避難指示解除区域での営農再開

福島県南相馬市小高区のお米が、パックライスとして発売されました。
南相馬市小高区はその大半で、平成28年7月に避難指示が解除されました。29年4月から、アイリスグループと自治体の支援の下、地元の農業者が米作りを再開しました。収穫した米は舞台アグリイノベーション株式会社が全量を買い取ります。そして、国が指定する放射線検査を実施し、精米工場で高水準な品質管理をしています。この工場は、私も見学したことがあります。

この地区でも、高齢化が進んでいます。個人の農家で稲作を再開するには、ためらう人もいます。そこで、企業が参加することにより、高品質のお米ができ、安定した農業ができます。安定した経営のためには、一定程度の面積、技術力、そして労働力が必要です。それを売る販売力も。農業も、個人営業から法人営業への時代です。
他方で、アイリスオーヤマは、お米を生鮮食品とし、低温で扱い、精米してパックで販売しています。個食の時代に合っているようです。

来年も、耕作面積を広げてくださるそうです。ありがとうございます。
詳しくは、会社の発表をご覧ください。
アイリスオーヤマの発表」「舞台ファームの発表

人生相談に見える社会

1月30日の朝日新聞オピニオン欄「人生相談に見える社会」から。

加藤諦三・早稲田大学名誉教授の発言。
・・・悩みというのは「変装」が上手なんです。多くの場合、相談者の真の問題は、本人が考える悩みの背後に隠されています。先日、女性から「子ども夫婦の仲が悪くて心配です」と相談がありました。これを申告通り受け取ってはいけません。「なぜそれを悩みだと言うのか」と問いを立てて話を聞いていくと、実は相談者の心を本当に悩ます問題は「老後への不安」でした。私との会話の中で本人も気づき、納得してくれました・・・
・・・電話相談でもっとも無意味なのは良識を持ち出すことです。「当事者でよく話し合いましょう」。それができれば電話はかけてきません。「親を憎んではいけない」は正論で良識ですが、親を憎み切ることでしか解決しない問題もあります。良識は真の悩みの存在を隠したり、解決を妨害したりするのです・・・
・・・半世紀前も今も、この電話相談にかけてくる悩みの原型は変わりません。人間関係の不満や嫉妬、ねたみなどで、はるか昔、旧約聖書やギリシャ神話の時代にすべて出ている問題なのです。
昔からの悩みが変わらないのは、人間の「内」の問題は社会の進歩と関係ないからです。例えば医療の進歩で、昔は「不治の病」と言われたがんが今は治療可能ですが、こうした「外」の問題と違い、内面は変化しようがありません。目に見える「生存の問題」より、目に見えない「実存の問題」は難しいのです・・・

真梨幸子さん(作家)の発言。
・・・明治、大正時代の人生相談も参考に読みましたが、人の悩みは時代が変われど同じだと思いました。いつの世も人は下世話な悩みを抱えて生きています。「恋愛問題」と言っても突き詰めれば、性生活や浮気や不倫などの話です。
誰かが自分の身に起きた不幸で悩んでいる。それを本人が投稿すれば悩み相談になるし、周囲が陰でそれを話題にすれば噂(うわさ)話になります。だから人生相談を好きな読者が多いのは、人間が他人の噂話が好きなのと同じ・・・
・・・ただ、最近のネット社会がスタイルをだいぶ変化させていると思っています。
多くの一般読者が匿名で投稿をいくらでも書けるタイプの相談、例えばyahoo!知恵袋や、意見交換系の掲示板などを見ると、誰かの相談に対し意見、感想が驚くほどたくさん連なっています。自分の経験を長々と詳細に書いて答える人もいます。
新聞や雑誌の昔ながらの人生相談は回答者が1人。一般の読者が納得せず、「この回答は変じゃない?」と不満を抱いても、それを表明する方法はなかった。きっと「突っ込みを入れたい」けどできないという不満が蓄積されており、ネット社会になって、その「回答欲」が解放されてしまったのでしょうか。
今は「相談したい」よりも「回答したい」人のほうが多い時代なのかもしれないですね・・・

遅い新幹線

今日、福島から東京への新幹線、車窓には雪で真っ白な山野が広がっていました。昨日の福島は、最低気温マイナス7度でした。

ところで、福島から新幹線で東京に帰って来るときに、感じていました。大宮を過ぎると、あまり早くないのです。並行して走っている在来線と、さほど変わらない早さです。
「前の列車が詰まっているのかな」とくらいにしか、思っていませんでした。でも、定刻通りに東京駅に到着します。時刻表で調べたら、東京から大宮まで新幹線だと25分、在来線で早いものだと31分です。
理由を教えてもらいました。東北新幹線は、建設時の経緯で、東京と大宮の間を時速110キロで走っているのです。
どおりで遅いのですね。

歴史をつくるもの、『維新史再考』2

歴史をつくるもの、『維新史再考』の続きです。
先生の設定する「課題の認識とその解決の模索というモデル」は、すばらしいと思います。
歴史記述の方法には、一方に英雄や政治家たちがつくりあげる「主体モデル」があり(ドラマや小説です)、他方に経済や社会の変化が生みだす「社会の変化モデル」(経済学的分析など)とも言うべき形があります。
しかし、それぞれ一面的すぎます。主役の思うようには進まず、経済社会の変化だけで規定されるものでもありません。後者では「人」が見えなくなります。
そして、歴史はそんなに単線的には進みません。大勢の主体が登場し、その駆け引きや判断の中で、ジグザグに進んでいきます。それをどのように記述し分析するか。三谷先生の視角はそれへの回答です。

幕府統治が揺らいだとき、次の政権をどのように構想するか。
徳川方でも、いろんな考えがありました。慶喜、幕閣、尾張慶勝・越前春嶽、会津・桑名。将軍の言うとおりには動きません。朝廷でも、孝明天皇、摂関家、急進派公家。それぞれに意見が違います。西国大名でも、薩摩(久光、大久保、西郷、小松帯刀)、長州(この中はもっと分裂して武力闘争が起きます)、土佐。そして京都を徘徊する志士たち。
主体モデルを正確、精緻に記述しようとすると、大変な人数が登場するはずです。歴史小説は、そこを大胆に切り落として、わかりやすく書いています。

そして、時間の変化とともに状況が変わり、課題が変化して、彼ら主体たちの考えも変化します。攘夷がころっと捨てられるように。
そして、状況が変化した際に、主体による意図の違いが見えてきます。次を目指す大久保や西郷、元に戻そうとする幕閣、「現状」での主導権を持とうとする慶喜や公家・・。

先生の「課題認識とその解決模索モデル」は、登場人物たちが歴史を作っていくという点で、上述の「主体モデル」に近いです。しかし、「課題認識」という点で時代と社会が設定する課題を入れているので、「社会の変化モデル」も入っています。そして、ジグザグに進むという点が見えてくるのです。

国民投票、思わぬ結果

1月30日の朝日新聞「憲法を考える」は「国民投票 経験国からの警鐘」です。2016年に国民投票を実施したイギリスとイタリア。ともに、投票を主導した首相が、予期せぬ結果で退陣しました。両国を訪れた調査団の報告書です。
そこに見えるのは、ともに首相が自らの立場を強くしようともくろんだのが、裏目に出たことです。

まず、イギリスです。
・・・キャメロン氏はまず「最も注意を払うべきは、国民投票が政府に対する信任投票になってしまったり、他の政策的な問題に対する投票になってしまったりするのではなく、『投票用紙に書かれた質問文』に対する投票となるようにする点だ」と議員団に語った・・・
労働党のヒラリー・ベン下院EU離脱委員長は、・・・一方で、政府にことさら反対するために国民投票が利用される危険性も指摘。「何をテーマに国民投票を行うかについて、よく注意しなければならない。国民投票を行って負けた場合、もう議論の余地がなくなってしまうから」・・・
・・・ケンブリッジ大学のデービッド・コープ教授は、過熱した運動が展開された投票をこう総括した。
「いま英国の政治家、産業界、学会の有識者に聞けば、ほぼ100%の人たちが『もう国民投票などすべきではない』という強い意見を持っているだろう」・・・

次は、イタリアです。
・・・ステファニア・ジャンニーニ前教育・大学・研究相は「残念であったのは、国民投票の段階でレンツィ政権に対する賛否を表すという政治的な内容と、国家の機能の簡略化、効率化及び透明性を図るという憲法改正の純粋な内容とを、明確に分離することに失敗したことだ」と総括した・・・