カテゴリーアーカイブ:著作と講演

さいたま市役所研修講師

2018年1月19日   岡本全勝

今日は午後から、さいたま市役所の研修講師に行ってきました。対象は、課長級約200人です。
増える仕事、迫られる行政改革、働き方改革(場合によっては、増える故障者をかかえて)、課長さんたちは、これまでになく苦労しておられます。
職場の無駄をなくし、どのようにしたら、仕事を早く仕上げることが出来るか。私が、悩んでたどり着いた実例を、お話ししました。
皆さん、悩みは同じらしく、熱心に聞いてくださいました。

今週は、水曜日に大分市役所、今日は午前は慶應大学の授業、午後は埼玉市役所と、かなりしんどい週でした。
よくやりましたと、自分で自分を褒めておきましょう。

日経新聞夕刊コラム第3回

2018年1月18日   岡本全勝

日経新聞夕刊コラムの第3回「企業の貢献」が載りました。内容は、読んでもらった通りです。
大震災直後の救援とその後の復興について、企業の皆さんには、大変な協力をいただきました。協力いただいた企業にお礼を言う場として、日経新聞はまたとない媒体です。ありがとうございます。
このコラムでは字数も限られているので、これだけしか紹介できませんでした。文中に出てきた被災者支援チームのホームページは、こちらです。
そこにも書いてあるように、保管と輸送を協力してくださった企業もあります。なお、「名前を出すことも遠慮します」とおっしゃる企業もありました。

企業の支援について、今回の特徴は、モノやカネだけでなく、技術と人の支援が大きかったことです。コラム書いたとおり、各企業や業界が、持っている技術力、専門的知識と技能を使った支援をしてくださいました。
モノやカネは集計できるのですが、このような技術による支援は、表に集計できないのが残念です。

大分市役所で講演

2018年1月17日   岡本全勝

今日は、大分市役所に、講演に行ってきました。演題は、大震災対応+明るい公務員講座の、2本立てです。90分で両方お話しするのは、やや欲張りでしたが。
大震災対応は、スライドを使って、現場の状況をお見せしました。明るい公務員講座は、時間と仕事の管理術を、具体例でお示ししました。
100人を超える職員の方が、熱心に聞いてくださいました。

被災者生活支援本部、指名した2人

2018年1月16日   岡本全勝

日経新聞夕刊コラム第2回の補足説明(1月11日記事)に、私が呼び寄せた2人の名前を書きました。「なぜ、その2人を指名したのですか」との問い合わせがあったので、説明します。
彼ら2人は、旧総務庁採用です。私の自治省の後輩でありません。2001年に行われた省庁改革を準備する本部で、知り合いました。1998年から、参事官だった私を、企画官として支えてくれました。その後も、時に集まっては「意見交換」をしていました。

二人とも、省庁改革本部勤務とともに、行政管理局などの経験もあり、霞が関全省庁の組織や仕組みを熟知してるいるのです。被災者支援に必要な仕事を分類整理し、霞が関各省から人を集め、組織をつくる。それには、彼らが適任だと考えたのです。
被災地の自治体との連携も必要ですが、それは総務省や国土交通省に任せておけます。

そして彼らは、私の仕事のやり方を熟知しています。私も、彼らの仕事ぶりを知っています。細かい指示をしなくても、どんどん進めてくれるのです。
夕方に私の前にやってきて、「関係者の××に、『全勝さんの指示だから・・・』と言ってありますから、問い合わせが来たら『その通りや』と答えてください」というようにです(苦笑)。
また、面と向かって「それは、駄目でっせ」と意見を言ってくれるのです。
このような職員を知っていた、持っていたことは、幸せでした。

日経新聞夕刊コラム第2回

2018年1月11日   岡本全勝

日経新聞夕刊コラムの第2回目「暗闇の灯台になる」が載りました。前回に続き、大震災直後の話です。
当時は、「未曾有」とか「想定外」という言葉が、よく使われました。しかし、想定外のことは起こります。その際に、責任者は何をするべきか、何を考えるべきか。私の経験を伝えたくて、この話題を選びました。
個別の案件を処理するのが、トップの仕事ではありません。たくさんの課題を円滑に処理できるように仕組みを作ること、かつ混乱している中で優先順位を付けることが、仕事です。そのために、そのようなことができる組織をつくることが重要です。

私がしたのは、それをしてくれる2人を呼んできたことです。
組織が出来て(作りつつですが)、仕事の流れができれば、それぞれの担当者が処理してくれます。そして、彼らが判断できないことを私が判断する、あるいは大臣に相談すれば良いのです。
あわせて、ここに書いたように、国民に私たちの存在を知らせる必要がありました。それが「灯台」です。関係者に「手形交換所」を知らせることも必要でした。

文中に出てくる2人は、山下哲夫・行政改革本部参事官(現・総務省行政管理局長)と、福井仁史・内閣府公文書管理課長(現・国立公文書館理事)です。
被災者生活支援本部の記録、下(事務局風景)の真ん中の写真で、左奥時計の下のスーツ姿と、左手前資料を持って歩いている姿です(2011年3月24日)。発足当時は彼らは机もなく、立ったままで、あるいは空いている席を見つけて仕事をしていました。
下左の写真、手前真ん中が私の席ですが、座っていませんねえ。指示を書く罫紙と万年筆とサインペンが載っています。この騒々しさの中でしゃべるので喉を痛め、ペットボトルの水が必需品でした。
下右の写真は、しばらくしてから移った執務室です。服装を見ると、初夏の頃でしょうか。
1月16日に続く。