」だと思います。企業は業績回復のため、「選択と集中」「リストラ」を続けました。政府も、行政改革を続けました。しかし、企業が事業を縮小し、政府が予算を縮小する。企業も政府も従業員を減らし、給与を削減する。これを続けると、経済は拡大しませんよね。景気変動に対して、ケインズ経済学では総需要政策を主張します。

どこかで、経済拡大のために「大きな政府」はあり得なかったかのでしょうか。単純な財政出動では効果がないことは1990年代が示しています。必要だったのは、企業の新しい分野への投資を支援すること、他方で従業員の給与を下げないことではなかったでしょうか。もちろん、業績の悪い企業にそれを期待することは、無理でしょう。その際に、政府が何らかの手を打つことはできなかったのでしょうか。
ケインズ経済学が従来の経済思想を大胆に変えたように、その先の「新しい経済思想」です。
政府が考えるべきは、「縮小思考」からの脱出と、国民の雇用と給与の安心確保だったと思うのです。このような説明は、具体性に欠ける、あやふやな考えであることを承知で書いておきます。

第二世界の消失

2026年8月8日   岡本全勝

7月30日の朝日新聞オピニオン欄、鶴見太郎東大准教授の「公正掲げた、第二世界どこへ」から。このような見方もできるのですね。経済成長は、政治や政治的主張も変えてしまいました。

・・・冷戦全盛期、「第一世界」「第二世界」「第三世界」という世界の分け方があった。それぞれ、アメリカ中心の資本主義陣営、ソ連中心の社会主義陣営、発展途上国を多く含む非同盟諸国が相当していた。現在、概して「第三世界」は「グローバルサウス」に置き換わり、「第一世界」は「先進国」「西側」などと呼ばれる。では、「第二世界」はどこに行ったのか。

第一世界と第二世界は、第三世界からの支持獲得をめぐって競っていた。ソ連はより公正な近代社会や反植民地主義を理念として掲げ、人種差別を批判した。それは、アメリカが黒人差別を改善するきっかけの一つとなった。また、社会主義的な分配政策や生活の保障は、資本主義陣営の福祉に対する意識をさらに高めた。
第二世界は、第一世界に対する批判意識の半面で、工業的近代化への強烈な憧れも有していた。国家主導で工業化を推進したことで、短期間で第一世界に匹敵する成長率を達成した。「人種」にかかわらずいかなる人間も進化しうるとの信念から教育も整備し、第三世界の独立支援も行った。植民地が多く残っていた当時、それは第三世界諸国を引きつけていった。
しかしまさにそのことが、第二世界を不利にした。経済水準が向上し、衣食住の不安が低減したことで、人びとの欲望は次の段階に移行した。社会主義は重工業では実績を上げたが、次の段階である個人主義的な消費社会に必要な小回りが不得意だったのだ。また、植民地は次々に独立した。第二世界はその目標を達成したことで消滅したともいえる。その後は陣営の維持が自己目的化し、理念は形骸化した・・・

・・・では、日本国内で「第一世界的なもの」に対抗した「第二世界的なもの」はどこに行ったのか。大枠では後継勢力といえる左派・リベラル勢力は、国内問題を主な関心として、外交政策に関しては、日米同盟を基軸とする保守勢力との差が見えにくくなった・・・

壊れたままの時計

2026年8月7日   岡本全勝

杉並区立の児童交通公園に時計台があります。よく目につくところに大きな時計があって、便利です。ところが、壊れたままで、張り紙がしてあります。去年の春にはこの状態でした。区役所にメールで問い合わせたら、「部品がないので、修理に時間がかかっています」とのことでした。
部品がないなら、時計自体を取り替えても良いでしょうに。

私が利用する地下鉄丸ノ内線の新高円寺駅、車椅子対応トイレが先日から壊れたままです。これも、利用者にとっては困ることでしょうね。

修理が直ちにされないことに疑問を持ったのですが。これからは、これが常態になるのかもしれません。経済力の落ちた日本では、かつて作った施設の維持管理ができなくなる。その前兆かもしれません。

女性再就職 正規雇用の壁

2026年8月7日   岡本全勝

7月19日の読売新聞「あすへの考」は、吉田尚大・編集委員の「女性再就職 正規雇用の壁」でした。

・・・女性の正規雇用率は20代後半をピークに下がり続ける。グラフに描くとL字形になることから「L字カーブ」と呼ばれる。正規雇用の女性が出産や育児を機に退職した後、再就職すると、パートなど非正規雇用になることが多いためだ。女性の活躍の機会を減らし、男女の賃金格差や女性の管理職比率の低さの一因となっているため、希望すれば正規雇用で働き続けられる環境の整備が求められる。

正規雇用比率を見ると、男性は50代後半まで70%程度を維持している。一方、女性は、35~39歳は43・6%、40~44歳は39・5%と下がり続けていく。
その影響は大きい。2026年の男女共同参画白書によると、日本の男女の賃金格差は、男性の賃金の中央値を100とした場合、女性は79・3。経済協力開発機構(OECD)諸国の女性の平均89・7と比べて差がある。企業の管理職に占める女性の割合は課長級16・1%、部長級9・3%。いずれも、正規雇用の女性の層が薄いのが一因だ。

L字カーブが生まれた歴史的背景として、周燕飛・日本女子大教授は産業構造の変化を挙げる。
1950年代半ばから始まる高度経済成長期前は、農業や自営業の世帯も多く、女性は貴重な働き手だった。畑や店舗は自宅とほぼ同じ場所にあり、働きながら育児や家事ができた。
高度経済成長期が始まると、男女とも会社で働く人が増えた。自宅と働く場が離れ、子どもが生まれると女性が育児や家事のために退職し、子育てが一段落すると教育費などのために非正規雇用で再就職する、という流れができた。
周教授は「日本には年功序列制の企業が多く、雇用の流動性が低い。中途採用市場も小さく、高学歴の女性ほど、希望に沿う業務や賃金の正規雇用の仕事を見つけにくい。欧米ならすぐに採用されるような女性が能力を発揮できないのは損失だ」と指摘する。

L字カーブの一因として、日本企業特有の「メンバーシップ型雇用」を挙げるのは、本田一成・武庫川女子大教授だ。
日本の典型的な会社員は、定期異動によって社内で様々な業務を経験し、勤続年数に応じて賃金が上がっていく。安定した雇用や賃金と引き換えに、長時間労働や転勤を受け入れるなど、企業の良きメンバーに徹していく。
メンバーにとどまるため、男性はハードな長時間労働をこなすが、早く帰宅して家事や育児をすることはできない。一方、家事や育児を担う女性の多くは、ハードな働き方はできないためにメンバーにとどまれず、退職や非正規雇用への移行を選ばざるを得ない。性別役割分担意識の強い日本では、「男性は仕事、女性は家庭」というあり方が受け入れられやすい土壌もあった。国も、会社員らの配偶者が保険料を払わなくても基礎年金を受け取れる「第3号被保険者」制度などを導入し、働く男性社員を支える妻の役割に報いた。
本田教授は「現状だと、メンバーにとどまれるのは、長時間労働をいとわない『M(Male=男性)型』の働き方ができる社員しかいない」と指摘。「生活に重点を置いた『F(Female=女性)型』の働き方をM型に取り入れ、男女とも家事や育児を担いながら働けるようにしてL字カーブを解消するべきだ」と強調する。

女性が正規雇用で働き続けられるようにして、L字カーブを解消するためには、どのような取り組みが必要なのだろうか。
正社員の女性が退職する原因の一つが、長時間労働に加えて、家事・育児の負担が女性に偏り過ぎていることだ。21年の社会生活基本調査によると、女性の家事や育児の時間は1日約7時間半にも及ぶが、男性は2時間に満たない。大和総研の高須百華研究員は「負担の重さから、正社員を辞めたり、働き方の柔軟性が高い非正規雇用を選んだりするようになる。長時間労働が前提の働き方を見直し、フレックスタイム制度の導入などで働く時間を自由にするなど、夫婦とも家事・育児の時間を取れる働き方改革が必要だ」と語る。
「キャリアにつながる責任ある仕事を任せ、『目標を達成できたかどうか』を基準に、時間当たりの生産性を評価するなど、育児中の女性でも昇進できる制度が必要だ」と訴えるのは、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの矢島洋子主席研究員だ。任せる仕事の質は変えずに量を調整することで、「ライフ」だけでなく「ワーク」を充実させることも、働き続ける意欲を持つには欠かせない・・・

連載「公共を創る」第266回

2026年8月6日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第266回「これまでの議論ー近年におけるリスクの変化」が発行されました。前回から、政府が取り組むべき社会の課題が変わったことを説明しています。その第一は、リスクの変化と新しい社会の不安です。

不安やリスクがどのように変化しているかを見るために、社会のリスクをその原因や被害の種類によって9の分野に分類し、さらにそれらを被害の形態によって三つに大括りしました。
一つ目は「身体や財産への被害」です。 武力・テロ、自然災害、事故、犯罪などは、国民の身体、生命、財産に対し直接に物理的、経済的な被害を与えます。病気と環境問題は、直接・間接に健康に被害を与えます。
二つ目は「経済社会活動全体への被害」です。経済社会システムの混乱は、経済社会活動を根底からひっくり返す危険を含んでいます。個別の財産への危険もシステムへの不信を呼び起こしますが、それよりも、不特定多数が参加している経済社会活動全体への被害をもたらします。
三つ目は、「人間らしい生き方への被害」です。格差と社会生活問題は、もちろん身体や財産に被害を与えますが、それよりも尊厳ある生き方をできなくさせてしまいます。各人にとっての危険であるのは当然ですが、「人間らしい生き方」を支えているはずの社会の側に問題が起こっているということでもあるでしょう。

ここには、技術と経済の発展が生む新しいリスクとともに、従来あったリスクが再認識されたものもあります。また、社会生活問題などのリスクは、豊かな社会になって顕在化しました。パワハラ、セクハラ、幼児虐待、高齢者虐待、ヤングケアラーなどは、これまで耳にしなかった言葉です。事実は昔もあったのですが、社会問題と認識され、対応が必要な課題として新しい言葉が定義され、意識を深めることになってきたのです。児童虐待や自殺は昔もあった事件です。ただし、それらは個人の責任であって、本人や家族が、場合によっては親類や近所の人たちが解決すべき問題と考えられてきました。しかし、児童虐待も自殺も、今や社会の問題と認識されるようになりました。

古典的なリスクは、担当する役所や学問が確立されているのですが、「人間らしい生き方への被害」には、まだそれが確立されていません。