復興庁の栗田卓也参事官が、岩波書店から『都市に生きる新しい公共』(奥野信宏先生と共著)を出版しました。前著『新しい公共を担う人びと』に続く第2弾です。
以下、著者に聞いた概要を、転記します。
・・ここで「新しい公共」とは、公共心を持って社会で必要とされるサービスを提供する活動や活動主体、それらの意義を評価する価値観を指しています。東日本大震災の被災地では、市民ボランティアやNPO法人の生活支援活動以外にも、復旧・復興のための志ある資金の提供、被災企業の立ち上げ支援など、人の繋がりに支えられた新しい公共の多様な姿を見ることができます。
わが国では、人口減少と高齢化が進む中で、先進国に相応しい安定感ある社会の構築が求められています。その鍵を握るのは、新しい公共の育成だと考えます。
前著では、主に地方圏での取組みを紹介しました。新著では、都市圏に息吹く新しい公共の担い手の取組みの実例をもとに、それらが都市の魅力をどのように創出し、豊かで安定感ある都市と地域社会の形成に寄与するかを分析しています・・
ご関心ある方は、ぜひお読みください。
栗田参事官は、復興庁で忙しく仕事をしながら、東京大学公共政策大学院へも特任教授として講義に行っています。その精力的かつ多面的な活動に、脱帽します。
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地元のゴミ分別状況
杉並区の広報誌に、ゴミの分別状況が載っていました。それによると、杉並区(54万人)の1年間のゴミの量は、10万トンです。前年比で1%減少し、区民一人あたり、1日に541グラム出しているそうです。
他方、資源として回収されたものは4万トンもあります。内訳は、古紙が2万トン、ビンや缶が8千トン、プラスチックやペットボトルが7千トンなどです。新聞販売店が行っている古紙回収はこの外でしょうから、資源として回収されたものはこれより多いでしょう。
住民の協力で、これだけの成果が上がるのですね。
失業者をくい止める仕組み
5月29日の日経新聞1面に、雇用調整助成金を縮小する検討に入ったとの記事が載っていました。そこに、2008年からの対象者数の推移が棒グラフで示されています。厚労省の発表数字はこちら。
2008年(平成20年)10月までは、各月4千人以下ですが、リーマンショックが起きて急速に増え、12月には14万人、2009年2月には180万人、3月には240万人、4月には250万人と急増しています。
ごく単純化すると、これだけの人を失業させずに、企業内に留めたのです。この制度がなければ、失業者数はもっと増えていたはずです。失業保険制度はよく知られていますが、雇用調整助成金はあまり知られていません。
その後徐々に減り、9月には200万人、2010年11月には100万人になりました。2011年2月には80万人まで減ったのですが、今度は東日本大震災を受けて増え始め、3月には120万人、4月には180万人になりました。その後減って、2012年4月には、70万人になっています。
社会の変化と政策の転換
6月1日の読売新聞「列島再生。住み方の転換」で、公営住宅が取り上げられていました。少子高齢化と人口減少に直面して、政府や自治体が進めてきた住宅政策が曲がり角に来ていることです。
公営住宅は、所得の少ない若い夫婦と子ども世帯を想定し、入居者の収入が増え、子どもが大きくなったら出ていくという考えで、設計されていました。しかし、退去者は増えず、気がつくと団地は高齢者で一杯になっていました。都内に約26万戸ある都営住宅では、名義人が65歳以上の高齢者が、全体の半分を超えたとのことです。
公営住宅は、若い夫婦が住宅を持つまでの場所ではなくなり、自宅を持たなかった高齢者の住まいになっています。夫婦と子ども2人というモデル家族がモデルでなくなり、最も多いのが1人暮らしです。そして、高齢者の独り暮らしが多くなりました。社会の変化が、政策の転換を迫っている例です。
市場が解決できないこと
日経新聞5月14日オピニオン欄、マイケル・サンデル教授の「市場第一主義と決別を」から。
・・過去30年間、米国では行き過ぎた「市場勝利(原理)主義」が席巻してきた。政治は問題の本質的な解決に踏み込まず、表面的な管理を重視するようになった。つまり政治が正義、平等・不平等、家族・コミュニティーの存在意義などを巡る問題に取り組まなくなったのだ。それこそ米国、日本などの国々に共通する人々の不満の源泉となっている。
この問題と向き合う唯一の方法は、市場が扱う品物について公正な議論を重ねることだ。市場の価値と市場ではないものの価値、すなわち家族やコミュニティー、民主主義といったものとの間で、より良いバランスを取る必要がある。市場が生み出す公的なサービスとそうではないものについて、開かれた議論をしなければならない。
経済成長だけで全ての問題が解決できないにもかかわらず、市場が正義や共通善まで定義できるかのような考えがまかり通っているが、それは間違っている。この「市場勝利主義」から抜け出し、新たな政治的議論を通じて市場の道徳的限界を考えなければならない・・
サンデル教授の『それをお金で買いますか―市場主義の限界』(2012年、早川書房)も出版されました。
少し話が飛躍しますが、日本の行政や議会も、その議論は「モノとお金」に偏ってきました。正義や平等、家族やコミュニティーなどの議論を避けてきたのではないでしょうか。国会や地方議会では、予算が議論の中心です。しかし、予算額では地域の暮らしやすさや行政の成果が測れないことを、『新地方自治入門』で解説しました。