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復興の主役 官から民へ

2019年3月11日   岡本全勝

3月10日の日経新聞1面に「復興の主役 官から民へ」が載っていました。

・・・東日本大震災の発生から11日で8年を迎える。原発事故の影響はなお色濃く残るが、巨額の政府予算の投入で被災地のインフラ整備や住宅再建は一定のメドが付いた。ただ、沿岸部では定住人口の減少が止まらず、「官製復興」には限界がみえる。成長のエンジンを民主導に切り替えるには地域の底力が試される・・・

指摘の通りです。インフラの復旧だけでは、町の賑わいは戻らない。その考えで、今回の復興では、産業と生業の再開、コミュニティの再建も、政府として取り組んできました。「復興の3要素
しかし、この2つの分野は、お金や法律でできるものではありません。産業と生業の主体は事業主です。コミュニティの主役は住民です。
民が主体になってもらわないと、できません。もちろん、政府はそれを支援します。

五百旗頭先生、防災復興庁の創設を

2019年3月8日   岡本全勝

3月8日の朝日新聞オピニオン欄に、五百旗頭真先生の「防災復興庁の創設 次なる天災の安全保障を」が載っています。
・・・この時代の日本に生きる者の責任として、私は新たな国の機関「防災復興庁」の創設を提言したい。
東日本大震災と東京電力福島第一原発事故からの復興のため、2012年2月に現在の復興庁が発足した。震災発生から10年が経過する21年3月に設置期限を迎えるが、その後も、福島を中心に、継続的に取り組まねばならない課題がなお存在することは広く知られている。
しかし、ここで私が提言したいのは、すでに起きた災害からの復興だけではなく、これから起こることが予想されている南海トラフ巨大地震や首都直下地震といった「国難」ともいえる災害を、この国が乗り越えていくための体制づくりだ・・・

・・・これまで復興庁はよくやってきたと思う。しかし、他省庁から異動してきて数年で元に戻るのではなく、将来の大災害に立ち向かう防災復興庁には、腰を落ち着けて働く専門家が必要である。気をつけたいのは、新たな役所をつくるとなると、既存省庁のどの部門を移すのか、どの省庁が主導権を握るのか、といった官僚政治ゲーム的な関心が優越することだ。関東大震災の際に後藤新平内相が復興院という強大な新組織を試み、わずか4カ月余りで破綻した・・・

・・・財政面の課題も大きい。古くから復旧費は予算のやりくりや寄付で賄われた。近代の関東大震災や阪神大震災では大規模な公債という借金が中心だった。巨大な復興費を要する東日本大震災では、初めて復興税が加わった。被災地の復興のために国民が増税を受け入れたことは注目に値する。日本国民は被災を他人事とは思わず、全国民で支えることを了承した。それによって、将来の世代を津波から救うための高台移転や海辺のまちの多重防御といった創造的な復興が可能になった・・・
原文をお読みください。

被災市町村からの復興庁評価

2019年3月6日   岡本全勝

2月26日に、復興推進委員会(復興に関する有識者会議)が開かれました。
その中で、宮城県の資料を紹介します。p4に、「復興庁・復興局の役割・機能に関する被災市町の声」が、整理して載っています。

・既存の枠組みでは解決困難な課題に対し、省庁横断的な協議が行われた。
・予算の説明責任が果たされている。
・一元的窓口として、所長の枠組みを超えたワンストップ対応がなされた。
・地域特有の事情を考慮した助言が行われた。

ありがとうございます。
まさに、私たちが狙っていた、「省庁を横断的に、被災地の立場に立って、ワンストップで、これまでにない課題を解決する」が評価されているようです。
もっとも、ここには書かれていませんが、十分に答えられずに、不満があったこともあったと思います。