カテゴリーアーカイブ:社会の見方

事業にとっての適正な企業規模

2011年10月16日   岡本全勝

16日の朝日新聞経済欄、安井孝之編集委員の「波聞風問」は、「ものづくり―はやぶさからエアバスへ」でした。群馬県富岡市にある、重工大手のIHI(かつての石川島播磨重工業)の子会社「IHIエアロスペース」が、小惑星探査機「はやぶさ」を作り、エアバスの部品を作っている話です。
この会社の源流をさかのぼると、戦前は軍用機を作っていた中島飛行機で、戦後に解体され、その後、日産自動車の宇宙事業部門に引き継がれました。日産が経営不振になり、カルロス・ゴーン社長が事業の選択と集中を進め、航空宇宙事業は売りに出され、IHIが2000年に買い取りました。私が興味を持ったのは、次のようなくだりです。
・・担当部長は「航空宇宙事業は、自動車とは時間軸も規模も違う」と言う。今回のエアバス新型機への納入で、今後30年間で1兆5千億円の売上げを見込む。年間500億円の売上高は、IHIの航空宇宙事業の売上高3千億円にとっては大きな柱だが、日産の売上高の1%にも満たない。
それぞれの技術、商品には、それを育む適正な企業規模があるのだろう。大きな組織が、すべての先端技術を育てられるわけではない・・

なるほど、大企業の1%にいるよりも、それより小さな会社で存在感がある方が、うまく行くでしょうね。「企業は大きくなればよい、いろんな事業を抱えるのがよい」とは、言えないのですね。

法律の改正と法律の輸出。自信が遅れを作る

2011年10月8日   岡本全勝

内田貴著『民法改正―契約のルールが百年ぶりに変わる』(2011年、ちくま新書)が、勉強になります。現在進められている民法(契約法の部分)の大改正作業についての本ですが、最初に、民法とはどのような役割を果たしているか、社会における機能をわかりやすく解説してあります。経済と法、社会と法という観点から、民法をとらえています。大学生の時にこの本を読んでいたら、もっと頭に入ったのに。
詳しくは本を読んでもらうとして、ここでは、日本の民法が100年間も大きな改正なしに来たことや、輸出しなかったこと、国際共通化に遅れたことを、取り上げます。

契約法は、市民社会での取引を支えるインフラです。市場や国家が統合されると、あるいは統合する際に、民法典が定められることになります。ナポレオン法典、プロイセンドイツ、明治民法典です。経済のグローバル化が進むと、各国の契約法の共通化が必要になります。今、世界は、その時期を迎えています。

フランス民法典やドイツ民法典は、世界に輸出されました。明治日本も、ドイツ民法を輸入しました。しかし、日本はその後、日本民法の輸出に熱心ではありませんでした。最近は東南アジアで、法典作成のお手伝いをしていますが。
そして、国際取引法(ウィーン売買条約)の批准も遅れました。日本人法学者が事務局長を務めたのに、日本の大企業は、不要だと主張したそうです。
国際条約、契約法の国際標準化は、経済のインフラです。その作業に参加し、日本の主張を取り入れさせるか、他国がつくった制度を輸入する=従うか。日本企業にとっても、大きな違いです。
成功した組織が、新しい改革に乗り遅れる例ですね。民法典を100年間改正しなかったことも、法学界の内弁慶の表れでしょう。

日本企業の海外展開

2011年9月12日   岡本全勝

9月11日の日経新聞が、「内需産業も大航海時代。M&A活用、円高追い風」を解説していました。内需型の産業とされていた食品や日用品メーカーが、海外展開を加速している、という記事です。海外輸出を増やしているということではなく、現地企業を買収しているという話です。
薬品、食品、お酒、おむつ、化粧品などです。考えてみれば、日本国内の市場が飽和した段階で、海外に市場を求めることは、当然のことでした。電器製品や自動車など、輸出や海外生産に力を入れた産業もありました。
現地で販路を拡大するには、現地企業を買収し、ノウハウと販売店網を手に入れることが効率的です。日本の中で安住し、そのような戦略をとらなかったということでしょう。

海外展開に関して次のことも、紹介しておきましょう。7月19日の日経新聞は、日本企業が海外子会社の利益を、国内に環流させていることを伝えていました。2010年度では、利益の95%を親会社への配当という形で、国内に戻しています。この比率は、2008年度までは約5割でした。
リーマンショックの後、経済対策として、海外子会社から受け取った配当の95%を非課税とする税制改革をしました。それまでは、法人税率を適用していました。そこで企業は、高い税率を避けて、海外で得た利益は海外で再投資していたのです。
この改正によって、海外で得た利益が、日本に戻ってくるようになりました。その時点での税収は減りますが、国内に戻ったお金は、投資に回されるか株主に配当され国内の消費などに回ります。日本が豊かになり、景気が良くなります。税金は、その後に納めてもらえばよいのです。このような、税制の経済効果、政策税制もあるのです。

つながりによる経済への効果

2011年9月4日   岡本全勝

戸堂康之著『日本経済の底力』(2011年、中公新書)を、読みました。長期停滞を続ける日本経済、大震災後の日本の経済を立て直すには、どうすればよいのか。わかりやすかったです。
鍵は、グローバル化と産業集積であると、主張します。そして、もう一つ、これらの基礎にあるつながりの重要さを、指摘します(細かいことですが、目次の第4章「産業集績」は「産業集積」の間違いでしょうね)。

海外に輸出する、工場を造る、国際的共同研究をする、海外でサービス業を展開する、投資を呼び込む。これらが、日本企業を刺激し、成長をもたらすというのです。
地域の産業集積も、企業や研究者が近くにいることで、情報を得、刺激を受け、アイデアやヒントを得ることができます。それが、大きな効果を生みます。企業や研究者が「つながり」によって、新しい刺激を受けること。これが経済発展、研究開発をもたらします。

つながりといっても、仲間同士で内にこもっていては、よい効果は出ません。アイデアやヒントを求めている人にだけ、「違う世界」「違う考え」が、よい刺激になるのです。リンゴが落ちるのを見ていても、引力を見つけたのは、ニュートンだけでした。他方、あまり関係ない者がつながっても、これまた成果は少ないでしょう。

かつて経済学では、合理的行動をする経済人や企業を想定して、議論がなされましたが、近年では、制度や慣習の重要性が、指摘されています。経済主体だけでなく、その行動を制約する環境と条件です。そして制度や習慣が、簡単には変えることができないこと、そしていくつもの制度や慣習がお互いに依存しあっていることが、指摘されています。社会学では、当たり前のことだったのですがね。
その目に見えない制度と習慣をどう変えていくか。この「つながり」は、一つの視点だと思います。
もちろん、経済だけでなく、社会や政治の分野でも重要です。人はひとりでは生きていけない。安心できる社会は、できないのです。孤独死が明らかにしたことであり、マイケル・サンデル教授の政治哲学の視点です。

日本社会、信頼感の欠如?

2011年8月22日   岡本全勝

8月17日の日経新聞経済教室、ビル・エモットさんの「信頼と連帯感取り戻せ」から。
・・経済学とは、単に統計や方程式を扱う学問ではなく、根本的には人間の行動を研究する学問である。そして人間の行動では、心理的な要素が重要な役割を果たす・・
日本経済、いや東北の経済でさえ、東日本大震災で長期的に影響を被ると予想すべき理由は何もない。問題は、この「長期的」という概念である。この言葉は漠然としているが、重要な意味をはらんでいる。
英国が生んだ20世紀で最も著名な経済学者ケインズは、英国経済は30年代の大恐慌から「長期的には」立ち直るだろうと述べた批判論者に対し、「長期的にはわれわれは皆死んでいる」と答えた。言い換えれば、人の一生は短期間で終わると述べたのである。人間にとっては、数年かせいぜい10年の単位で短期的に起きることの方が、長期的に起きることよりも重要になる・・
(経済の回復について)ともかくそれは、人間心理と、そして国から市町村にいたる共同体の両方にまつわる問題となるだろう。
なぜ心理的かと言えば、震災後初の景気回復を経てから日本がたどる道のりでは、信頼感が決定的な要因となるからである。投資に対する企業の信頼感、将来に対する家計の信頼感である。そしてなぜ共同体かといえば、望ましい未来の実現に向けて何をすべきかの決定は、国か地方かを問わず、共同体全体で醸成されるコンセンサス(合意)の度合いに左右されるからである。そしてこの決定は、信頼感にも影響を及ぼす。
日本で政治が混迷しているのは、このコンセンサスと共同体の連帯感の欠如が原因である・・
大震災に関しては、国民は深い同情の念を共有している。だが、これから何をすべきかについて、何らかの強い感情が共有されているようには見えない・・

ごく一部を紹介しました。原文をお読みください。
私は、日本社会全体の信頼感が薄くなったとは、考えません。政治と経済について、うまく行っている時は国民は信頼する、うまく行っていない時は信頼しない、ということでしょう。学校や教師に対しても、同じです。古人曰く「金の切れ目が縁の切れ目」「苦しい時に分かる真の友」・・。
しかし、その信頼が薄くなると、社会や経済がうまく回らなくなり、さらに信頼がなくなるという悪循環に陥ります。もっとも、「信頼していない」という質問と答が成り立つのは、一定の信頼があるからです。全く信頼していないなら、そのような問いと答は成り立ちません。