カテゴリーアーカイブ:行政

災害遺児の支援

2021年2月21日   岡本全勝

2月17日の日経新聞「私見卓見」は、あしなが育英会職員八木俊介さんの「災害遺児のケア、社会全体で」でした。
・・・2011年の東日本大震災で親を失った遺児は2千人を超える。「お母さんは元気にしていますか。夢でいいからお母さんに会いたいです」「お父さんがいたらいまの自分はどうなっているのだろう」。震災10年を前につづった作文からも、子どもの心の傷が完全に癒えていないことがわかる・・・

あしなが育英会は、交通事故遺児の支援で有名ですが、震災孤児・遺児の支援もしてくださっています。
このホームページでも、紹介してきました。「レインボーハウス、震災遺児孤児の心のケア

東京のスーパーマーケット、福島応援

2021年2月20日   岡本全勝

わが家の近くのスーパーマーケット「クイーンズ伊勢丹、新高円寺店」で、福島産品の販売企画が行われていました。「発見ふくしま」。この企画は東京電力が協力しています。

キョーコさんが、いろいろと買ってきました。「良い商品がたくさんあった」とのことで、私も行ってきました。
店内の一つの場所でなく、野菜、魚、肉、お菓子などそれぞれの棚で、福島産の食品が並んでいます。各棚を、福島産品が占拠しているのです。目立つ幟も、たくさん立ててあります。これは、目立ちますわ。
クイーンズ伊勢丹の各店舗で、4日間にわたってやってくださっているようです。ありがとうございます。

ムラ型政治の限界

2021年2月15日   岡本全勝

2月11日の日経新聞、芹川洋一さんの「森氏発言、ムラ型政治は通用しない」から。

・・・鎮火するどころか火は燃えさかるばかりだ。東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長による女性蔑視と受けとれる発言をめぐる国内外からの反応である。ただ火が消せない背景にはけっこう根深いものがある。そこには日本政治の姿が凝縮されているからだ。
発言を撤回し謝罪することでとりあえず乗り切れると森氏と周辺は踏んだに違いない。たしかにひと昔だったら、そうなっていたかもしれない・・・

・・・底流にはもっと本質的な問題が横たわっている。ムラ社会を合意形成のモデルとする自民党の基本原理そのものにかかわってくるからだ。
その主なものは、当選回数が多い議員が一目二目おかれる長老支配、GNPとやゆされる義理と人情とプレゼント、そして全員一致原則である。
全員一致にするためには裏でさまざまな技はつかうが、落ちつけば表では「わきまえて」とやかくいわないのがムラの掟だ。だから党大会はシャンシャン大会になる。
古くは派閥のことを「ムラ」とよんだ。5つや6つの小さなムラが集まったのが自民党という大きなムラだった。森氏は今なお自民党のムラ長(おさ)だ。ムラビトからはおのずと「村長さんは失言したが、謝ったのだから大目に見よう」という話になる。それは仲間内の論理だ。
日本が外に向かって閉じていた時代、封建制をひきずる古いジャパニーズ・スタンダードの世ならば通用したのかもしれない。
しかし世の中はすでに2回転ぐらいしている・・・

復興政策、終わってからの教訓

2021年2月14日   岡本全勝

復興事業の教訓」(4回)「日経新聞、大震災復興事業の検証」(3回)「復興事業の教訓、集落の集約」などに、成果と教訓について書いてきましたが、講演会での質問や記者からの質問を踏まえて、総括的なことを考えました。走りながら考えていたときは見えなかったことで、終わってから振り返ると見えてきたことです。ここでは、二つ書いておきます。

一つは、「走りながら考えた」ことについてです。
今回、避難所や仮設住宅での生活環境改善から始まり、国土の復旧から暮らしの再建に支援を広げました。しかしこれは、初めから考えていたことではありません。現場を見て「逃げることができず」、一つずつ支援策を作っていきました。それを整理し、政策の柱として、産業再開支援とコミュニティ再建支援と位置づけたのです。「復興がつくった新しい行政
このうち避難所での生活環境改善などは、既にその後の災害で標準になりました。しかし、大きく壊れた町の復旧については、次回の大災害の際に今回の経験がどのように活かされるかです。今回作り上げた思想と仕組みを前提として、それをどのように適応するか、改善するかです。

もう一つは、「人口減少下での復旧」についてです。
これについては当初から、復興構想会議でも議論され、マスコミも指摘していました。私も理解していたのですが、それが現場の各事業に反映されたかといういと、十分ではなかったと思います。
復興事業の教訓、過大な防潮堤批判」で触れたように、災害復旧事業は安全確保のために、壊れた施設を直ちに元に戻すという思想でできています。地域の人口減少を計算に入れる制度にはなっていません。今回が初めての、人口減少下での大災害でした。
上位概念に「人口減少下での復旧」という考えがあるのですが、現場での「各復旧事業」とをつなぐ、中間の仕組み(歯車のようなもの)がなかったのです。これをつくらないと、今後も「元に戻す復旧事業」が続くことになります。

その延長で、もう一つ述べておきます。「町を集約する」ということについてです。「復興事業の教訓、集落の集約」の続きにもなります。
多くの方々が、「南海トラフ地震など次の大災害では、町の縮小が必要になる。そのための事前復興計画を作っておくべきだ」とおっしゃいます。まことにその通りです。
しかし、実際はどうでしょうか。市町村長や県知事、議員たちが、そのような計画を事前に作ることができるでしょうか。かなり難しいでしょう。誰もが、大災害とその後の町の縮小を考えたくありません。
すると、私たちにできることは、東日本大震災からの復興において、よかった例とそうでなかった例を整理しておき、大災害が起きた際に、自治体と住民にその例の中から適切なものを選んでもらうことだと思います。

SNSが言論空間の新たな統治者に

2021年2月14日   岡本全勝

2月8日の日経新聞経済教室、山本龍彦・ 慶応義塾大学教授「政治とコミュニケーション 思想が競争できる環境を」から。

・・・憲法学では、長く「思想の自由市場」という考えが支持されてきた。悪質・有害な言論や思想は、それへの批判言論によって淘汰されるから、市場での競争に任せておけば自然と良い言論が生き残っていくという考えだ。そこでは、政府が市場に立ち入り、言論の善しあしの判定者になることが、民主主義にとって最大のリスクとみなされる。
自由競争への信頼を基調としたこの憲法学説は、SNS(交流サイト)などのプラットフォームが言論空間の「新たな統治者」となった時代に、どこまで妥当性を有するのか。「アラブの春」から約10年、今やSNSは、偽情報や誹謗中傷など、健全な政治的コミュニケーションを阻む諸現象の温床となり、言論空間のカオス化を導いているようにも見える。このとき、言論空間への国家の不干渉を是とする思考は、むしろ民主主義を否定する方向に作用しないか・・・

・・・近年の問題は、プラットフォームがあらゆる言論の門番となることで、こうした諸制度が生み出してきたバランスが崩れ、言論空間が単一の論理と倫理に支配される可能性があることだ。「関心経済」とも呼ばれるそれは、魅力的なコンテンツを無料で提供して利用者の関心を引き、この関心(消費時間)を広告主に売る。そこでは、いかに閲覧数を増やし、滞在時間を増やすかが勝負となる。この論理の下では、丹念な取材を基に書かれた退屈な真実よりも、座して書かれた刺激的な噂話の方がもうかり、炎上が利益を生む。
そして関心を引く偽情報は、フェイククラウド(偽群衆)も手伝って、真実よりも速く拡散する。また、閲覧履歴などから利用者の政治傾向が分析され、その者の関心を引く情報が選択的に提供されるため、エコーチェンバー現象(似た者同士がつながり、思想が極端化していくこと)により利用者が部族化して分断が加速していく。中庸の思想は関心を集めずに埋没するだけでなく、部族化した空間でしばしば「狩り」の対象となり、沈黙を余儀なくされることもある・・・

・・・表現の「国家からの自由」に拘泥し、思想の自由市場を徹底して放任主義的に捉えてきた米国でも、重要な変化が起きつつある。米コロンビア大のティム・ウー教授は、プラットフォームの台頭により関心経済が言論空間を一元支配しつつあるなかで健全な政治的コミュニケーションを取り戻すには、米国の伝統を見直し、むしろ市場に対する国家の介入義務を強調することが重要だと説く・・・