復興庁の栗田卓也参事官が、岩波書店から『都市に生きる新しい公共』(奥野信宏先生と共著)を出版しました。前著『新しい公共を担う人びと』に続く第2弾です。
以下、著者に聞いた概要を、転記します。
・・ここで「新しい公共」とは、公共心を持って社会で必要とされるサービスを提供する活動や活動主体、それらの意義を評価する価値観を指しています。東日本大震災の被災地では、市民ボランティアやNPO法人の生活支援活動以外にも、復旧・復興のための志ある資金の提供、被災企業の立ち上げ支援など、人の繋がりに支えられた新しい公共の多様な姿を見ることができます。
わが国では、人口減少と高齢化が進む中で、先進国に相応しい安定感ある社会の構築が求められています。その鍵を握るのは、新しい公共の育成だと考えます。
前著では、主に地方圏での取組みを紹介しました。新著では、都市圏に息吹く新しい公共の担い手の取組みの実例をもとに、それらが都市の魅力をどのように創出し、豊かで安定感ある都市と地域社会の形成に寄与するかを分析しています・・
ご関心ある方は、ぜひお読みください。
栗田参事官は、復興庁で忙しく仕事をしながら、東京大学公共政策大学院へも特任教授として講義に行っています。その精力的かつ多面的な活動に、脱帽します。
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地元のゴミ分別状況
杉並区の広報誌に、ゴミの分別状況が載っていました。それによると、杉並区(54万人)の1年間のゴミの量は、10万トンです。前年比で1%減少し、区民一人あたり、1日に541グラム出しているそうです。
他方、資源として回収されたものは4万トンもあります。内訳は、古紙が2万トン、ビンや缶が8千トン、プラスチックやペットボトルが7千トンなどです。新聞販売店が行っている古紙回収はこの外でしょうから、資源として回収されたものはこれより多いでしょう。
住民の協力で、これだけの成果が上がるのですね。
国内で満足し海外に攻めなかった製造業
6月15日日経新聞「迫真。テレビなぜ負けた」の第4回は「これでシャープに勝てる」でした。
シャープ亀山工場の建設が始まったのが、2002年。液晶パネルからテレビまでを一貫生産する、世界初の垂直統合型工場を造りました。最先端技術をブラックボックスに閉じ込め、韓国、台湾勢の追随を許さない戦略です。
しかしその頃、韓国サムスン電子は、全く違ったことを考えていました。「これでシャープに勝てるかもしれない」。この時、サムスンが恐れたのは、シャープが液晶テレビの海外生産に乗り出すことでした。しかし、海外に進出することはありませんでした。それは、パナソニック、キャノン、ホンダも同じで、国内で大型投資に踏み切っていました。
「日本のものづくりは強い」と自信を持ち、1ドル=100~113円の円安にも助けられ、ミニバブルに酔っていたようです。モーニング娘。が「日本の未来は、世界がうらやむ」と歌っていたのが、1999年でした。
また、日経新聞電子版、西條都夫編集委員の「内なる顧客とともに沈んだ日の丸半導体」(6月13日配信)は、日本企業の内向き体質が顕著になったのは、1990年前後のバブル期だと指摘しています。
日本の半導体製造業は強かったのですが、一方、半導体を購入する市場規模でも世界の40%を占めていました。半導体メーカーは、国内のお客に食い込んでおれば良かったのです。しかし、半導体のユーザーである日本の家電メーカーが弱くなると、日本の半導体メーカーは弱くなり、韓国や台湾企業に負けるようになりました。
つい数年前まで「日本のものづくりは世界一」と言われていたのですが、あっという間の変化です。日本のメーカーが変わったから、ではありません。変わらなかった、世界の動きについて行けなかったから、後れを取ったのです。
かつて「日本の官僚と行政は世界一」と言われていたのが、1990年代以降、大きく評価を下げました。これも、日本の官僚と行政が変わったからではなく、社会が変わっているのに、行政が変わらなかったからだと、「行政構造改革」で論じました(連載は、途中で中断したままです。反省)。
でも、悲観することはありません。いろんな製品や分野で、世界のトップグループにいます。欠点がわかったのですから、それを見直して、努力すればよいのです。
ウイルスの感染が人類を進化させた
すごくおもしろかったので、シャロン・モレアム著『迷惑な進化-病気の遺伝子はどこから来たのか』(2007年、日本放送出版協会)、フランク・ライアン著『破壊する創造者-ウイルスがヒトを進化させた』(2011年、早川書房)、山内一也著『ウイルスと地球生命』(2012年、岩波科学ライブラリー)を、立て続けに読みました。といっても、寝る前の布団の中で、他の本に道草を食ったりしているので、1か月くらいかかりました。
一つ目の本は、ある種類の病気になる遺伝子を持った家系・民族がいます。なぜ、そんな家系が続いてきたのか。それは、その病気の遺伝子が、別の病気を防いでいるという説です。
そして3冊とも、ウイルスが生物を、人類を含めて進化させてきたことを論じています。ヒトの遺伝子の多くの部分が、ウイルスが感染して残ったものであること。突然変異だけでなく、ウイルスが感染することで、遺伝子が合体し変化して、種が進化するのだそうです。へ~。
私の解説では、これらの本の内容を十分に伝えられないので、ご関心ある方は本をお読みください。
すると、進化の系統樹は、太い幹が順に枝分かれしたのではなく、いろんなところで「交差」することになります。
進化によって、いろいろな種ができ、置かれた環境で生き残ったものだけが、存在することになります。そのほかの多くが発育できないか、死に絶えます。こんな話を聞いていると、人類があるのは偶然であり、生き残っていることが奇跡であること、ウイルスにとって宿主(ヒトもその一つ)が死に絶えようが、病気になろうが「知ったことではない」こと、健康な状態は「希な」ことなどなど。考えさせられます。
日本語は特殊ではない
朝日新聞6月6日夕刊「ニッポン人脈記。日本語の海へ」から。
世界130言語を比べて、日本語は特殊な言語ではないのだそうです。例えば「私は本を読む」のように、主語・目的語・動詞の順になっているのは57言語。「I read a book」のように、主語・動詞・目的語の順は51言語で、ほぼ同じ。疑問文の場合、動詞と主語を倒置するのは、英語、ドイツ語、フランス語など11言語で、英語の方が変わっている。
日本語は珍しい特徴はないのに、日本語は特殊だといわれる。それは、「西欧を標準と見て、世界の他の言語とは比べなかった。日本語特殊説は、自分たちは特別という民族中心主義です」(角田太作先生)。