10月21日の朝日新聞、オピニオン欄「ようこそ、論争の解放区へ」に載っていた、イギリス、フィナンシャル・タイムズの論評面編集長(コメント・エディター)のジェームズ・クラブツリーさんの発言から。
・・どうすれば自分たちの「商品」がインターネット時代に適応できるか。あらゆる新聞が、それを見極めようとしています。「何が起きたのか」という基本情報はもはや新聞の独壇場ではなく、どこでも手に入る。だからこそ、オピニオンの時代です。
新聞には、見識に裏付けされた質の高い分析・論評が、ますます求められています・・
コメント面は、専属コラムニストと外部執筆者が、ほぼ半分ずつ書いています。エディターの役割は、最もホットなテーマと、それを最も面白く語ってくれる最もビッグなネームを探し出すこと。よそとは違う発想や争点を探し当てるコツが必要なのです。
経済紙なので、読者の中核は投資家や経済人です。何がビジネスに影響を及ぼすかを知るには、政治リスクの理解が欠かせません。企業の四半期決算を見ているだけではだめで、「アラブの春」や福島第一原発事故がわからなければならない。たとえば原発事故では、日本という国がこの危機にどう対処し、それは現代日本のありようをどう語っているのか、といった論評こそが興味を持たれます・・
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ユーロ危機、政治の挑戦と経済の失敗
ギリシャに端を発した欧州の債務危機が、大きな問題になりました。なぜ、こんなことになったのか、いろいろな解説がされています。私は、経済と金融という側面とともに、政治による新しい仕組みへの挑戦と混乱という観点に関心があります。10月28日の日経新聞「つまずいた大欧州」、下田敏経済金融部次長の解説「ユーロ、債務危機の試練。統合優先、粉飾見ぬふり」が、要点を整理してありました。
ギリシャがユーロに参加する前に、関係者は強い懸念を表明していました。ギリシャは財政規律や物価抑制の基準を満たすことができず、実際に参加は2年遅れました。その際も、基準を達成したけれど、数値が粉飾ではないかと、疑われていたのだそうです。その後、ギリシャ政府が「自白」しました。
それでもなぜ、参加を認めたのか。今回の債務問題の震源地であるギリシャ、スペイン、ポルトガルは、長く軍事独裁政権が続きました。1970年代に独裁政権が崩壊しましたが、放っておくと政治体制が揺らぐ恐れがありました。欧州統合で、これらの国に政治的安定をもたらそうとしたのです。
その後しばらくは、EUの中欧と東欧への拡大で、経済が拡大し、問題が顕在化しませんでした。ここに来て、露見したようです。
通貨と金融政策は統合したけれど、財政政策は各国に残るという、現在のユーロ制度に、問題はあります。しかし、完璧を期そうとすると時間がかかります。少々のリスクを抱えつつも、大きな目的に向かって改革に挑戦する。それが、進歩を生むのでしょう。
「こんな危険もある」「こんな恐れもある」といっていたら、改革は進みません。もちろん、被害の大きな改革は進める必要はなく、リスクには備えをしながら改革を進めるべきでしょう。しかし、石橋を叩いてばかりでは、前進はありません。メリットとデメリット、それも現在だけでなく将来を見通して進めることが必要です。
独創的な事業を生む社会
読売新聞10月29日「論点スペシャル」は、先日亡くなったアップル社の創業者であるスティーブ・ジョブズ氏に関して、「和製ジョブズ出るか」でした。坂村健東大教授は、次のように述べておられます。
・・日本は10年前から「IT立国」と言い続けてきたが、存在感が薄い。
技術がないわけではない。例えば、ジョブズ氏の会社の製品が使っている部品の半分以上が日本製だ。消費者からは見えないが、ビジネスという点では、日本の企業も結構うまくやっている。
しかし、これから日本で、ジョブズ氏のような、世界を変革するアイデアや製品が誕生するかと聞かれると、難しいと答えざるをえない。そういう社会ではないからだ。
インターネットの検索ソフトを見ると、良くわかる。日本の企業も、グーグル社より前に開発していた。しかし、著作権問題に抵触するのではないかなどの議論が起き、企業側の腰が引けた。
日本の法律は、ドイツをお手本にした「大陸法」だ。すべてのことが事前に想定され、相互に矛盾なく決めようとする。法律を作ったり、改正したりするには、時間がかかる。それで、世の流れに遅れる。
一方、英米法の考え方は、どんどん進めて問題が起きると、裁判の判例で解決する。スピードが速く、IT時代にふさわしい。
アップル社は、インターネット経由で楽曲を取り込む独自サイトを開設した。曲の著作権を巡って訴訟が起こるとわかっていながら進めた。訴訟もたっぷり抱えたが、事業は大成功した。
日本は、こうした訴訟文化になじまない。裁判になりそうな危ない事業には手を出すなという話になる。
人材の流動性もない。「いい学校」を出て、「大会社」に就職することが良いこととされ、いったん勤めると辞めない。つまり大企業が優れた人材を抱え込んでいる・・
・・法律や制度などを変えない限り、ジョブズ氏のような才能があっても、生かせないだろう。
続・法律の輸出
(続・法律の輸出)
先日、日本が明治維新の際に、ヨーロッパから法律を輸入しながら、その後、輸出をしなかったことを書きました(10月8日の記事)。このページでは、かつて「社会の制度・インフラの輸出」を書いたこともあります(2011年1月10日)。
政府のインターネットテレビが、アジア各国に対する法制度整備支援を、紹介しています。少し役人らしい言葉遣いもあり、分かりにくい点もありますが、あまり知られていないことなので、ご覧ください。
日本の家を輸出する
10月9日の日経新聞文化欄に、原研哉さんが「日本の家を輸出する」を書いておられました(古くなってすみません)。
・・日本の家を輸出する。こう言うと、狭くて画一的な住居が世界の人々の興味を引くのだろうかと、怪訝に思われるかもしれない。
しかし、玄関で靴を脱ぐ暮らし方は、身体と環境が直ちに触れあい対話する未来型住環境として大きな可能性を持っている。また、住空間を自分の暮らしに合わせて自在に作り直そうという今日の機運は、日本の伝統とハイテクを掛け合わせた新たな住環境の出現を予感させるのである。
・・風呂やトイレなど生活機器については、繊細・丁寧・緻密・簡潔を旨とする日本の美意識が、これをさらに進化させるだろう。シャワー付き便座もクリーム状の泡風呂も、清潔・爽快な住環境の高度化を加速しそうである。
・・お隣の中国は都市化が加速し、旺盛な住宅建設に沸き返っている。しかし出来上がる集合住宅は、まだまだ粗い。ここに、未来型の日本の「家」を持ち込めばどうなるか・・
ものづくりは今日、アジア全域に広がり、単体の家電を独占的に輸出する時代は、終焉を迎えつつある。日本の資源は石油や鉱物ではなく、「美意識」である。千数百年の伝統を持つ生活文化大国として、いかなる産業ヴィジョンを見出し、世界にどんな価値を提供できるかが、今まさに問われている・・
なるほど。私は、家は各民族の文化の結晶であり、そう簡単に輸出や輸入はできないと考えていました。畳にしろお風呂にしろ。しかし、現在の集合住宅(アパートやマンション)を考えれば、日本の最先端の住宅は、輸出するだけの価値はありますね。それは、電化製品などとセットになった、住みよい空間です。ものを単体で輸出するのではなく、セットで輸出する。その際に、家は良いパッケージでしょう。
日本の伝統的民家を輸出することは、難しいでしょう。日本の都会でも建てることは、庶民には困難です。しかし、現在の日本のマンションや一戸建ては、狭い中に工夫をして、住み良さを追求しています。安全であり、快適です。欧米の大邸宅とは違った良さがあります。車で言えば、大型のアメ車(これも古い言葉になりました)と違う、コンパクトだけど運転性能と居住性に優れた日本車です。
欧米の建築を輸入するとか、大きなビルや記念碑的建物を設計することも重要ですが、日本の家を輸出することは、重要な戦略です。日本は、輸入と模倣、国内での成熟の時代を過ぎ、輸出の時代に入っています。どの程度、日本の家が輸出されているのでしょうか。建築家とハウスメーカーの奮起を、期待したいです。