カテゴリーアーカイブ:社会と政治

ソフトウェアの働き

2012年2月14日   岡本全勝

玉井哲雄著『ソフトウェア社会のゆくえ』(2012年、岩波書店)が、勉強になりました。専門家向けでない、ソフトウェア、コンピュータやインターネットの社会への影響を解説した本です。よって、私のような文系の熟年社会人に、ぴったりでした。
「コンピュータ、ソフトなければただの箱」と言われるように、コンピュータを動かしているのも、携帯電話を動かしているのも、ソフトです。自動改札機も、銀行のATMが動くのも、新幹線が走るのも、ソフトがあるからです。冷蔵庫や炊飯器にも入っています。1台の自動車には、100個ものコンピュータが載っているとのことです。かつて、家庭に何個の時計があるかというクイズがあって、その多さに驚いたことがあります。しかし、今や1家庭にあるコンピュータの数は、すごいものでしょうね。

そして、携帯電話に書き込まれたプログラムは、1,000万行だそうです!
目に見えるモノではなく、符号ですから、素人にはつかみ所がありません。音楽で言えば楽譜でしょう。演奏され耳で聞けばわかりますが、オタマジャクシの行列では、なんのことやら。
本書は、ソフトウェアの言語としての機能、フリーなソフトがどうして成り立つか、ハッカー、ヒューマンエラー、産業としてのソフトウェア、著作権と特許権など。科学の解説書ではなく、社会への影響や産業としての視点など、多角的に分析してあります。
面白いです。ご一読をお勧めします。理科系でなくても、コンピュータがわからなくても、読みやすく理解できます。

指導者に求められる資質

2012年1月9日   岡本全勝

塩野七生著『ローマから日本が見える』(2008年、集英社文庫)から。

・・「指導者に求められる資質は、次の五つである。知力、説得力、肉体上の耐久力、自己制御の能力、持続する意志。カエサルだけが、この全てを持っていた」(イタリアの普通高校で使われている歴史教科書より)

(編集部)いやはや、イタリアの高校生というのは、すごいことを学校で習うのですね。日本では歴史教育問題が騒がれていますが、この一節を見ると正直言ってがっくり来る・・
(塩野さん)・・私もこの一節を見つけたときには、「参った」と思いました。
そもそも「指導者の資質」などというテーマは日本のビジネス誌でもよく採り上げられる話題ですが、日本の場合なら必ず登場してくる決断力、実行力、判断力などといったことが、ここではまったく触れられていない。その理由はなぜだと思いますか?
要するに、人の上に立とうとする以上、この三つの資質は当然持ち合わせているべきことで、改めて採り上げるまでもない。そう考えられているからです・・

ところで、組織管理者に求められる資質と、指導者に求められる資質は違う。それは何かと、近年考えています。私はこの職業について以来、行政組織管理に関心を持ち、勉強してきました。自ら実践するためだけでなく、後輩たちの参考になるようにいくつか文章も書きました。
(本屋に行けば、古今東西の指導者論と、現代の組織の管理者論が、山のように並んでいます。ところが、ある本には「君子危うきに近寄らず」とあり、別本には「虎穴に入らずんば虎児を得ず」とあります。また、「初志貫徹」を遂げた偉人とともに、「臨機応変」の必要も述べられています。困りますねえ、凡人には。それはさておき)
現在の日本の指導者に求められている能力は、組織管理者の延長ではないと思います。日本社会や会社の経営がうまく行っている時には、そんなに違いはないのかもしれません。しかし、明治以来のあるいは戦後の「日本の成功」と言われた「日本型経済政治行政モデル」が立ちゆかなくなった時に、従来型の組織管理者では、社会や組織を良い方向に転換できないのです。
組織内部をうまく管理すること。これは同じです。違いを簡単に言えば、「外の変化にどう対応するか」と、「将来に向けてどうかじ取りをするか」でしょう。そのための改革を、どのように構成員に説得するか。反対者を説得するかです。
もちろん平時でも、指導者と組織管理者とでは、求められる能力が異なるのでしょう。しかし転換期に、その違いが目立つのでしょう。指導者だけでなく、官僚にも求められる違いもあります。この議論は、もう少し丁寧な説明が必要ですね。今回も、短文でお許しください。

日本の感覚

2011年12月4日   岡本全勝

(日本の感覚)
このページでも時々紹介していた、原研哉さんの連載が、本になりました。『日本のデザイン―美意識がつくる未来』(2011年、岩波新書)です。各紙の書評でも取り上げられているので、読まれた方も多いでしょう。連載時の表題「欲望のエデュケーション」は、私にはわかりにくかったですが、この本になって理解できました。
日本人の持つ日常生活での美意識や感覚を評価し、それを伸ばすとともに世界に輸出しようという主張です。それは、繊細、丁寧、緻密、簡潔といった価値観であり、コンパクトな車や小さくても快適な住まいなどです。
日本文化というと、江戸時代以前の伝統文化、わびさび、茶道、華道、数寄屋造り、和服、日本画などが取り上げられます。この本で取り上げられているのは、「現代日本の生活文化」ともいうべきものです。すなわち芸術文化ではなく、古典文化でもありません。今の日本人の暮らしの中にある生活文化であり、都市の日本人の生活です。それは、経済発展を続ける新興国の中間層にとって、憧れなのです。
ヨーロッパの貴族やアメリカの富豪がつくった生活文化は庶民の憧れですが、それを手に入れることは多くの人にとって困難です。しかし、日本の中流家庭が手に入れた快適な生活は、新興国の人にとって手の届く目標になるでしょう。車でいえば「アメ車」でなく、日本の小型車です。ビバリーヒルズの豪邸でなく、戸建てかマンション(日本の集合住宅)での暮らしです。そこには、こぎれいなキッチン、快適なお風呂とウオッシュレットのトイレ、広くはないが居心地の良い居間(リビングルーム)、省エネの電化製品があります。
これからの日本が世界の中で生きていく際に、ヒントになることがたくさん書かれています。勉強になりました。ご一読をお勧めします。

人材の鎖国

2011年12月4日   岡本全勝

12月3日の日経新聞の特集「ニッポンの企業力」は、日本企業の人材に関して、鎖国状態にあることを取り上げていました。高度な外国人の活用が、先進国の中で最下位なのだそうです。高等教育を受けた居住者のうち、国外から流入した外国人が占める割合は、0.7%。オーストラリアは29%、欧米主要国は10%台です。外から来る外国人に門戸を閉ざすだけでなく、外に向かっても行かない。日本人留学生の減少は、既に指摘されています。
これは、日本が高等教育や研究を、日本人だけでまかなえることができることをも意味しています。明治以来、お雇い外国人を日本人に置き換え、先進技術を輸入し、日本語で教えることができるようになったのです。大学教育、大学院教育を、自国語で行える国は少ないです(英語、フランス語、ドイツ語などを除く)。これは、大したことでしょう。
しかし、20世紀末からのグローバル化で見えたことは、鎖国状態の繁栄は難しくなったということです。技術を輸入・翻訳し、工業製品を輸出して稼ぐとともに豊かな生活を享受する。このモデルが、世界市場で勝ち残れなくなりました。
このページでも書いているように、それは企業だけでなく、政治行政の分野、社会科学系の研究教育分野でも、迫られていることだと思います。自然科学の研究者、いくつかの分野のスポーツ選手は、すでに海外でも活躍しています。そのほかの分野でも、勝負の土俵が国内から世界になったということでしょう。

続・法律の輸出

2011年10月19日   岡本全勝

(続・法律の輸出)
先日、日本が明治維新の際に、ヨーロッパから法律を輸入しながら、その後、輸出をしなかったことを書きました(10月8日の記事)。このページでは、かつて「社会の制度・インフラの輸出」を書いたこともあります(2011年1月10日)。
政府のインターネットテレビが、アジア各国に対する法制度整備支援を、紹介しています。少し役人らしい言葉遣いもあり、分かりにくい点もありますが、あまり知られていないことなので、ご覧ください。