年別アーカイブ:2022年

『司馬遼太郎の時代』2

2022年11月7日   岡本全勝

司馬遼太郎の時代』の続きです。
これだけ読まれたのに、文学や歴史学の世界から無視されたことや、いわゆる「司馬史観」への批判についても、取り上げられています。
司馬さんが自らの作品を「小説でも史伝でもなく、単なる書きもの」と呼んだことに、その理由があるようです。本人が意図した、小説でも歴史でもないことが、双方の「業界」から相手にされなかったのでしょう。それぞれから、「正統でない」「はみ出しもの」と位置づけられたのでしょう。

「司馬史観は史実のある面だけをを切り取っている」「現在の歴史学では間違っている」との批判は、司馬作品を歴史学の本と見なした批判でしょう。司馬さんは、苦笑していると思います。
どれだけ多くの人が、司馬作品で歴史を学んだでしょうか。小説と史書との間を橋渡ししたのです。それに対し、歴史家は司馬作品に匹敵するだけの成果を生みだしたでしょうか。歴史に興味を持つ国民を増やしたことで、歴史学会からは表彰されてもよいでしょう。

私は成人してからは、小説(作り話)をあまり読まなくなりました。複雑な現実世界を生きていると、小説の「単純さ」に飽きたのです。他に政治経済社会の本を読むのに忙しく、気を抜くなら紀行や随筆があいます。もちろん、小説の読み方は人それぞれでしょう。
その中でも、司馬遼太郎作品と塩野七生作品は、好きで読みました。それは、英雄を描いた小説でなく、時代背景を描いていること、そして現在日本を視点にその比較(しばしば批判)として書かれているからです。この項さらに続く。

所有欲求と存在欲求

2022年11月7日   岡本全勝

NHKウエッブ「解説委員室」に、神野直彦・東京大学名誉教授の「人間が幸福になる経済を求めて」が載っています。1月5日に掲載されたようです。
そこに、人間の欲求には「所有(having)欲求」と「存在(being)欲求」があることが説明されています。

「所有欲求」とは、人間の外側に存在する自然などを、所有したいという欲求です。
「存在欲求」とは、人間と人間とが、さらには人間と自然とが、触れ合い、調和したい、あるいは愛し合いたいという欲求です。
「所有欲求」がみたされると、人間は、「豊かさ」を実感します。
「存在欲求」がみたされると、人間は、「幸福」を実感するのです。
工業社会とは、存在欲求を犠牲にして、所有欲求を追求した社会だと、いうことができます。
つまり、「幸福」を犠牲にして、「豊かさ」を追求した社会なのです。もちろん、それは人間の歴史に、忌わしく纏わりついていた欠乏を、解消する必要があったからです。
しかし、工業化によって、欠乏の解消が進むと、自然資源を多消費していくことに、限界が生じてきます。
しかも、所有欲求が充足されていくと、人間の人間的欲求である存在欲求が高まっていきます。

コロナ危機からの復興にあたって、「より良き社会への復興」や「新しい資本主義」が掲げられるのも、根源的危機を克服して、新しい人間の社会を形成する使命が、認識されているからだと考えられます。
しかし、そうした新しい社会のヴィジョンを、構想しようとすれば、「それで人間は幸福になるのか」という根源的問いを、発し続けなければならないはずです。
というのも、この根源的問いを等閑にし、「幸福」の追求へと社会目標を転換しなかったために、二つの環境破壊という根源的危機を、つくり出してしまったからです。
生活困窮も、所得貧困というよりも、生存を支える自然環境や、人間の絆が破壊されることによって陥っています。
そうした生活困窮をコロナ危機が深刻化させましたので、その救済は現金を配るだけでは不可能で、自然環境や社会環境が支えていた生存条件を整備しなければならないことになるはずです。

『司馬遼太郎の時代』

2022年11月6日   岡本全勝

福間良明著『司馬遼太郎の時代 歴史と大衆教養主義』(2022年、中公新書)がお勧めです。
表題の通り、司馬遼太郎さんの作品を、時代という切り口から分析したものです。一つは、司馬さんが生きた時代、司馬さんの経験(帝大でない専門学校卒、戦車部隊への配属)から、書かれた作品を分析します。もう一つは、作品がなぜ昭和後期に、特にサラリーマンに受け入れられたかという日本社会の分析です。
福間さんは、『「勤労青年」の教養文化史』『「働く青年」と教養の戦後史』などを書いておられて、本書もその延長線上にあります。

司馬さんは自らの作品を、「小説でも史伝でもなく、単なる書きもの」と呼んでいます。英雄を中心にその人生を描く小説ではなく、主人公が置かれた時代をも描きます。そして幕末維新を取り上げる場合は、昭和との対比、すなわち日本を間違った道に導いた昭和の指導者たちを批判する視点から描きます。他方で、事実だけで構成する史書でもありません。読んでいて、わくわくする表現なのです(その分、暗い面は描かれることが少ないです)。
私も、『坂の上の雲』で興味を持って以来、『街道をゆく』『明治という国家』『この国のかたち』などを読みました。

『竜馬が行く』は2477万部、『坂の上の雲』が1976万部、『街道をゆく』1219万部・・・だそうです。それぞれ1冊ではなく、数巻の合計ですが、それにしてもすごい数字です。それだけ受け入れられたということです。
他方で、司馬作品で映画化されたものはさほど売れず、たくさんNHKの大河ドラマになったのに、これも視聴率は必ずしも高くなかったのです。それは、英雄を描く小説ではなかったからでしょう。はらはらどきどきや、色気とは遠いのです。この項続く。

勉強していない文系大学4年生

2022年11月6日   岡本全勝

10月25日の朝日新聞夕刊に「文系大学4年生、勉強してない? 授業や卒業研究の時間、少ない傾向 国調査」が載っていました。

・・・1週間でどれだけ卒業論文や研究に費やしたかについても、4年生に聞いた。
分野別にみると、「5時間以下」と答えたのは、人文33%、社会47%、医学89%、歯学87%。逆に「16時間以上」と回答した人は、理学・工学67%、農学65%と高かった・・・
・・・ 文科省の担当者は各学部分野の4年生について、(1)理学・工学、農学は、授業が少ない分、卒業論文や研究などに時間を費やしている、(2)医学、歯学、薬学は授業や資格試験のための勉強に時間を費やしている、(3)一方で、人文や社会は、授業時間も短く、卒業論文や研究にかける時間が少ない人がそれなりにいて、学習の時間も少ない――と指摘した・・・

『21世紀を生きるための社会学の教科書』

2022年11月5日   岡本全勝

ケン・プラマー著『21世紀を生きるための社会学の教科書』(2021年、ちくま学芸文庫)を読み終えました。これまで社会学の教科書はいくつか読んだのですが、長谷川公一先生とのやり取りで、社会学をもう一度考えてみようと思い立ちました。先生からは、長谷川 公一他著『社会学』新版(2019年、有斐閣)をいただきました。一番売れている社会学の教科書だそうです。

多くの教科書は、社会学が扱う社会とは何かを説明したあと、さまざまな社会学者の見方と、社会学の各論を紹介します。それは有用なのですが、私が知りたかったのは、その上で「社会学はどうあるべきか」です。
この本は、今の私の関心にぴったりでした。現在の社会学がどのようなものか、社会学に進もうとする研究者はどのように考えるべきかが書かれています。そこで、私の関心に合致したのです。逆に、普通の社会学の教科書を読んでいないと、理解しにくいかもしれません。

社会学は社会の仕組みを説明しますが、本書は社会学が「社会学的創造力」(ライト・ミルズ)が基本であることを説明します。そして社会学の中核は、苦痛や不平等を扱うことだと主張します。
ここに、私は納得しました。社会学が何のためにあるのかが、分かりました。社会学者はさまざまな角度から、この社会を分析し説明しますが、その究極の目的は社会の課題、特に苦痛と不平等を見つけ取り除くことと、私は理解しました(第7章)。「何だ、当たり前のことではないか」とおっしゃる方もおられるでしょうが。
私が長年すっきりと理解できなかったのは、学問における価値と客観性の問題です。先日の「近藤和彦訳『歴史とは何か』」「歴史学の擁護」で、ようやく私なりの理解に達しました。「実用の学と説明の学

文庫本ですが、500ページ近くもあります。翻訳も読みやすく、理解しやすかったです。蛇足ながら、表題にある「21世紀を生きるための」は、読者を惑わす表現のようです。原書名は、『Sociology: The Basics』です。

ジグムント・バウマン、ティム・メイ著『社会学の考え方』第2版 (2016年、ちくま学芸文庫)
アルフレッド・シュッツ、トーマス・ルックマン著『生活世界の構造』 (2015年、ちくま学芸文庫)
奥井 智之著『社会学』第2版(2014年、東京大学出版会)