年別アーカイブ:2026年

75歳以上高齢者、大都市郊外で増加

2026年8月6日   岡本全勝

7月19日の朝日新聞に「75歳以上高齢者、大都市郊外で増加 10年間の人口分布、「ドーナツ」状に」が載っていました。

・・・75歳以上の後期高齢者の人口分布が10年間でどう変化したのか、朝日新聞のデータ分析チーム(ニュースメディア開発部)が、政府の公開データを使って調べた。増減を分析すると、東京や大阪といった大都市圏では、中心部はあまり変わらないが、郊外で大きく増えていて、「ドーナツ」のような形で変化していることがうかがえた。
分析では、2010年と20年の国勢調査をもとにした1キロ四方ごとの人口分布を記録した「3次メッシュ」を使用。20年の75歳以上の人口が10年と比べて何倍になっているかを算出した。その結果から、減少した地域は青、変化がない場合は白、増加していれば赤で色をつけ、色の変化で地域の増減がわかるようにした。
東京都や大阪府、福岡県などの大都市圏の中心部では変化が少なく、白に近い色だったが、郊外になるほど赤が濃くなった。地方では青の地域も目立った。
大都市圏の郊外で75歳以上人口が大幅に増えている傾向――。何が起きているのでしょうか。高齢社会に詳しい日本福祉大教授の藤森克彦さんに聞きました。

―調査は東京圏、名古屋圏、大阪圏、福岡圏の75歳以上の人口について2010年と20年を比較しました。いずれも郊外の人口が増えたのに対し、その周囲の地方は減少、都市部はあまり変化がなく、大都市圏の「ドーナツ化」現象がみられます。郊外で増えた背景とは?

75歳以上の人口増加とともに、郊外で介護施設が整備されたことが考えられます。要介護度が大きく上がるのは75歳以降です。そして、特別養護老人ホーム(特養)は、原則として要介護3以上でなければ入所できません。
一方、特養などの介護施設は、地価の低い郊外に多く立地しています。実際、厚生労働省「介護サービス施設・事業所調査」によれば、14年から24年にかけての特養の施設数や定員数の伸びは、埼玉県や千葉県が約5割増なのに対し、東京都は約3割増にとどまります。郊外では特養などの介護施設に入りやすい環境が整っていることが、郊外への転入増の一因と考えられます。

―市区町村別の転入超過(20~24年を合算)の状況を人口10万人あたりに換算すると、トップが東京都檜原村(7189人)で、続いて奥多摩町(6526人)、日の出町(3998人)と東京都西部の地域が上位を占めています

これらの地域で人口10万人あたりの75歳以上の転入者が多いのは、介護施設などが比較的充実していることが考えられます。日本医師会の地域医療情報サイトによると、「75歳以上1千人あたりの介護施設の入所定員数」は、前述の3町村では全国平均の4~5倍に達しています。介護職員数も全国平均の約4倍です。
さらに、山間部としては珍しく、訪問介護や地域包括支援センターなど在宅サービスが比較的充実しており、移住の背景として考えられます。
一般に、介護サービスの充実は、自治体の財政負担を増やすことから、地域経済にマイナスのイメージを持たれがちです。しかし、適切に整備されれば、介護分野で働く人の雇用を生み、その雇用が地域の消費を活発にするなど、地域に新たな経済循環を生む役割も果たします。
こうした視点から、介護サービス事業所などを「灌漑施設」にたとえる見方があります。介護保険制度では、高齢者が地方に移住すると介護給付が中央から地方に流れます。さらに、高齢者の年金が地域の消費にもたらす効果も大きく、地方圏では地域経済を下支えする重要な要素になっています。灌漑が土地を潤すように、社会保障給付が地域を元気にするという考え方です・・・

省庁改革本部・減量班同窓会

2026年8月5日   岡本全勝

昨日8月4日は、省庁改革本部減量班の同窓会でした。一緒に仕事をしたのは、1998年夏から2000年末のことです。1998年から数えると、28年も続いているのですね。43歳の参事官だった私が、71歳ですもの。

民間から派遣された人たちも一緒です。最年少だった若者が、審議官になっています。
多くは退職しています。仕事や趣味など、それぞれに活躍していて、うれしいことです。

座りすぎ日本人、病気や集中力低下

2026年8月5日   岡本全勝

7月16日の日経新聞に「座りすぎ大国ニッポン、立ち作業で集中力アップ 企業・学校が独自策」が載っていました。

・・・日本は世界有数の「座りすぎ大国」――。長時間のデスクワークなど座りっぱなしの生活が引き起こす医療コストを早稲田大学の研究チームが試算したところ、年2800億円超に上った。代謝を高めるため立ち作業を取り入れるなど、対策に乗り出す企業や学校が相次いでいる。

日本は世界有数の「座りすぎ大国」とされる。オーストラリア・シドニー大などは11年、20カ国・地域の成人約5万人を対象に平日1日あたりの座っている時間(中央値)を調べた。各国平均が5時間だったのに対し、日本とサウジアラビアは最長の7時間。最も短かったポルトガル(2.5時間)の3倍弱だった。
早稲田大スポーツ科学学術院の岡浩一朗教授は、各国のデータは調査対象や手法が異なり単純な比較は難しいとしたうえで「日本が長いのは、諸外国と比べて労働時間が長いのが一因。IT機器や家電類の発達に伴い、調査当時よりさらに座位時間が長くなっている可能性がある」とみる。

座りすぎが健康上のリスクになりやすいのは近年の様々な研究で明らかになっている。岡教授らは4月、座りすぎを原因とする慢性疾患によって医療費などの経済的負担は年間約2825億円に上るとする推計を発表した。
岡教授によると、全身の筋肉の7割は下半身に集中しており、ずっと座ったままでいると筋肉がほとんど使われず代謝が落ちてしまう。そのうえで「『第二の心臓』と呼ばれ、全身に血液を循環させるふくらはぎの機能が低下すると、肥満や糖尿病、心臓病などの疾患リスクを高める」と指摘する。
約6万人を対象とした京都府立医科大の追跡調査(21年公表)によると、日中座っている時間が2時間増えるごとに死亡率が15%上昇することが判明。生活習慣病を抱えているとさらに数値が高まり、糖尿病は27%、高血圧は20%だった。

座りすぎの解消は健康リスクを低減させるだけでなく、集中力アップの効果が見込めるとする研究結果もある。
オフィス家具大手のオカムラと日本体育大学は小学生を対象に座ったままの「座位作業」、立ったままの「立位作業」、立ったり座ったりする「混合作業」の3グループに分け、45分間のドリル学習などに取り組ませた。
その前後で注意力や認知機能を測る問題を解いてもらったところ、立ち作業や混合作業をしているグループが座位作業のグループよりも正答数の増加率が高かった・・・

偶然と必然、本人と社会の評価

2026年8月4日   岡本全勝

偶然と必然、これについて書かれた本も多いですよね。ふと、次のようなことを考えました。

神様や仏様から見たら、私たちの行動と結果は、決められたことで、偶然ではありません。神様がどこまで、大震災を起こすぞと予定しておられるかは、疑問なのですが。その時々の各人の判断は異なります。どの異性を選ぶか、どの本を選ぶか。しかし、その判断をする環境は、偶然ではなく、用意されたものです。
他方で、私たち各人から見ると、偶然と思えることがあります。「あの時あの人と出会ったから、こう変わった」「あの本を読んで目が開いた」とかです。与えられた条件(人、本)は変わらないのに、それに反応するかどうかは人によって異なるのです。

神様は、同じような条件を与えてくれているのに、受け取る人によって、その効果が異なります。客観的に見るのか、主観的に見るのかとの違いとでも言うのでしょうか。

この話を発展させると、大切なもの、価値のあるものが、各人によって異なることもわかります。アルバムや思い入れのある人形は、個人にとってとても重要なものです。他方で、社会にとっては価値は少ないです。「少し古本を処分13」で書いたように、私にとって思い入れのある本も、古本屋にとっては無価値でした。

ジョセフ・ラズ著『価値があるとはどのようなことか』(2022年、ちくま学芸文庫)は、普遍的な価値と個人の愛着との関係を論じています(これも、全部を読んでいません)。確かに、この観点は、あまり議論されていませんよね。

「史観」がなくなった21世紀

2026年8月4日   岡本全勝

7月21日の読売新聞「歴史貫く「国民の物語」 失われた30年…「日本史はいかに物語られてきたか」 河野有理・法政大教授に聞く」から。
豊かさという「坂の上の雲」を目指し、坂を登り切った日本。成熟社会になって、次の目標を見つけられないでいる日本。私が「公共を創る」で主張していることと通じるものがあります。

・・・日本人は、自分たちを歴史の流れの中に位置づけられなくなっているのではないか――。政治思想史が専門の法政大教授・河野有理氏は、新刊『日本史はいかに物語られてきたか』(新潮選書)をまとめ、そんな不安を抱いたという。

河野氏は本書で、坂本多加雄や山本七平、司馬遼太郎、松本清張、吉本隆明ら、戦後の学者や作家ら20人の、それぞれの歴史の見方(史観)を論じた・・・見えてくるのは、多様な史観が競合していた思想空間の豊かさだ。その背景として河野氏が挙げるのは、戦前にあった二つの「正史」の喪失。天皇を中心とする史観と、経済が歴史を動かすと考える共産主義的な史観(史的唯物論)で、それらの重しがなくなった分、自由に語れるようになったのだと見る。
だが、21世紀に入ると、国民の歴史への関心は依然として高いままなのに、史観がほとんど出されなくなったという。本書でも論じられる百田尚樹氏の『日本国紀』(2018年)は、史実を淡々と記す一方、特に前近代では物語に不可欠なキャラクターがおらず、歴史の因果関係や時代区分にもほとんど関心が払われていないことを指摘。歴史を貫く物語や史観がないと結論付けた。

史観がなくなった大きな理由の一つとして、冷戦終結後、左派中心の学界では、国民国家単位の歴史を等閑視する風潮が強まったことを挙げる。国民の物語よりマイノリティーへの注目が大切だとの理屈だ。
一方の右派は、冷戦終結後、日本が歩むべき道があやふやになり、歴史の中のどこに自分たちを位置づければいいか分からなくなり、危機感を抱いたという。それが、新たな国民の物語を目指した「新しい歴史教科書をつくる会」の結成(1997年)につながったと説明する。
だが学界はその動きを激しく批判し、突き放した。河野氏は、「つくる会」の危機意識は振り返れば的を射ており、貴重な問いかけだったと指摘。「左派も日本という国を前提に物事を考えており、物語を持っている。だから、よりまっとうな物語について、左右が議論すべきだった」
前後して、学問の細分化・専門化も進行。「エビデンス志向」が強まり、事実誤認がSNSなどで徹底攻撃されるようになった。その結果、学者や作家が専門以外の分野に言及するのを避けるようになり、史観や通史も語られなくなった・・・

・・・なぜ物語が重要なのか。それは、自分たちが背負っている物語は、国としての行動原理、ビジョンそのものだからだ。「個人でも会社でも、ビジョンがなければ決断は常にその場限り。『失われた30年』は、多くの国民が合意できる物語づくりに失敗した30年でもあった。皇室の維持について真剣に議論している今は、生産的な議論をする好機でもあると思う」・・・