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山下課長の大論文、被災者支援本部の記録と分析

2011年12月28日   岡本全勝

総務省行政管理局の山下哲夫課長が、季刊『行政管理研究』2011年12月号に、「政府の被災者生活支援チームの活動経過と組織運営の経験」を書かれました。
これは、「被災者生活支援本部」での経験を基に、書かれたものです。事務記録とともに、どのような点に苦労したかが、鋭い分析によって整理されています。質量共に充実した大論文です。行政組織管理にたずさわっている人や研究者に、ご一読をお勧めします。山下課長は、行政管理局の中心人物(筆頭課長)で、国家行政機構管理のプロです。専門家の分析を、ぜひお読みください。
実は私も、支援本部の経験を原稿に書き始めたのですが、復興本部に移ってまた忙しくなったのと、山下君がこの論文を書いてくれるので、私の原稿は途中で放棄しました(反省)。

山下課長は、2001年に実施された省庁改革の際に、私と一緒に苦労した仲間です。今年の3月19日に、私が被災者支援チームの立ち上げを命じられた時に、真っ先に彼を呼び出し(3連休の初日のお昼でした)、その日の午後に組織づくりと必要な職員集めを開始してもらいました(2011年4月2日の記事参照)。初期の被災者支援本部(下段の写真、左の2枚)を、作ってくれました。この写真に、彼も写っています。本人は自分の机と椅子がなく、立ったままで部下に指示を出しています(今となっては苦笑)。
さらに翌日、施策を企画管理してもらうために、もう一人の課長を、内閣府から呼び寄せました。彼も、省庁改革本部で私の部下だった職員です。2人を、組織人事課長と政策企画課長とし、急ごしらえの組織を動かしてもらいました。
2人とも、休日に呼び出され、3時間後には私の前で、作業を開始していました。私からの指図はごく簡単なもので、というか私も何をして良いかわからない状態でした。そして彼らは、私が1を言えば10わかる関係です。彼らは私に「こんな方向でよいですよね」と確認して作業をし、あとで「全勝さんの名前で、こうしておきましたから。相手が聞いてきたら『その通りや』と言ってください」と報告してくれます。私の方は、その他の課題や次の仕事の企画で、彼らをかまってやる時間がありません。「よっしゃ、よっしゃ」か「ちょっと待て、もういっぺん言って見て」くらいしか、返事ができません。
別件ですが、現地に入っていた職員(旧知の後輩)から後に、「困って全勝さんに電話で相談したけれど、『忙しい』といって相談に乗ってくれない全勝さんを、初めて体験した」と、苦情を言われました(反省)。それくらいの忙しさだったということですね。

なお、本部では、時間と共に仕事の内容が変化し、それにあわせて事務分担もどんどん変えました。さらに2か月後には、呼び寄せた職員たち(多い時には100人を超えました)を順次、派遣元省にお返ししました。優秀な職員を、長い期間お借りするわけにはいきません。また、次の機会に優秀な職員を派遣してもらうためには、なるべく早く返す必要があります(笑い)。撤退を考えること、これも管理者の重要な仕事です。これらも、2人がしてくれました。
先を読んで仕事をする。この2人なくして、支援本部の仕事は回らなかったでしょう。感謝しています。2人を出してくださった、送り出し元組織にも感謝します。私がしたことは、2人を呼び出し、仕事を任せたことです(ちょっと、格好良い台詞ですね)。
先日、復興本部に訪ねてきてくださった民間企業の大先輩が、「全勝君の仕事場には、高度成長期の時のような雰囲気があるね」と誉めてくださいました。単に忙しくドタバタしているだけかもしれませんが、ありがたい評価と受け取りました。

被災者の孤立防止会議

2011年12月27日   岡本全勝

今日27日に、「被災者の孤立防止と心のケアに関する有識者会議」を開きました。6月に「被災者の孤立防止会議」を開きました。今回はその2回目に当たります。テーマを広げ、委員も一部入れ替えて、開きました。
避難所に多くの方がおられた当時と違い、現在はほとんどの人が、仮設住宅か借り上げ住宅におられます。すると、大部屋で一緒に暮らしていた時より、孤立するのです。各省もいろんな対策を打っています。しかし、道路や建物を造るのとは勝手が違い、お金をかければ目に見える形でできるものではありません。マンパワーと手間ひまと継続が必要です。また、縦割りでいくつもの施策を作っているのですが、現場で相手にするのは一人の人間です。
かつて私は、「再チャレンジ支援」に携わり、モノをつくる行政と人を相手にするサービス行政との違いを勉強しました(例えば、「行政の変化」)。まさに、その時に考えたことが、当てはまります。
今日は、たくさん参考になる実例や意見をいただきました。追って、復興本部のホームページに載せます。しばらくお待ちください。

原発避難区域見直し

2011年12月26日   岡本全勝

今日、官邸で、原子力災害対策本部が開かれ、原発事故の警戒区域見直しと、今後の検討課題が決定されました。現在、避難をしている地域は、今後、準備が整えば避難が解除される区域(20ミリシーベルト以下)、5年以内に20ミリシーベルト以下になり避難が解除される区域(20~50シーベルト)、5年以上にわたり20ミリシーベルト以下にならないと見込まれ当分の間帰れない区域(現在50ミリシーベルト以上)の3つに区分されます。
詳細な線引きは、来年3月までかかるようです。それによって、帰ることができない区域では、賠償額が決まります。これらは、事故処理です。
その後、ようやく復旧と復興になります。これが天災である津波被害と、事故である原発災害の違いです。天災の場合は、賠償という考えがありません。また、津波は水が引くと復旧作業に入ることができますが、原発災害は放射性物質の除染をしないと、復旧作業に入れません。その意味で、災害はまだ続いています。
帰ることができる区域では、除染を行い、インフラなどを復旧して、住民に帰ってもらいます。インフラ復旧は、復興本部の仕事になります。

平成24年度復興庁予算案

2011年12月24日   岡本全勝

今日24日に、来年度予算案概算が閣議決定されました。復興庁所管については、復興本部のホームページをご覧ください。新年度までには復興庁が発足するので、平成24年度予算は、復興庁の予算になります。
復旧・復興予算は、既に第3次補正予算までに多くの経費を計上済みです。24年度予算の特徴は、復興関係事業費を復興庁で一括計上することになったので、その予算約1.7兆円が計上されています。そのほか復興庁が直接執行する予算0.3兆円を入れて、合計で約2兆円です。また、復興特別会計が新設され、復興庁予算はその特別会計に計上されます。特別会計は、この2兆円の他に復興特別交付税なども計上され、合計で3.8兆円になります。

復興に示した日本の力

2011年12月23日   岡本全勝

12月23日、日経新聞連載「2012視点」の、カルロス・ゴーン日産社長の発言から。
・・震災の爪痕は大きかったが、回復も早かった。あれほどの被害にもかかわらず、日産の場合は9月末には再びフル生産できるまでになった。今回の復興を見て、なぜ日本が世界3位の経済大国なのか、私個人も納得できた気がする。人々は規律を守り、コミュニティー(共同体)のために献身的に努力する。お世辞ではなく、日本のパワーを世界に示したと思う・・