カテゴリーアーカイブ:社会の見方

日本社会の平等を支えたもの3

2026年8月17日   岡本全勝

「日本社会の平等を支えたもの2」の続きです。
平等と言っても、政治的平等、経済的平等、社会的平等、さらには家庭内での平等などがあります。
政治的平等は、憲法で確保されました。もっとも、男女格差による不平等は、政治の面でも続いていました。政治家に女性が少ないのです。
経済的平等は、経済成長によって、かなり達成されました。しかしここでも、男女格差は続いています。女性幹部は少なく、非正規雇用は女性が多いのです。そして、非正規雇用の拡大で、格差が広がっています。
社会的平等も、形式的には憲法で達成されました。残っていた実質的な格差は、経済成長などで減りました。が、男女の不平等は戦後半世紀も放置されました。政府によって男女共同参画が進められ、解消に向かっています。教育での男女格差も続いていました。大学進学率に男女差があったのです。近年は解消しました。家庭での男女の役割分担は、まだ続いているようです。障害者への差別も残っているでしょう。
「ムラの外の人」への差別も続いています。外国人などがそれにあたるでしょう。
ここで私が述べた「戦後達成した平等」は「昭和の平等」と言えるでしょう。

1 このように見ると、これまでの憲法学や経済学、政治学での「平等」は一面的でした。
平等や自由という概念は、絶対的に定まるものではなく、その時代時代に求められる、あるいは達成したものを指しているようです。そして一定のものを達成すると、次に欠けているものが見えてくるのです。
2 「ムラ型社会」「横並び志向」が支えた日本の平等は、農村や会社内では平等を支えました。また経済成長期には、各家庭の経済的平等、学歴の平等を支えました。しかしそれは他方で、男女格差を隠していました。また、才能や努力による競争を認めない方向での力が働きました。極端な場合は「悪平等」です。
3 この記事の表題は「日本の平等を支えたもの」です。経済成長期に強化され、それに適合した「ムラ型社会」「横並び志向」は、現在の社会と適合しなくなっています。すでに「昭和の平等」は崩れつつあります。さて、これからはどのようになるのでしょうか。

電柱王国日本

2026年8月17日   岡本全勝

8月10日の朝日新聞小学生ニュース欄に「無電柱化で通学路を安全に」が載っていました。ウェブ紙面では、読むことができないようです。
無電柱化とは、電線や通信線を地中に入れて、電柱をなくすことです。電柱は道路を狭くし、台風などでは倒壊の恐れがあり、さらに景観を損ないます。近くの高円寺商店街も、きれいな街灯を並べているのですが、その前をたくさんの電線が邪魔をしていて醜いです。
欧米に行くと、街並みがきれいですが、理由の一つはこの電線がないことです。もう一つは看板の有無。

記事には、いくつかの都市の無電柱化率が載っています。ロンドン、パリが100%です。
そして、香港、シンガポールが100%、台北が96%、ソウルが50%です。
対して、東京23区は8%。アジアの中でも、遅れています。
「輸出額、韓国と台湾に抜かれる」

人工知能で浮いた時間は仕事に

2026年8月16日   岡本全勝

8月2日の日経新聞別刷り「文化時評」に、「怠け心が育むフランスのイノベーション 効率が生む余暇、創造の源に」が載っていました。「日本人はハイテク好きで、新しいもの好きの国民といわれる。だが、フランス人も負けず劣らず技術革新を受け入れる。ただ、その動機には少なからず違いがあるようだ」が主旨なのですが、ここでは、次の部分を紹介します。

・・・仏タイヤ大手ミシュランで研究開発を率い、日本法人トップなどを経て、日産自動車の筆頭独立社外取締役を務めるベルナール・デルマス氏は「フランス人はややこしいことを嫌う」と話す。イノベーションを「物事を簡単にし、自由な時間を得るための手段」と考える。
生まれた時間は自分のために使う。それは余暇となり、趣味や文化的な活動を楽しむ時間となる。では、日本はどうか。デルマス氏の目には「仕事の生産性と質を高めることに目的が絞られがち」と映る。勤勉さが尊ばれ、怠け者と思われたくないという意識もある。

人工知能(AI)の急速な普及も、本来は煩雑な仕事から人々を解放し、自分のために使える時間を増やすはずだった。だが現実は、必ずしもそうなっていない。
調査会社マクロミルの「生成AIの活用実態調査」の結果は興味深い。生成AIを導入した現場では、1日平均75分の業務削減効果が生まれている。ところがその時間の使い道を尋ねると、最も多かった回答は「以前は手が回らなかった別の業務・雑務」だった。「創造性や感性を伴う業務」は3割に満たず、「特に何もしていない」は1割程度にとどまる。忙しさは必ずしも軽減されていない実態が浮かび上がる。
「仕事からの切り替え困難に対する心理的支援」の著書である国学院大学の内村慶士助教は「日本人は時間があると仕事で埋めようとする傾向が強い」と指摘する。特に20〜40代は経済的な不安から「自由な時間より働いて収入を増やす」考え方が強いという・・・

余暇や自分のために働くフランス人と、時間があれば仕事で埋める日本人との違いが指摘されています。フランスに見習うべきとは言いません。それが日本人の勤勉性の基礎にあるのでしょう。しかし日本人は、昔から仕事人間だったわけではないようです。貧しい時代でも、農民も農閑期には遊んでいます。戦前の労働者も、真面目人間ばかりではなかったようです。仕事人間は、経済成長期につくられたのでしょう。
私も、余暇を楽しめない一人です。抱えている連載がすべて完結したら、余暇ができるかな。

追記
肝冷斎は、人工知能で浮いた時間はまずは居眠りすることに充てるそうです。

日本社会の平等を支えたもの2

2026年8月15日   岡本全勝

「日本社会の平等を支えたもの1」の続きです。「異論や逆張りの発想の重要性」の続きにもなります。
村の中では、みんなと変わったことをすると、批判されました。なるべく、みんなと同じことをすることがよいとされました。村の中の団結を保つためでしょう。

日本人論は流行らなくなりました。しかし、社会の通念は社会や家族を通して引き継がれ、「この国のかたち」を続けているようです。周囲に合わせる横並び意識、それを強制する同調圧力です。
例えば、雇用慣行です。日本はメンバーシップ型雇用で、新卒を一括採用し、組織内で配置転換し、年功序列の昇進を行います。そして、定年まで面倒を見ます。村の中で、共同で稲作をしたのと同じです。所属が、農村から企業に代わったのです。この雇用慣行は、経済発展の過程でできあがったようです。そして、工場生産のような職場では、効果的に機能したようです。
社員には能力の差、意欲の差、会社への貢献度の差があるのですが、極端な者を除いて、なるべく平等に扱うようにします。しかしそれは、部下の評価にも現れます。なるべく差をつけず、ほとんどの部下を真ん中くらいに評価するのです。

若者も起業せず、勤め人を選びました。私が大学時代に、アメリカの経営者が「なぜ日本の若者は、企業勤めを選ぶのか。しょせんは従業員ではないか。結構な事業をしている家の息子が、大学を出て、家を継がずに会社に入るのは理解できない」といった趣旨の発言をしました。そんなものかと思いました。ジョブ型とメンバーシップ型雇用の違い、そしてその背景に個人の能力を重視する社会と、集団への同一化を良しとする社会の違いがあるようです。
教育もまた、一定の水準の生徒を育てることを目標としました。画一的教育です。そこからは、突出した若者は生まれません。「平等ではトッププレーヤーは生まれない」

経済成長の過程で、多くの若者が会社勤めになったことも、平等を進めました。親から農業や事業を受け継ぐと、出発時点で差がついています。しかし、新卒採用では同じ出発点に立ち、会社での処遇も大きな差をつけませんでした。しかも、それは社員だけでなく家族の面倒を見ることで、社会が平等な豊かさと生活に向かったのです。「一億総中流」という言葉もありました。

新憲法が平等を謳ったこと、戦後改革で財閥や大地主をなくしたこと、教育制度や社会保険、相続税制などで平等を支えたことなど、政治や制度が日本の平等を支えました。「世界で最も成功した社会主義」とも言われました。他方で、上に書いたような、国民の「横並び志向」が平等を支えたのでしょう。仕組みだけでなく、経済成長と、意識が支えたのです。
その後の長期停滞での非正規労働者の増加は、平等を壊しました。ジョブ型雇用への転換は、平等志向を崩していくでしょう。
この項続く。

東京都美術館、大英博物館日本美術コレクション展

2026年8月14日   岡本全勝

キョーコさんのお供をして、「大英博物館日本美術コレクション 百花繚乱〜海を越えた江戸絵画」を見に、東京都美術館に行ってきました。行列に並び、30分待ちでした。館内も混んでいました。それだけの価値のある内容でした。お勧めです。

これだけもの立派な絵画が、ロンドンで残されているのですね。国内にも、これだけそろえている美術館はないでしょう。イギリス人が、幕末維新のころに、これらを手に入れ、収蔵したのです。貧乏した社寺が売りに出し、当時はそんなに価値があると思われずに、海を渡ったのでしょう。でも、大英博物館にあるから、残ったのですよね。

「海を越えたふすま絵、約150年ぶりの再会」は、以前にニュースで見ました。元の所有者である談山神社は、明日香村(石舞台の横の道)を登った山の上にあります。立派な絵があったのですね。