カテゴリー別アーカイブ: 社会と政治

社会と政治

嘆く前に、リーダーを育てる

11月9日の読売新聞文化欄「リーダー論 上」「作る、育てる。「日本人は…」と嘆く前に」から。
・・・日本には、華のある魅力的な「リーダー」がいないと言われる。でも、それは本当か。優れたリーダーを生むには、何が必要なのか。岸田首相が率いる自民党が、議席数を減らしながらも絶対安定多数を得た衆議院選から1週間余り過ぎたのを機に、考えてみたい・・・

・・・そもそも日本は、優れたリーダーを生む取り組みをしてきたのか。各種の調査は、若い世代が指導的な立場につくことを拒む内向きな傾向を示す。内閣府が13歳から29歳の男女を対象に行った「我が国と諸外国の若者の意識に関する調査(2018年度)」によると、「将来の国や地域の担い手として積極的に政策決定に参加したい」の問いに対し、「そう思う」などと肯定的に答えたのは33・2%。米国の69・6%や韓国の60・0%より極めて低い。
40歳くらいの頃、「世界で活躍している」と思うかの問いに、日本で「そう思う」などと答えたのは14・1%。米国59・5%、スウェーデン56・0%だった。

これに対し、立教大の中原淳教授は、企業や組織の人材開発を研究する立場から、調査に対して日本人は謙虚に回答しがちだとしたうえで、「日本はリーダーを育てる訓練の機会が少ない」と指摘する。「学校でクラブ活動や合唱大会などの行事があるのに、体験を振り返ってリーダーが組織をどう運営するか深く考える場がない」
折に触れてリーダーに必要なものを具体的に考える機会を与えてこそ、「リーダーはカリスマ性が必要」など、漠然とした思い込みから脱却できるという・・・
・・・リーダーは作り、育てるもの。その意識が社会に大きく広がったとき、日本を牽引するリーダーは現れるのかもしれない・・・

原文をお読みください。

監視社会と見守り社会

11月2日の日経新聞私見卓見、森健・野村総合研究所未来創発センター上席研究員の「監視を見守りに転じるには」から。

・・・デジタル技術は監視社会を生み出しているという議論がある。町中に設置された監視カメラや、スマートフォンなどのデジタル機器を通じた、国や民間企業による市民の移動履歴やウェブ閲覧履歴の把握。そして、その情報を利用した思想・行動のコントロールだ。
しかし、デジタル技術を使って似たようなことが行われていても、それが「見守り」になるケースもある。たとえばセコムなど民間企業が提供する見守りサービスは、子供や高齢者の所在地の把握を通じて安心を提供する。また公共サービスのデジタル化が世界最高水準であるデンマークでは、国民の満足度は極めて高い。どちらのケースも企業や国家がユーザーの膨大な個人データを把握しているにもかかわらず、である。

この違いを生み出す要因は何か。まずセコムの例のようにユーザーが自らお金を出してサービスを受ける場合は見守りになる。我々は監視対象ではなく顧客だからだ。しかしこの解決策では、お金のある人だけが「見守り社会」を享受できることになってしまう。
そうではなく、市民全体が「見守り社会」に属するためのヒントはデンマークにある。デンマークは国民の「一般的信頼」、つまり他者一般を信頼する度合いが高い。データ活用でいえば、自分の個人データは国や企業によって悪用されないと人々が信頼していると言い換えてもよい・・・

労働組合の役割

10月25日の朝日新聞オピニオン欄「記者解説」、沢路毅彦・編集委員の「連合、新体制の課題 働き手多様化、目配りした運動を」から。

・・・連合は政策決定プロセスに深く組み込まれている。労働政策には、政府、労働者代表、経営者代表の「三者構成」で決めるという原則がある。労働政策審議会や最低賃金を決める審議会の労働者代表は、連合が推薦する委員が独占している。財政制度等審議会、法制審議会、産業構造審議会などにも労働者の代表として参加する。
連合に期待されているのは、非正規労働者を含めて働く人全体の利益を政策に反映させることだ。ところが、近年は政権との間合いの取り方に苦労している。
安倍・菅両政権下で連合の存在感は低下した。官邸の会議が多くの重要政策を決め、その大半で連合は外された。連合も参加したとはいえ、「働き方改革」も官邸主導。最低賃金引き上げも官邸の意向を反映した結果だ。
今の野党が政権をとれば問題が解決するわけでもない。かつて民主党政権実現に連合は力を発揮した。ところが、その政策が連合の主張とちぐはぐなことがあった。事業仕分けでは企業倒産時の「未払賃金立替払制度」の廃止が検討された・・・

・・・何より新体制に求められるのは、企業現場の変化に対応しながら、緊張感ある労使関係を作る取り組みだ。
働き方改革でテーマになった長時間労働の是正や、正社員と非正社員の格差を是正する「同一労働同一賃金」について政権が強く介入したのは、現場で労組が本来の役割を十分に果たしていなかったからだ。危機感は連合の今後2年間の運動方針に表れている。うたわれているのは「多様な働き手を含めた集団的労使関係」の強化だ・・・

子どもを産みにくい日本

10月3日の日経新聞1面「チャートは語る」は「育児男女差際立つ日本」でした。わかりやすい図が着いています。ご覧ください。

・・・様々な社会要因のなかでも男性の育児や家事など家庭進出の度合いが出生率に影響があることは大きなヒントとなる。
女性に家事や育児の負担が偏るのは、程度の差こそあれ多くの国や地域で根強い。見逃せないのは、その差が男女で大きくなればなるほど少子化が進みやすいことだ。
経済協力開発機構(OECD)のデータ(19年)で日本と韓国の男女差が際立つ。日本の女性が家事や育児に割く時間は男性の4.76倍、韓国は4.43倍にのぼる。ともに男性の参加時間は女性の2割ほどの計算だ。両国とも急速な人口減少につながる出生率1.5を下回り、韓国は20年の出生率が0.84まで低下した。男女差が2倍以内の国ではおおむね出生率1.5以上を維持している・・・

・・・日本の場合、子育て支援に注ぐ予算が十分とはいえないことも問題視されてきた。OECDのデータ(17年)では、児童手当や育休給付、保育サービスといった日本の家族関係の公的支出は国内総生産(GDP)比1.79%。比率ではフランスやスウェーデンの約半分の水準にとどまる。
支出が多い国は出生率も比較的高い。問題はその使い道だ。ドゥプケ教授の研究では、保育所整備などを通じて母親の負担を減らすほうが父親への給付金支給より出生率の押し上げ効果が高いうえ、政策に要するコストは約3分の1に抑えられるという。
男性が家事育児に参加しやすい環境づくり、そして子育て関連予算の充実と効率的な配分――。日本の出生率向上にはこの両輪が欠かせない・・・

高齢者雇用、必要な働き方改革

10月1日の日経新聞経済教室、八代尚宏・昭和女子大学副学長の「高齢者雇用どう進めるか 40歳代からの働き方改革を」から。

・・・日本の20~64歳人口は、2000年のピーク時からの20年間で約1千万人減少した。一方、この間に65~74歳人口は約450万人増えている。この年齢層が労働市場で活用されれば、人手不足の改善だけでなく、年金給付の節約や高齢者の健康維持など幅広い効果がある。これを妨げている大きな要因が他の先進国では原則禁止の定年退職制だ。
定年制の本質は、個人の仕事能力に大きなばらつきがある高齢労働者を一律に解雇する「年齢による差別」だ。雇用契約で個人の仕事の範囲が明確に定められる欧米方式では、その契約条件を満たす社員を、年齢だけを理由に解雇できない。
これが日本で容認されるのは、雇用と年功賃金が保障される下で、どのような業務でも無限定に担う正規社員という「身分」が、定年年齢で失効するためだ。未熟練の新卒者に多様な仕事を経験させて育てる日本の働き方では、個々の仕事能力についての評価が乏しい。代わりに年齢という客観的基準で、包括的な雇用契約を打ち切る「形式的平等性」が尊重されてきた。

政府は、定年制は維持したままで、65歳までの雇用を企業に義務付ける高年齢者雇用安定法を改正し、さらに70歳まで努力義務として延長した。だが定年後の再雇用は1年間の雇用契約を更新することが多く、能力が高くても企業内で責任あるポストに就くことは困難だ。その半面、賃金が抑制されても雇用は守られるため、定年を契機に企業外で活躍する機会費用を高める「飼い殺し効果」もある。
日本企業にとって現行の仕組みのままでの定年制廃止は困難だ。定年制をなくすには、40歳代から社員の多様な能力を自発的に生かすキャリアを形成し、高齢者の雇用がコスト高にならない仕組みに変える必要がある。それを支援する政府の役割が同一労働同一賃金原則と解雇の金銭解決ルールの制定だ。この働き方改革は安倍政権では腰砕けになり、旧来の雇用慣行を正当化するだけに終わった・・・

・・・日本企業は新規一括採用などの雇用慣行の下で、若年労働者のスキル形成のために長期間の訓練投資を行ってきた。だが今後の低成長期に、60歳まで訓練を続けるのは過剰投資だ。少なくとも40歳代からは一般の社員は自ら選んだ専門的職種に専念する。その生産性と賃金が見合う限り、企業にとって定年退職を求める理由はなくなる。
他方、今後の管理職を含むタレント社員には、より無限定な働き方が要求される。一般社員の仕事範囲が限定されれば、緊急な仕事への対応を誰かに押し付けられない。管理職が自ら対応せざるを得ないため、それに見合った高い仕事能力が必要だ。将来、経営を担うタレント社員には、年齢にかかわらず昇進か退職かの二者択一が迫られる。

大卒社員なら、誰でも職種や地域を問わず無限定に働く代わりに、定年までの雇用と年功賃金が保障される。この働き方は、過去の高い経済成長と人口構造の下で適した慣行だった。
それが維持できなくなった以上、単に定年後の雇用対策でなく、少なくとも40歳代からの現役の働き方改革が求められる。タレント社員を目指すか、専門職にとどまるか、どの職種の技能蓄積か、などの企業内でのキャリア形成は人事部任せでなく、自ら選択できる。
そうなれば日本の雇用慣行を維持しつつ定年制を廃止し、高齢者をその多様な能力に応じて活用できる。企業による強制ではなく、自ら望む時期に退職することが、高齢化社会での望ましい働き方になる・・・