カテゴリー別アーカイブ: 社会と政治

社会と政治

教員の評価

25日の朝日新聞は、「教員にも通信簿」を解説していました。大学で、教員の業績を段階や数値ではじき出す個人評価制度を、導入する動きが広がっています。当然のことでしょう。一度教授になったら、定年まで安泰という仕組みでは、教育水準確保や研究の向上は期待できません。学生は授業料を払い、国は多額の税金を投入しているのです。
もちろん、評価制度がなくても、頑張る先生は頑張るでしょう。個人評価が、教員のすべてを評価できるとも考えませんが、ダメな教員を排除することはできると思います。

博物館の国際化

先日の休みに、江戸東京博物館に行ってきました。お目当ては、発掘された日本列島展です。毎年行くようにしています。実は、子どもの時は、考古学者になるのが、夢だったのです。生まれた村では、どこかで発掘をしていましたから。どこでどう間違ったか、官僚になりました。
この展覧会は、毎年、全国で開かれています。かつては、1階の展示場を使うほど大きかったのですが、近年は常設展会場の中で開かれるほど、小さくなりました。でも、びっくりするようなモノが、展示されています。「よくまあ、こんなものが、土の中に埋もれていたんだなあ」と。
ついでに、北京故宮書の名宝展 も。私は字が下手なので、立派な書を見ると、自分の字が情けなくなりますね。
さて、今回の「思ったこと」は、これらの展示とは別で、常設展でのことです。
まず、外国人観覧者の多さに、びっくりしました。右でも左でも、英語や韓国語の話が聞こえます。この博物館でも、ガイド(ボランティアガイド)がつくのですが、英語はもちろん、ドイツ語も聞こえました。英語は横で聞いていると、面白いですね。「そうか、このように表現して解説するのだ」と。
でも、私たちがヨーロッパの博物館に行くように、外国の方が日本の博物館に来るのは、当たり前ですよね。何も、ヨーロッパだけが、美術と歴史の独占者では、ないのですから。東京が国際都市になり、日本が国際化すれば、外国の方が増えるのは、当たり前です。というより、どれだけ日本の博物館に外国人を呼べるかも、日本のソフト・パワーのバロメーターです。
私は、外国の方が来ると、上野の東京博物館を、お勧めしています。日本の美術の歴史が、わかります。これからは、江戸東京博物館も、お勧めに入れましょう。
もう一つは、美術品や模型の展示と、映像との、わかりやすさの違いです。江戸城の模型がありますが、その上部で、江戸城を復元したビデオを流していました。いくら模型に解説があっても、ビデオの情報量には、かないません。もちろん、ビデオは時間が拘束され、たくさんの人が自由に見ることはできませんが。書の名宝展も、「蘭亭の序」が飾ってあるだけでは、その位置づけがわかりません。入り口で解説ビデオを見ると、初めての人にも、書聖王羲之の書の意味がわかります。

地域とICT

遅くなりましたが、今川拓郎さんのインターネット・コラムを紹介します。日経新聞のサイトに載っている「官×学の政策回転ドア」で、8月7日号は「平均点は550満点中80点・地域のICT活用の打開策は何か」です。
・・実は、白書が強調したかったのはランキングではない。むしろ、ICT活用度は画一的に評価することは難しく、地域の実情に応じてICT活用のあり方が異なるということだ。・・条件不利地域(過疎、豪雪)や高齢化地域の市区町村では、平均的にはICTの活用は遅れているが、医療、福祉、地場産業・農業、観光、住民交流といった地域に密接な課題の解決にICT活用の比重が置かれていることが伺える。このような地域では、限られた政策資源のなかで、目的意識の高いICT活用に徹する必要があると考えられる。
・・重要なことは、地域におけるICT活用はそれ自体が独立したテーマではなく、医療・福祉・教育・防犯など、地域が抱える課題と直接結びついていることだ。ICTはあくまでツールであって、これを積極的に導入したとしても、地域の課題解決とリンクしていない限り無駄な投資に終わる。
・・ICT利用には、対面による接触を「代替」する側面と「補完」する側面の双方が存在する。出張する代わりにテレビ会議で用件を済ませるのは「代替」だが、面会のアポ取りで電子メールを送ったり、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)で知り合ってオフラインで会合を始めたりするのは「補完」である。・・お互いの距離が遠くなるほど移動費用が増し、対面による接触が減ってICTによる接触が増える。これが「代替」による効果である。一方、距離が近くなると移動費用が減り、対面による接触が増えてICTによる接触が減るが、近距離内ではICTによる接触も逆に増加に転じている。これが「補完」による効果である・・
今川さんも、総務省のお役人です。詳しくは、原文をお読みください。

難民鎖国・日本

22日の日経新聞経済教室、滝澤三郎・国連難民高等弁務官事務所駐日代表の「難民受け入れへの日本の対応」から。
・・難民保護には、難民を自国で受け入れて保護する直接的方法と、難民を大量に受け入れる発展途上国へ資金援助する間接的方法の二つがある。日本の難民政策の特徴は、間接的難民保護の比重が大きく、難民受け入れが制限的な点にある。
受け入れ数の少なさは、世界的に有名だ。日本は1978年から2006年にかけてインドシナ難民11千人を受け入れたが、1981年に加入した難民条約のもとでは、今日までに451人の難民を受け入れたにすぎない。このため毎年難民を数千人受け入れている欧米諸国をはじめとする世界には、日本が「難民鎖国」をしていると映り、人道問題に対する関心の薄さ、国際的な責任分担姿勢の欠如、日本の「鎖国性」の象徴と考えられてきた。これは日本のイメージを悪化させる高い「機会費用」といえよう・・

日本の売り込み

19日の朝日新聞に、アメリカの編集者であるステーリさんが、「日本の小説、海外に売り込む仕掛け必要。作品には世界に訴える力」を書いていました。日本の小説が英語に翻訳されて海外の書店に並ぶ機会は、とても少ないのだそうです。
・・日本の出版業界に欠けているのは、積極的なプロモーションだ。日本文学の英文情報を充実させ、海外の出版社に売り込めばいい。日本のアニメーションや漫画が欧米で受け入れられた結果、「日本の小説も若者に売れるのではないか」「村上春樹に続く大物を探そう」という考えが海外の出版社に潜在的にある。
・・ソニーやトヨタという工業製品に続き、和食や漫画が国際化した。次は日本文学の番だ。小説という日本の精神文化の世界に、海外の文学ファンを呼び込もうではないか・・
工業製品はモノであって、言葉がいらないから、性能で売れた。ポケモンは、暴力場面がないとともに、「ピカー」としか言わないから(日本語をしゃべらないから)海外で売れた、という説があります。もっとも、ピカチュウ以外の登場人物は、しゃべってますが。アニメや漫画は、絵とストーリーで理解でき、「深い言葉」がいらないので、日本語でも翻訳が簡単なのでしょう。
海外で闘わない「業界」に共通するのは、国内で一定の市場があり経営が成り立つこと、そしてそれに安住していることです。