カテゴリーアーカイブ:社会の見方

新聞報道を自己検証する

2014年4月26日   岡本全勝

尾関章著『科学をいまどう語るかー啓蒙から批評へ』(2013年、岩波書店)が勉強になりました。長年、朝日新聞科学部記者として勤めた著者が、福島第一原発事故をきっかけに、過去の朝日新聞の科学報道を検証したものです。自己評価、自己反省の書になっています。
まず、朝日新聞という日本の言論界で大きな位置を占めている組織の、自己評価であることが、大きな意味があります。
そして、率直に、過去の科学報道の欠点を述べています。それは、副題にもあるように、これまでの新聞による科学報道は啓蒙型のジャーナリズムであって、批評型のジャーナリズムでなかったという反省です。その結果、国策宣伝の一端を担った、しかし他の道もあったのではないかという反省です。その背景には、科学が社会を進歩させる、科学は善であるという思い込みが、続いていたからです。原子力発電、医療、宇宙開発など具体例で、検証しています。
この本は、一記者による検証ですが、組織として、新聞社や各編集部が、自らの報道を振り返って評価や反省することは、重要な意味をもつと思います。個別の記事の検証やこの1年の回顧でなく、中長期的な位置づけです。社会に大きな影響をもつ存在であるほど、それが必要でしょう。第3者を交えた評価も良いでしょう。
その点では、私たち官僚も、各省がこの半世紀、あるいはこの20年間に、何をして何をしなかったか、何に成功して何に失敗したかを、大きな視点から振り返る必要があると思っています。もちろん、自己評価は難しいです。よいことばかりが書かれて、不利な評価はあまり期待できません。しかし、今後も国民の期待に応えていくならば、何がよかって何が足らなかったということの反省に立って、次の仕事を組み立てる必要があります。
かつて連載「行政構造改革―日本の行政と官僚の未来」で、官僚の失敗と官僚制の限界を論じたことがあります。もちろん、現役官僚が一人で検証するには、大きすぎるテーマですが、議論のきっかけになると思って試みました。途中で、総理秘書官になって忙しくて中断してしまいました。

経済成長を支えた工業高校卒業生

2014年4月26日   岡本全勝

加藤忠一さんから、御著書『高度経済成長を支えた昭和30年代の工業高校卒業生』(2014年、ブイツーソリューション)をいただきました。著者の加藤さんは、昭和35年に福井工業高校を卒業されました。大学を経て、富士製鉄(後の新日鉄。現在の新日鉄住金)に勤められ、鉄鋼研究所長などを歴任された技術者です。
ある日、加藤さんから、「岡本のホームページの記述を引用したいので、許可を得たい」という趣旨の電子メールが届きました。引用か所は、「戦後日本の経済成長、GDPの軌跡と諸外国比較」の図です。本の第1章1の書き出しで、高度経済成長を説明する際に、私のこの図を使ってくださったのです。光栄なことなので、喜んで使っていただきました。
全く存じ上げない方です。「ところで、どのようにして、私のホームページの記述を見つけられましたか?」とうかがうと、「インターネットで探した」とのことでした。
ご本は大部なもので、かつユニークです。第1部では、高度経済成長期に、工業高校教育が果たした役割、そして卒業生がどこに就職しどのような貢献をしたかの分析です。第2部は、78人の方が寄稿された「自分史」です。第3部は、大卒の人から見た工業高校卒業生の評価です。単なる回顧録ではありません。
昭和30年代の工業高校卒業生は、総数120万人と推計されるそうです。この方々の活躍なくしては、戦後の工業化、そして高度経済成長はなかったのでしょう。産業史、社会史論です。まさにその時代を生きた方々でなくては、書くことのできなかった研究書でしょう。
全国の工業高校や県立図書館寄贈されたとのことです。600ページを超える大部の本なのに、2,160円で買うことができます。ご関心ある方は、どうぞお買い求めください。

ウクライナの歴史

2014年4月24日   岡本全勝

黒川祐次著『物語ウクライナの歴史-ヨーロッパ最後の大国』(2002年、中公新書)を読みました。読みやすく、勉強になります。
1991年、ソビエト連邦の崩壊で、ウクライナが独立します。5,000万人の大国が、出現したのです。この人数は、ヨーロッパではロシア、ドイツ、イギリス、イタリア、フランスに次いで多いです。日本にはなじみがない国ですが、チェルノブイリ原発事故が起きた国です。
しかし、歴史は古く、ロシア発祥の地でもあります。それが、その後、ロシア、ポーランド、オーストリア、イスラム国家の間で戦争に巻き込まれ、占領され、大変な苦労の道を歩みます。耕地面積が日本の2倍ある農業国で、かつ旧ソ連時代は大工業地帯でした。それが故に、大国の争奪戦に巻き込まれたのです。勉強になります。

65歳は高齢者か

2014年4月23日   岡本全勝

高齢者の定義を見直してはどうか、という議論があります。
例えば、4月4日の日経新聞経済教室、金子隆一・国立社会保障・人口問題研究所副所長の「高齢の定義、見直しの時」。
そこで提案されているのは、「平均余命等価年齢」という指標で、高齢化を捉えるものです。すなわち、1960年当時は、65歳での平均余命は男性11.6年、女性14.1年でした。それぞれあと、12年、14年生きることができました。その後、平均寿命が延びたので、それを2010年時点に置き換えると(同じだけの平均余命の歳は)、男性は75歳、女性が77歳になります。
個人差があるので、一般化や平均は慎重に議論しなければなりませんが、この説は納得できます。
かつては、60歳はおじいさんやおばあさんで、見るからに年寄りでした。今、60歳の人に「おじいさん」とか「おばあさん」と呼びかけたら、殴られますよ。
「年齢に0.8をかけた年が、かつての年齢に相当する」という説もあります。それだと、60歳×0.8=48歳。81歳×0.8=65歳です。これはちょっときつすぎるとして、0.9だと、60歳×0.9=54歳。70歳×0.9=63歳です。昔は多くの職場で55歳定年だったのが、60歳定年に伸びました。現在は、65歳へ引き上げつつあります。しかし、単純に定年を引き上げることは、後輩たちから、「早く席を譲ってくれ」と苦情が出そうです。

愛国心、いびつな言説はメディアにも責任、3

2014年4月22日   岡本全勝

「相当な覚悟としたたかさが必要ですね。日本にできますか」という問に。
・・もちろんできます。ここでも現代日本を過小評価してきたメディアの責任は大きい。日本のメディアはあまりに悲観的です。世の中には楽観的な事実も悲観的な事実も無数にある。そこから何を選び、どんな論調をつくるかは、ジャーナリズムの責任です。ひたすら悲観的な論調で日本の世論を暗くし、イメージを傷つけるべきではありません。
社会が暗くなると人々に自虐的な思考が広がる一方、不満をためた人たちは過去の栄光にすがる。日本の良いところをきちんと評価し、健全なプライドをメディアが意識して育てないと、人々はゆがんだプライドを求めるようになります。それが「大東亜戦争」を肯定したり、慰安婦問題で居直ったりという行動につながってしまうのです・・
「しかし現状を肯定するばかりでは、メディアの責任を果たすことはできません」との、記者の反論に対して。
・・権力監視や現状の批判は必要ですが、現在のあまりに硬直的な悲観主義や否定・他罰的傾向を見直してはどうかと言っているのです。それは政府や社会に対してだけでなく、メディア相互の関係でも言えることでしょう。例えば朝日新聞と読売新聞の論調は互いに批判しあう関係ですが、むしろ両者が共有できる部分を大事にするべきでしょう・・
「日本人は健全な愛国心を持てますか」
・・戦後日本の歩みは世界で類をみないほどの成功物語でした。日本にはそれだけの力がある。どんな人間だって「誇り」という形で自分の存在理由を見つけたい。メディアがそれを示し、バランスのとれた議論を展開すれば、日本社会は必ず健全さを取り戻すと信じています・・