9月10日の朝日新聞オピニオン欄、山田昌弘・中央大学教授へのインタビュー「「希望格差社会」の20年」から。
20年前の先生の指摘は、慧眼でした。私の連載「公共を創る」も、このような分析に多くを負っています。男女共同参画、働き方改革などは進んだのですが、非正規雇用という大問題は改善されず、対策も進んでいません。求められているのは、食品の消費税を2年間軽減するような政策ではありません。政治家も国民も根本的問題から目を背け、目先のパンに飛びつくようです。
・・・新自由主義が根を張った小泉政権下、山田昌弘さんは当時の世情を「希望格差社会」と名付け、きたる分断を強く危惧した。それから20年余。絶望が社会を引き裂くには至っていない。人々は怒らず、むしろ満足を深めているようだ。「このまま日本は幸福に衰退する」。ニヒリズムに満ちた警句の真意とは。
―「希望格差社会」を出版した2004年当時、どのような分断を憂慮していましたか。
「希望は『努力が報われる』と感じた時に生じ、絶望は『努力がむなしい』と感じた時に生じます。平成時代とは、将来への展望において国民が勝ち組と負け組とに分裂し、さらに社会全体からも徐々に希望が失われていく過程でした」
「戦後の高度成長期からバブル経済期までの若者は、頑張れば豊かな生活を築けるという安心感と将来への期待を持てました。『一億総中流』とは、全員が同じ生活水準という意味ではなく、努力すれば誰もが人並みの生活を実現できるという希望を表す言葉でした」
「しかしバブルが崩壊し、ほぼ同時に、グローバル化と脱工業化、情報化の波が押し寄せます。それに十分適応できなかった日本企業は正社員の雇用を守る一方、新卒採用を抑え、非正規雇用を増やしました。若い世代を調整弁にしたのです。就職氷河期世代の若者は、収入が保障され家族を養う見通しを持てる者と、将来設計を描けない者とに二極化しました」
―それが「希望」の格差につながったと?
「平成期には『経済停滞』『男女共同参画の停滞』『少子高齢化』『格差の進行』という負のトレンドが生じました。これらは相互に関連しており、その根本原因は昭和のシステム、すなわち『日本的労働慣行』と『性別役割分業型家族』から脱却できなかったことです」
「新卒一括採用、終身雇用、年功序列型賃金、手厚い福利厚生が特徴のメンバーシップ型雇用は、一度その枠に入りさえすれば、定年までの安定と右肩上がりの昇給を約束するものでした。そして家庭では、一家の大黒柱たる夫と、家事・育児を一手に担う専業主婦の妻がペアになる。政府は、この労働と家族のシステムを前提に、税や社会保障の制度を設計しました。そこから外れると様々な不利益を被る。独身者、非正規雇用者、フリーランスなどは制度の恩恵からほぼ閉め出されました」
―「昭和のシステム」の内側にいる人と、そこから排除された人の分断が、より深刻化したということですね。
「新卒時に正社員になれなかった人が年齢を重ねてから正規採用される道は極めて細くなります。平成が始まった89年には非正規の割合は19%でしたが、19年には38%に上昇します」
「そして雇用における格差は、家族を持てるかの格差にも直結しました。日本では、男性が家族を養う結婚モデルが根強く残っています。共働き世帯でもなお『夫が正規雇用、妻はパート』の組み合わせが圧倒的に多く、低収入で結婚できない男性が増えれば、結婚できない女性も増える。50歳時の未婚率は20年には男性28・3%、女性17・8%に達しています」
「かつて氷河期に不安定なレールに乗せられたロスジェネ世代の多くが、一度レールを外れたら戻れない日本型雇用のなかで家族形成の機会も阻まれ、そのまま中高年独身者という巨大な固定層を形成しているのです。格差は単に広がっただけでなく固定化し、経済も社会も完全に行き詰まった状態です」・・・この項続く