カテゴリーアーカイブ:社会の見方

政治評論の役割

2014年1月22日   岡本全勝

御厨貴著『馬場恒吾の面目―危機の時代のリベラリスト』(文庫版、2013年、中公文庫)を読みました。
馬場恒吾は、1875年生まれ、1956年死去。20世紀前半のジャーナリストで、昭和前半を独立した政治評論家として活躍しました。戦後は、読売新聞社長を務めています。
勉強になったか所を、引用しておきます、
・・「戦後」70年近くになるが、今や「政治評論よ、何処へ行く」の感を深くする。55年体制と自民党一党優位体制の確立は、まちがいなく政治評論を不毛にした。では55年体制の崩壊とその後の「政治改革」の20年は、どうだっただろうか。いやいっこうに政治評論ははかばかしくなかった。
55年体制下で紡がれたのは、ミクロな政局の叙述と、マクロな政治の展望との二つに集約される議論であった。ミクロとマクロのつなぎの部分が実はない。ジャーナリズム出身者による政治評論はミクロを得意とし、アカデミズム出身者によるそれはマクロに傾斜した。知らず知らずのうちに、相互不可侵の態勢ができあがり、自己満足以上の成果はなく、現実政治に影響力を与える筆の力はなまくらなまま打ち過ぎた。
政治構造の転換を余儀なくされたこの「政治改革」の20年も、小選挙区・二大政党制・政権交代の三題話に収斂する政治評論しかなかった・・(p3、文庫版まえがき。なぜ今、馬場恒吾か―政治評論の復活のために)
この項続く。

国家はなぜ衰退するのか。制度の重要性

2014年1月19日   岡本全勝

ダロン・アセモグル、ジェイムズ・ロビンソン著『国家はなぜ衰退するのか―権力・繁栄・貧困の起源』(2013年、早川書房)を紹介します。貧しい国と豊かな国がなぜできるかについては、関心があるのですが、昨夏に出版されたときは、「いくつもある見方の一つだろう。まあいいや」と読みませんでした。書評で取り上げられていたので、年末年始の休みに読みました。
著者たちの主張は、経済的発展の違いは、地理的条件でも、気候の違いでも、文化の差でもない。為政者の無知でもない。問題なのは、政治経済の制度である、というものです。古代から現代まで、アフリカから中南米まで、具体的な例が豊富に検証されています。近いところでは、アメリカとメキシコの国境に接する2つの市や、韓国と北朝鮮が隣り合っていながら、なぜこれだけ経済発展に違いがあるのか。近代において、イギリス、アメリカ、日本などが経済発展に成功しながら、それまで栄えたスペイン、中南米、中国が取り残されたのか。
経済を発展させるのは、私有財産制度、自由主義市場経済であり、それを保障する民主主義が必要なのだということです。それら「制度」が組み込まれた社会が、発展するのだと主張します。独裁下や天然資源があることだけでは、一時的な発展はありますが、永続はしないのです。その主張には、納得できます。ご関心ある方は、お読みください。
ただし、次の2つの点を指摘しておきます。
一つは、このような経済発展と社会の安定は、近代と現代においてなり立つものであって、古代社会などに当てはめるのは無理があると思います。例えば、古代エジプトや平安時代の日本には、この物差しは当てはめられないでしょう。著者は、古代ローマやマヤ文明にも当てはめていますが、そこまで射程を広げると、「制度」の内容が曖昧になります。
二つ目は、文化の要素です。私は、拙著『新地方自治入門』で、地域の財産を、自然環境、公共施設、制度資本、関係資本、文化資本に分類しました(p190)。著者のいう「制度」は、私の分類では、公共施設と制度資本にかなり重なります。しかし、民主主義を支える意識や、治安の良さ、他人を信頼する関係など(関係資本と文化資本)は、民主主義や市場経済を支える重要な要素です。彼らが言う「制度」の重要性は否定しませんが、それを成り立たせるには、国民の「文化」が必要なのです。もちろん、これらの文化は、一定の経済発展があり、社会の安定があってこそ、育つのですが。
著者は、違いを「包括的な経済制度・政治制度」と、「収奪的な経済制度と政治制度」と表現していますが、これは、いささかわかりにくい表現です。全ての国民が権利を保障され、政治と経済活動に参加できる制度が確立していることを、指しているようです。「包括的」は、今はやりの日本語に言い換えると「包摂」(排除されない)かもしれません。
上下巻合わせて、約700ページです。これでもかこれでもかと、古今東西の実例が出てきます。それはそれで、なるほどと思うのですが、ふだん新書くらいしか読んでいない身には、重いです。「結論と概要だけを書いてくれないかな」と、身勝手なことを考えてしまいます。社会科学系の洋書は、和書に比べて分厚いですね。本屋の洋書売り場に行っても、その厚さと重さに感心します。

日本の生活文化を売り込む

2014年1月12日   岡本全勝

先日も、日本の生活文化を海外に売り込むための、「クールジャパン機構」を紹介しましたが、日本の良さを海外に売り込むことが関心を呼んでいます。
読売新聞は「ソフトパワーのつくり方」を連載していました。例えば1月9日(第6回)では、日本を訪れる外国人観光客が、物見遊山でなく、日本を体験することに関心を持ち満足していることを取り上げていました。ハレの場でなく、普段着の日本にも関心を持っているのです。いろんなものが独特の陳列をされている格安量販店のドン・キホーテ、浅草のカッパ橋道具街の食品見本(ロウ細工)、しかもそれを作る体験コースとか、観光果樹園のもぎ取り体験も。
観光庁の調査では、外国人が日本で満足した出来事は、次の通りです。生活文化体験が71%、歴史・伝統文化体験が、68%、自然・景勝地観光が63%、温泉入浴が57%、日本食が56%、繁華街の街歩きが53%、美術館・博物館が52%、買い物が52%、旅館に宿泊が42%です。
私も若い頃、海外旅行が珍しかったときに、ヨーロッパの観光地も行きたかったですが、町中でのレストランや商店での買い物がうれしかったです。もちろんそれには、日本にない「あこがれ」「珍しさ」が必要です。
NHKスペシャルも、ジャパン・ブランドを特集しています。かつて日本人が、ヨーロッパの暮らしにあこがれ、アメリカンライフにあこがれたと同じように、アジアの人たちが日本の生活文化をあこがれてくれると良いですね。

宗教が持つパワー

2014年1月10日   岡本全勝

松本佐保著『バチカン近現代史―ローマ教皇たちの近代との格闘』(2013年、中公新書)を、紹介します。
書評欄で、「バチカンが近代・世俗化・主権国家との戦いの中で、どのように生き残ったかを分析した書」という趣旨の解説があったので、「なるほど、そうか」と思って読みました。
世界史の授業では、中世のキリスト教(カトリック教会)の強さを習います。しかし、近代になって、イタリアが国家として成立していく過程で、そして各国で国教から外される過程で、どのように法王庁は生き残ったか、生き残りを試みたかは、習いません。
詳しくは本を読んでいただくとして、妥協や改革を拒否し孤立した教皇や、ときの政治に近寄りすぎる教皇も出てきます。共産圏崩壊に果たした役割も、解説で初めてわかりました。なかなか生々しいです。そして、新大陸での信者獲得が、そんなに新しいことではないことにも、驚きました。
いまなおバチカンは、大きなソフトパワーを持っています。チャーチルがカトリック教会のパワーを指摘した際に、ソ連の独裁者スターリンが、「教皇が何個師団持っているのだ?」と答えた逸話は、有名です。さて、軍隊に換算したら、いくらぐらいの兵力になるのでしょうか。
時と場合によっては、軍隊以上の力を持っていると思います。イスラム圏での、自爆テロを聞くたびに、自らの命をおしげなく捧げる宗教の強さと怖さがわかります。

日本は安定した社会、しかしマイナス面も

2014年1月8日   岡本全勝

1月7日の日経新聞経済教室、猪木武徳先生が「日本の針路」で、ロンドンの「エコノミスト誌」の記事を紹介しておられます。いま世界で、どの国が政治的に安定しているのか、社会の不安が小さいのかを探った報告です。
評価項目は5つ。第1は「社会的不安」で、核物質の取り扱いを巡る政府の管理能力。第2は、憲法体制が秩序ある政権交代を可能にしているか。第3は、政体を揺るがすような国際紛争に巻き込まれているか。第4は、現在あるいは将来の武力衝突の有無や可能性。第5は、デモや市民の暴力的集団活動があるかです。
調査結果では、日本は、世界第2位で「極めてリスクの低い国」です。他は、ノルウェー、スウェーデン、スイス、オーストリアなどです。社会の安定性は、世界に誇るべきことです。
ただし、それを手放しに喜んではいけないというのが、先生の主張です。すなわち、この安定した社会の中にいると、他の多くの国が大きな社会不安を抱えていることや、世界の政治が不安定である事実の認識を甘くします。そして、日本が活力のない国になってしまわないかという心配です。このあたりは、私が極めて単純化しているので、詳しくは原文をお読みください。
指摘の通りでしょう。ジャパン・アズ・ナンバーワンと慢心したところで、日本の発展は停滞しました。また、安定した社会に安住していると、変化や革新は起きません。若さは、エネルギーにあふれ、しかし不安定です。それに対し、成熟は、安定しますが、発展はありません。
そしてこの指摘に続いて、中国リスクを指摘しておられます。