カテゴリーアーカイブ:行政

どういうルールを創ったら、人はどう行動するか

2021年2月2日   岡本全勝

Web日本評論、有吉尚哉さんの「どういうルールを創ったら、人はどう行動するか」(2021年1月25日掲載)から。この記事は、池田真朗著「行動立法学序説―民法改正を検証する新時代の民法学の提唱」についての紹介です。

・・・法律を制定する権限は国会に帰属するものであるが、行政がその企画立案に大きな役割を果たしているほか、政令・省令などの下位法令は行政が制定権を有する。このように立法作業を担うのは主に行政の役割であるが、実務上、民間の法律実務家が立法過程に関与することも少なくなく、その影響も高まっている。
例えば、近年、私法の領域においても規制法の領域においても、取引実務に影響を与えるような法令改正等が頻繁に実施されているが、業務への影響が生じる法令改正が行われる場合には、パブリックコメントの手続において意見提出をすることが想定される・・・特に各取引分野の専門化が進む中、法制度の制定・改正を行うために実務経験を有する民間の意見の重要性が高まっている。このような場面では、民間の法律実務家にも立法のための思考法が求められることになる。

ここで、新規法令の制定や既存法令の改正などの立法作業は、法令を扱う業務という点では法律実務家が実務の課題に取り組むために法令の解釈を検討することと共通している。もっとも、後者は制度趣旨を考慮することは必要であるとしても、存在する法令の枠組みの中での解釈論が求められるものであるのに対して、前者は(既存の規律や実務との整合性が考慮要素となるとしても)価値判断を前提に新たなルールを策定するものであり、求められる発想は大きく異なる。
また、法令が存在せず、取引が発達していない状況で新たに法令を制定する場合には、出来上がった法令の内容が適切なものであればそれでよいことになろう。しかしながら、既に法制度が存在し、取引が複雑化している中で、新規の立法を行ったり、既存の法令の改正を行う場合には、立法後の法令の内容だけでなく、規律が変動することによる実務への影響にも十分に配慮することが必要となる。

本稿は民法の権威であり武蔵野大学大学院法学研究科の池田真朗教授が2020年に施行された民法改正(いわゆる債権法改正)を題材に「行動立法学」という考え方を説くものである。「行動立法学」は確立した学問分野ではなく、社会的に最適な立法をするための理念や方法論を考察しようとするものとして池田教授が提唱する新しい考え方であり、「もともと不合理な行動をする人間の存在は当然の前提としたうえで、新しい立法をする際には、どういうルールを創ったら、人はどう行動するかという、その法律の対象となる人々の事前の行動予測の観点から法律というルールを創るべきとするもの」と説明される。この考え方から、池田教授は、「法律は、作ってから解釈を工夫して運用するものではなく、作る前に効果を想定しシミュレーションをして作るもの」であると強調する・・・

池田論文は、次のページで読むことができます。「法学研究(慶應義塾大学)93巻7号(2020年)57頁~113頁」

復興事業の教訓、過大な防潮堤批判

2021年1月29日   岡本全勝

復興事業の教訓、過大な街づくり批判」に続き、「復興事業の教訓」その4です。
次に、防潮堤は過大ではないかという批判についてです。「多額の予算で防潮堤を復旧したのに、後背地に住む住民が少ない。金のかけすぎではないか」というものです。

公共施設災害復旧制度は、戦後70年にわたる経験から、立派な制度ができています。被災後直ちに現場を見て、元に戻す作業に入ります。早く安全な町に戻すためです。例えば2019年の台風19号による、長野県千曲川氾濫を思い出して下さい。堤防が壊れ、濁流が町や農地を呑み込みました。すぐに復旧作業が始められました。

では、なぜ津波被災地では、このような批判が出るのか。災害復旧は、担当部局が被災後直ちに事業に着手しました。安全な町を取り戻すために、急いでくれたのです。これは正しいことです(なお、防潮堤については従来の「これまでの津波に耐える高さにする」という哲学を変更し、100年に一度の津波には耐えるが、それ以上の津波には他の方法を組み合わせることにしました。L1、L2の考え方です)。
他方で町づくりをする復興事業は、今回が初めてでした。復興計画を作り工事を行うために、新たに復興交付金制度をつくりました。
その頃には、復旧事業は進んでいました。復興交付金制度に復旧事業費は入っていません。「なぜ入れないの?」と担当者に聞いたら、「復旧事業は既に進んでいて、これから交付金に組み込むのが難しいのです」との答えでした。私も納得しました。

防潮堤復旧が先に進み、町づくり計画が後から進んだのです。そして、「後背地の町と整合性がとれない防潮堤」といわれるものができました。
では、これまでなぜ問題にならなかったか。これだけ大きな町の復興事業がなかったこともありますが、人口減少が主たる原因です。住民が減らない、あるいは増える町なら、大きな防潮堤を造っても問題にならなかったでしょう。町が縮小するのに、それを考慮に入れずに防潮堤を復旧したことが、このような結果を生んだのです。部分最適が全体最適にならなかった例です。
その点では、宮城県女川町は街並みを中心部に集め、公共施設なども人口減少に対応した町を作りました。

今後の災害復旧事業では、「町が縮小するときに、各種施設を元の大きさで復旧するのが良いか」が問われると思います。それは、防潮堤に限らず、道路、学校、農地などにも当てはまると思います。

追加で、次の問題も述べておきましょう。3万戸の公営住宅を造りました。20年後や30年後に、いくつかの町で空き家がたくさん発生する恐れがあります。入居者に高齢者が多いからです。次の人が入ってくれないと、空き家が増えます。これは、建設時からわかっていたことですが、対処案は難しいです。

アイケンベリー教授、新しい国際秩序

2021年1月29日   岡本全勝

1月22日の朝日新聞オピニオン欄「米新政権 重い宿題」、ジョン・アイケンベリー・米プリンストン大教授の発言から。

――民主主義の混迷は米国だけの現象ではないようです。
「過去200年の間、民主国家の市民は自分たちの子供がより豊かな人生を送ることを期待できました。生産性の向上、世帯収入の増加、労働者の地位向上という果実とともに民主主義も前進しました」
「冷戦終結を祝福していた1990年代に停滞が始まります。先進民主国家は新技術導入やグローバル経済への適応で打開を図りましたが、かえって格差が拡大し、より良い生活をもたらす使命を果たせなくなったのです」

――国際秩序も曲がり角を迎えました。
「冷戦中から冷戦終結直後までの時期、いわゆるリベラルな国際秩序は先進民主主義国の社交クラブのような存在でした。『会員』になれば安全保障が約束され、貿易や投資へのアクセスも得られた。それがグローバル化の進展で誰でも出入りできるショッピングモールに変貌しました。民主主義へのコミットメントという『会費』を払わなくても、世界貿易機関(WTO)をはじめとする枠組みに中国などが仲間入りする時代になったのです」

――新政権で米国のリーダーシップは復活しますか。
「リベラルな国際秩序は米国が各国に指図する形だったのではなく、根幹は協調と相互依存です。米国の覇権的なリーダーシップではなく、同盟関係や国際機関を通じて協調を促す『内側からのリーダーシップ』なのです。バイデン政権でも日本やドイツ、韓国、豪州など同盟国の支えが欠かせないでしょう」

――国際主義への懐疑論にはどう向き合えばいいでしょう。
「自由貿易や同盟、国連に対する支持を米国人が捨ててしまったとは思いません。数々の世論調査は、国際主義への信頼が米国内に根強いことを示しています。しかし、自由貿易や国際協調を中間層が前向きに受け入れられるようにする努力は必要です。国際主義は、国境を取り払って単一システムに同化させることではありません。各国間の相互依存をうまく管理することです。外交政策と国内の再建を有機的に結びつける。米国人の日常にとって国際主義を身近なものとする。そうした工夫が欠かせません」

参考「トランプ大統領と中国と、リベラルな国際秩序

復興事業の教訓、過大な街づくり批判

2021年1月28日   岡本全勝

復興事業の教訓、人口の減少、その2」に続き、「復興事業の教訓」その3です。
「防潮堤の復旧は過大だったのではないか」「まちの復興計画が大きすぎて、空き地があるではないか」という批判です。そのうちまず、過大な街を作ったのではないかという批判についてです。

実は、街づくり計画は、各地で何度も見直し、縮小しました。計画作りのために住民意向調査を行い、その後も工事に時間がかかるので住民意向調査を繰り返しました。すると、戻りたいという住民の数が当初より減ったのです。
そこで、いくつか計画した高台移転計画を縮小しました。条件の悪い地区を、やめました。
しかし、町の中心での土地のかさ上げ(区画整理)は、計画の見直し縮小は難しいです。一定の区画を限り、その地権者たちの同意を取って、全体の計画を作っています。公共施設の配置、道路の配置、地権者の新しい町での貼り付け、そして公共用地を捻出するために地権者の所有地をどの程度縮減するか(減歩率)を決めています。面として計画を作っているので、これを見直すのは大変な労力が必要です。そして、完成が遅れます。

なお、住民意向調査では時間が経つと、自費で戸建てを建てる人が減り、公営住宅に入りたい人が増えました。これは実施の段階で変更しました。

「地元自治体負担なしが、計画見直しを進めないことになった」との意見もあります。私も、自治体負担を少しでも入れておけば、議会が予算面からより監視機能を働かせたと思います。負担できない自治体は、別途国が予算支援をする必要はあります。

街づくりを担った職員が町役場の職員ではなかったことも、その原因の一つとして指摘されています。被災市町村には能力を持った職員が多数いませんから、他の大きな自治体から技術職員を応援に送りました。ところが、街づくり工事を応援職員だけでやっていて、役場内で孤立しているとの指摘もありました。
これらの点は、今後改善する必要があります。この項続く

参考「朝日新聞インタビュー「ミスター復興が語った後悔と成果」」「復旧事業費地方負担なし、関係者の声」。

同一賃金への道

2021年1月28日   岡本全勝

1月25日の朝日新聞「記者解説」沢路毅彦・編集委員の「同一賃金巡る司法判断 基本給・賞与のあり方、労使に宿題」から。

・・・「格差是正一歩前進」と「不当判決」。昨年10月13日と15日に出された、労働契約法20条を巡る五つの最高裁判決は、非正規労働者に一部の手当を支給しないことを違法とする一方、ボーナスや退職金の不支給は違法とせず、明暗が分かれた。訴えられていたのは、3件の訴訟があった日本郵便と、大阪医科薬科大学、東京メトロ子会社だ。
20条は、雇用期間に定めがあるかないかで、労働条件に不合理な格差を設けることを違法とする規定だ。(1)仕事内容や責任の程度(2)人材活用の仕組み(3)その他の事情――を考慮して不合理かどうかが判断される。
2千万人を超える非正規労働者のうち7割は雇用期間に定めがある有期契約だ。一方の正社員は無期雇用。20条は正社員よりも低い非正規労働者の処遇を改善することが目的で、2013年施行の改正労契法に盛り込まれた。

本来、労働条件は企業と労働者の交渉によって決めるものだ。それなのに20条ができたのはなぜか。
1990年代後半まで非正規の割合は約2割。その多くが家計を補助する主婦パートやアルバイトで、低い処遇でも大きな社会問題にならなかった。ところがその後、非正規は増え今や4割近い。就活がうまくいかなかった若者から中高年男性まで広がった。
こうした状況を改善するため改正労契法が制定された。20条のほか、有期契約が繰り返し更新されて5年を超えた場合に無期転換できる「5年ルール」もできた。

安倍前政権の「働き方改革」は「同一労働同一賃金」を目玉の一つに据えた。「同一労働同一賃金」は本来、「同じ仕事に同じ賃金を」という意味だが、「働き方改革」では「不合理な格差を違法とする」という20条と同じ考え方をとっている。働き方改革関連法で労契法20条はパートタイム有期雇用労働法に統合された。賃金の総額ではなく、項目ごとに格差が不合理かどうかを判断することを明確にした。
昨年10月の最高裁判決は20条による判断だが、パート有期法にも言及しており、今後の解釈に大きく影響することは間違いない・・・

・・・今年4月に全面施行されるパート有期法では、基本給だけでなくボーナスも、格差が不合理かどうか判断される対象になることが明記された。パート有期法制定と同時に作られた指針では、基本給やボーナスの格差がどのような場合に違法になるかが列挙されている。だが、指針が示した基本給やボーナスの場合分けは現実とは違うという意見が実務家の間では多い。どのような制度が妥当なのか。非正規の意見を採り入れた形で制度設計をすることが労使にとって課題になる・・・