カテゴリーアーカイブ:社会の見方

輸出額、韓国と台湾に抜かれる

2026年8月11日   岡本全勝

8月8日の日経新聞1面に、「韓国と台湾の輸出額ともに初の日本超え 26年上期」が載っていました。
・・・韓国、台湾の1〜6月の輸出額が初めて日本を上回ったことが分かった。人工知能(AI)向け半導体特需を受けて急伸した韓台に対し、日本は半導体関連の素材・製造装置に強みが限られ、恩恵に差が出た。世界が求める最終製品の供給で後手に回る日本のものづくりの現状を映す・・・

ここまで来ましたか。しかも、人口も日本の方が多いのです。韓国の人口は約5,200万人、台湾約2,300万人です。
私の見方を書こうと思ったのですが、川北英隆先生がわかりやすく解説してくださっています。そちらをご覧ください。「台湾と韓国に抜かれた日本」

東京集中、発展途上国の現象

2026年8月10日   岡本全勝

「東京一極集中「学」の勧め」の続きにもなります。川北英隆先生が、ブログに「地方本社の魅力」(8月8日)を書いておられました。「なぜ家が買えないか」(8月5日)も。
いつも、斬新な視点から経済や社会の問題を指摘し、切り込んでおられます。京都大学の気風でしょうか。そういえば、佐伯啓思先生は東大卒ですが、京都大学で教授でした。この説明は、やや強引ですかね。お二人とも高校(奈良女子大学附属)の先輩です。

東京への人口集中は、住む人にとって、とても暮らしにくい場所になっています。長距離通勤、とんでもない混雑、住宅費の高騰など。それを選んだのは住民ですが、それを選ばせたのは、東京に本社などを置く企業です。社員を大切に思うなら、地方に分散すべきです。

「日本経済は政府依存度が高く、首都であり政府機能の集まる東京に集中した。日本の東京集中は発展途上国の「賄賂型、政府癒着型スタイル」である」。その通りです。
もはや成熟国家になり、「官から民へ」と改革を進めて四半世紀以上が過ぎました。企業経営者、経団連、経済同友会には、地方分散へ舵を切ってもらいたいです。

平家の「都落ち」以来、都から離れることは、負けの印象があります。このような通念も変えなければなりません。
大勢順応に慣れた企業幹部には、大胆な方向転換は期待できないでしょうか。「異論や逆張りの発想の重要性」

異論や逆張りの発想の重要性

2026年8月9日   岡本全勝

「長期停滞、「大きな政府」はあり得なかったか」の続きになります。大勢順応、世間に従うことの危険についてです。

大勢に従っていると、自分で判断する必要がなく、楽です。その結果が悪くても、「私が判断したのではない」と言い訳ができます。その反対が、世間がどう言おうと、自分で判断することです。それは労力が必要ですし、結果が悪いと自分の責任になります。バンドワゴン効果という言葉もあります。
その極致が逆張りです。逆張りとは、取引で人気のよいときに売り、悪いときに買うことです。大勢や時流に逆らう言動をする場合にも、「逆張りの主張」と使います。

他人と同じことをしていたら、それと同じだけの利益を得るでしょうが、競争のある世界では負けていきます。これまでにないことを考えるのが、商売であり研究です。そこでは、これまでの通念を疑う、他人とは違うことを考える必要があります。大勢に従わない人が、新しい商売を考え、利益を得ます。

経済が成長しているとき、社会が発展しているときは、大勢に順応しているとその流れに乗ることができます。そして、好循環が生まれます。他方で、経済が不況になり、社会が停滞しているときには、他者と同じことをしていては、同じように低下するだけでなく、社会全体がさらに低下します。各会社や各人が節約すると、経済全体が縮小します。経済学で言う「合成の誤謬」の一つでしょう。日本の長期停滞は、この悪循環に入っていたのではないでしょうか。

その際に、逆張りの発想はなかったのでしょうか。官民ともに、大勢順応やこれまで通りではなく、「これを変えよう」という議論はできなかったのでしょうか。

長期停滞、「大きな政府」はあり得なかったか

2026年8月8日   岡本全勝

日本は1980年代から小さな政府を目指し、行政改革の継続しました。当初は財政再建が目的でしたが、先進国で主張された新自由主義的改革、「官から民へ」の思想がそれに加わりました。官は失敗するので、民に任せようという思想です。これら財政再建も「官から民へ」も正しい考えだと思いますが、日本はバブル経済崩壊後に長期停滞に陥りました。

今から見ると、単なる景気変動ではありませんでした。1990年代に何度も巨額の経済対策を打ちましたが、景気は回復しませんでした。経済界が3つの過剰を処理しても、経済は回復しませんでした。
国際的、産業的には、世界での産業競争が激化し、それまで日本が優位に立っていた製造業で、アジア各国の追い上げに負けてしまいました。産業構造の転換も必要でした。

長期停滞を長引かせた理由の一つは、官と民との「縮小思考」だと思います。企業は業績回復のため、「選択と集中」「リストラ」を続けました。政府も、行政改革を続けました。しかし、企業が事業を縮小し、政府が予算を縮小する。企業も政府も従業員を減らし、給与を削減する。これを続けると、経済は拡大しませんよね。景気変動に対して、ケインズ経済学では総需要政策を主張します。

どこかで、経済拡大のために「大きな政府」はあり得なかったかのでしょうか。単純な財政出動では効果がないことは1990年代が示しています。必要だったのは、企業の新しい分野への投資を支援すること、他方で従業員の給与を下げないことではなかったでしょうか。もちろん、業績の悪い企業にそれを期待することは、無理でしょう。その際に、政府が何らかの手を打つことはできなかったのでしょうか。
ケインズ経済学が従来の経済思想を大胆に変えたように、その先の「新しい経済思想」です。
政府が考えるべきは、「縮小思考」からの脱出と、国民の雇用と給与の安心確保だったと思うのです。このような説明は、具体性に欠ける、あやふやな考えであることを承知で書いておきます。

第二世界の消失

2026年8月8日   岡本全勝

7月30日の朝日新聞オピニオン欄、鶴見太郎東大准教授の「公正掲げた、第二世界どこへ」から。このような見方もできるのですね。経済成長は、政治や政治的主張も変えてしまいました。

・・・冷戦全盛期、「第一世界」「第二世界」「第三世界」という世界の分け方があった。それぞれ、アメリカ中心の資本主義陣営、ソ連中心の社会主義陣営、発展途上国を多く含む非同盟諸国が相当していた。現在、概して「第三世界」は「グローバルサウス」に置き換わり、「第一世界」は「先進国」「西側」などと呼ばれる。では、「第二世界」はどこに行ったのか。

第一世界と第二世界は、第三世界からの支持獲得をめぐって競っていた。ソ連はより公正な近代社会や反植民地主義を理念として掲げ、人種差別を批判した。それは、アメリカが黒人差別を改善するきっかけの一つとなった。また、社会主義的な分配政策や生活の保障は、資本主義陣営の福祉に対する意識をさらに高めた。
第二世界は、第一世界に対する批判意識の半面で、工業的近代化への強烈な憧れも有していた。国家主導で工業化を推進したことで、短期間で第一世界に匹敵する成長率を達成した。「人種」にかかわらずいかなる人間も進化しうるとの信念から教育も整備し、第三世界の独立支援も行った。植民地が多く残っていた当時、それは第三世界諸国を引きつけていった。
しかしまさにそのことが、第二世界を不利にした。経済水準が向上し、衣食住の不安が低減したことで、人びとの欲望は次の段階に移行した。社会主義は重工業では実績を上げたが、次の段階である個人主義的な消費社会に必要な小回りが不得意だったのだ。また、植民地は次々に独立した。第二世界はその目標を達成したことで消滅したともいえる。その後は陣営の維持が自己目的化し、理念は形骸化した・・・

・・・では、日本国内で「第一世界的なもの」に対抗した「第二世界的なもの」はどこに行ったのか。大枠では後継勢力といえる左派・リベラル勢力は、国内問題を主な関心として、外交政策に関しては、日米同盟を基軸とする保守勢力との差が見えにくくなった・・・