水島治郎著『ポピュリズムとは何か』(2016年、中公新書)がお勧めです。ヨーロッパでの極右政党の伸張、イギリスでのEU離脱国民投票、アメリカでのトランプ大統領選出と、ポピュリズムが世界を揺さぶっています。
この本は、それらを含め、先進諸国のポピュリズムを分析しています。ラテンアメリカ、ヨーロッパ(フランス、オーストリア、ベルギー、デンマーク、オランダ、スイス、イギリス)、アメリカ。
国によって、社会的・政治的背景が異なり、その意味するところが異なります。ラテンアメリカでは、極端な貧富の差や支配層と国民との格差を埋める「解放の論理」と位置づけられます。ヨーロッパでの極右政党は、排外につながる「抑圧の論理」と位置づけられます。理想の国と思っていた、ベルギーやスイスで極右政党が支持を伸ばし、国民投票がその手段となっていることなど。学校や本では習わなかったことが、近年の先進諸国で起きていたのですね。
詳しくは本を読んでもらうとして、次のか所だけ紹介します。1990年代以降、ヨーロッパのデモクラシーが、なぜポピュリズム躍進の舞台となったのか(p61以下)です。
1 グローバル化やヨーロッパ統合の進展、冷戦終結といった変化の中で、それまで各国で左右を代表してきた既成政党の持っていた求心力が弱まり、政党間の政策距離が狭まったこと。
左右の政党の違いが見えなくなり、既成政党への不満が高まったことを背景に、既成政党批判を掲げポピュリズム政党がその不満を引き受けた。
2 政党を含む既成の組織・団体の弱体化と無党派層の増大。
20世紀の有権者は、それぞれ労働組合、農民団体、中小企業団体、医師など専門職団体などに属し、それぞれが支持する政党に投票した。これら組織の弱体化、宗教組織の弱体化により、これら支持団体に支えられていた既成政党が支持者の減少に直面した。他方で、組織に属さない無党派層は、エリートや団体指導者を「我々の代表者」と見なさず、「彼らの利益の代表者」と位置づける。
3 グローバル化に伴う社会経済的な変容、とりわけ格差の拡大。
それによって、失業者やパートタイマーという新たな下層階級が生まれている。
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社会と政治
地球規模の貧富の差
1月16日の日経新聞電子版が「世界の富裕層上位8人の資産、下位50%と同額」を伝えています。世界で最も裕福な8人と、世界人口のうち経済的に恵まれていない半分に当たる36億7500万人の資産額がほぼ同じなのだそうです。8人の資産が計4260億ドル(約48兆7千億円)で、世界人口73億5千万人の半分の合計額に相当します。
改めて驚きます。
NGOのオックスファムが発表したものです。「Just 8 men own same wealth as half the world」。
オックスファムが指摘するように、このような格差が続くと、社会は安定しません。自由主義経済だからとか、本人の才能だからというだけで、放置するわけにはいきません。「神の見えざる手」(経済)だけに任せず、「国の見える手」(政治)の責任です。
なお、8人の富豪の名前も、資料の後ろに載っています。
医学の倫理
12月16日の朝日新聞オピニオン欄は、生命倫理研究者・ぬで島次郎さんへのインタビュー「ルールなき臨床研究」でした。
・・・病院で行われるのは、患者の治療だけではない。薬の効果などを患者の体を使って調べる「臨床研究」も進められている。医療の進歩には不可欠だが、日本では本来の治療との境目があいまいなままだった。患者を守るには、どうすればいいのか・・・
《2013年に表面化した高血圧治療薬「ディオバン」をめぐる臨床研究不正では、研究結果が無駄になり、巻き込まれた患者の権利は軽んじられた。データを改ざんしたとして、製薬会社ノバルティスと同社元社員が薬事法違反の罪に問われ、裁判になっている。》
「このような不正が、なぜ横行するのですか」との問に。
・・・臨床研究全般を管理する法律がなかったのが、最大の問題です。医学界はかねて臨床研究に伴うルールを軽んじがちで、その風土を反映しています。研究を法律で管理することに反対する医学界が持ち出してきたのが、憲法上の「学問の自由」でした。しかし、人間の生命と健康を守るために存在する医学には、純粋な学問研究というより、技術開発に近い性格があります。そうした認識が医学界に足りないようです・・・
「日本でも、1968年に札幌医大で実施された国内初の心臓移植手術に伴い、さまざまな問題が表面化しました。しかし臨床研究を法的に管理するきっかけにならなかったのですね」との問に。
・・・新しい実験的な医療技術に対してどのような制度設計が必要か、このとき議論すべきでした。ところが、心臓を提供した患者の救命治療や移植手術自体の必要性に疑問が出て、執刀医が刑事告発されたことも影響し、「一人の悪い医師がいた」ということで幕引きされてしまいました。
医学界は十分な検証もしなかったので、国民の側には強い医療不信が生まれ、臓器移植法の制定を経て心臓移植が再開されるまで、30年以上もかかりました。患者の人権を保護する法律を整備しないと、先端医療は阻害されてしまうことを示した例です・・・
グローバル化への反乱、シュトレークさん
11月22日の朝日新聞オピニオン欄、ヴォルフガング・シュトレーク(ドイツの社会学者)さんの「グローバル化への反乱。自由市場の拡大、成長阻む格差生み国家は形骸化」から。
・・・私たちが目にしてきた形のグローバル化が、終わりを迎えようとしているのかもしれません。自由貿易協定も、開かれすぎた国境も、過去のものとなるでしょう。
米大統領選はグローバル化の敗者による反乱でした。国を開くことが、特定のエリートだけでなく全体の利益になるというイデオロギーへの反乱です。そのような敗者たちはさげすまれ、政治からいずれ離れるというエリートたちの楽観は、一気にしぼみました・・・格差の広がりは、自由市場の拡大がもたらした当然の結果です。国際競争で生き残る、という旗印のもと、それぞれの国家は市場に従属するようになりました。政府が労働者や産業を守ることが難しくなったのです・・・
・・・低成長を放置すれば、分配をめぐる衝突に発展しかねません。それを回避し、人々を黙らせておくために、様々なマネーの魔法によって「時間かせぎ」をしてきた、というのが私の見方です。
分水嶺が70年代でした。まずはインフレで見かけの所得を増やしました。それが80年ごろに行き詰まると、政府債務を膨らませてしのいだ。財政再建が求められた90年代以降は、家計に借金を負わせました。その末路が2008年の金融危機です。今は中央銀行によるマネーの供給に頼りきりです。いずれも、先駆けたのは米国でした。「時間かせぎ」の間に、危機は深刻さを増しています。
大きな傾向は日米欧とも同じですが、停滞を真っ先に経験したのが日本でした。日本では長期雇用と年功賃金制が社会の安定の源でした。80年代以降、企業が競争力を失っても、政府の支えのもと銀行が融資を続けたのは、長期雇用に手をつけて「内戦」になるのを避けるためです。その結果が不良債権問題であり、長期停滞です。賃金は上がらず、非正規雇用へのシフトが進みました・・・
ごく一部を紹介しました。原文をお読みください。
若者の保守化
9月30日の朝日新聞オピニオン欄「若者の与党びいき」から。
平野浩・学習院大学教授の発言
・・・データでは、55年体制時代は年齢層が高いほど自民党支持率が高く、一方で若い層ほど低いという明確な関係がありました。例えば1976年には、50代の自民支持は4割を超えていたのに対し、20代は、どの世代よりも低い、2割弱にとどまっていました。
それが2009年には、20代の自民支持は3割弱に達します。50代は4割とさらに高いですが、支持する政党を答えた人に限ると、自民支持率は50代が57%、20代が58%と僅かに逆転が見られました。衆院比例区での自民党投票率も20代は34%と50代の27%を上回り、70代の38%に次いで高い率を示していました。
今年7月の参院選では、朝日新聞の出口調査で、比例区での自民への投票率は18、19歳は40%、20代は43%に達し、20代は他のどの世代よりも高くなりました・・・
山田昌弘・中央大学教授の発言
・・・若者は現状を打破する政党を支持し、中高年は現状維持の保守を支持する、というのは1980年代までで、今は幻想です。生活満足度の調査では、いまの20代は8割が満足と答える。だから与党に投票するのです。
20代の満足度は、40、50代はおろか70代以上も上回り、全世代で最高です。70年ころまでは一番低かったのと比べると、大きな変化です・・・
・・・横軸に「現状に満足か不満か」、縦軸に「将来に希望があるか悲観的か」という4象限グラフを描きます。現状に不満で未来に希望を持つ人は「革新(ラジカル)」。貧しいが成長に期待が持てた80年代までの若者です。現状に満足で将来に希望がある人は「進歩(リベラル)」。昔の自民党支持者です。現状に満足だが将来に悲観的なのが「保守」。今の日本の若者です。最後が現状に不満で将来にも希望がない「反動」。トランプ現象など右傾化する欧米の若者がここに入ります。
足元を見れば、日本人に最も大切な、安定した人並みの生活への近道は「男性は正社員、女性はその妻になる」。正規雇用は3分の2、非正規が3分の1となり、高度成長期なら誰でもなれた正社員は今や既得権です。私は将来、日本に3分の2と3分の1の分断が起きると思います・・・(2016年10月3日)