カテゴリーアーカイブ:社会の見方

税制の社会的機能

2015年2月2日   岡本全勝

毎年末に税制が議論され、改正方針が決まります。もちろん、どれだけの税収を得るかという課題の他に、社会の変化にどう対応するか、またその税制によって特定の政策を誘導することが課題になります。
ところで、かつて「庶民の税金を安くするために、大企業に多く課税すればよい」という主張がありました。今となっては、お気楽な主張でした。近年のように、企業が国際的に活動するようになると、法人課税を高くすると、企業は本社や工場を国外に移転させます。よって、各国で法人課税の引き下げ競争が起きています。
「金持ちから取ればよい」という主張もありました。これも、同様です。あまり高くすると、金持ちは国外に逃げるでしょう。いえ、既に逃げている人もいるようです。しかし、格差問題が焦点になっています。その際には、所得(稼いだ額)に対しどのような累進税率にするのか、資産(持っている財産)に対してどのような税金をかけるかが、課題になります(ピケティ氏の主張)。
このほか、排気ガスがクリーンな車の税金を安くして環境に優しくすること。住宅ローン控除を多くして住宅建築を促進すること。企業誘致や投資のために減税が利用されることなど。税金の社会的機能は多岐にわたっています。配偶者控除が専業主婦に有利になっていること、またその控除金額がパートに出るか出ないかの決め手になることも指摘されています。関税が、収入確保より国内産業を保護の観点から議論されること(TPP交渉)。住宅が建っている土地の固定資産税を減免していますが、このことで空き家がそのまま放置されます。
意図した社会的機能とともに、意図せざる機能もあります。税制の教科書や解説書には、どのようなモノやコトにどれくらいの税金をかけるか、そしてどれくらいの税収が上がっているかが解説されていますが、このような説明も必要です。

世界の首脳の連帯を映像で見せる

2015年1月30日   岡本全勝

朝日新聞1月29日オピニオン欄に、森達也さんが「対テロ、多様な視点示せ」を書いておられます。本旨と少し外れたところを、紹介します。
・・仏週刊新聞シャルリー・エブドへの襲撃事件直後、テロに抗議する大規模なデモ行進が行われたフランスに、世界40カ国以上の首脳が駆けつけた。「私はシャルリー」と書かれたプラカードを掲げながら「表現の自由を守れ」と叫ぶデモの様子は、最前列で腕を組みながら歩く各国首脳たちの映像と相まって、世界中に連帯の強さを印象づけた・・
・・実のところ各国首脳たちは、デモの最前列を歩いてなどいなかった。デモ翌日の英インディペンデント紙(電子版)に、首脳たちの行進を少し上から撮った写真が掲載された。見た人は仰天したはずだ。首脳たちは通りを封鎖した一角で腕を組んでいた。後ろにいるのは市民ではなく、数十人の私服のSPや政府関係者だ。つまり首脳たちは市民デモを率いてはいない。
ただしメディアが嘘をついたわけではない。首脳たちが市民デモの最前列で歩いたとは伝えていない。記事を読んだり映像を見たりした僕たちが、勝手にそう思い込んだだけだ・・
私も、この画像を見て、変だと思いました。職業病で、総理を危ないところに出してはいけないと考えます。ましてや、直近にテロが起こったところで、世界各国の首脳が集まるのです。テロリストにとってこんな「標的」は、めったにありません。近づかなくても、飛び道具を使えばよいし、命中しなくても近くで爆発すればよいのです。各国の要人警護担当が、よくまあこんな危ないことを許したなあと、疑問に思っていました。この解説で、納得しました。

ブランド商品から見た日本社会の変化

2015年1月27日   岡本全勝

1月25日の日経新聞「そこが知りたい」は、フランスのクリスチャンディオールクチュール社長のインタビューでした。
まず日本市場の変化について。
・・この10年間で激変した。働く女性が増えたことが大きく影響している。かつては女性は25歳までOLとして働いた後は結婚して家庭に入った。お客さんとして戻るのは50歳を過ぎてからで、売れたのは圧倒的にバッグだった。
今の女性は結婚後も仕事を続け、各国の服に目を向けるので衣料品が売れるようになった。1980年代はパリや香港に旅行してブランド品を購入していたが、今は国内で買っている。円安が進み、中国や欧州からの観光客も日本でブランド品を買うようになった・・
一部の富裕層が支えているとの見方があることについて。
・・世界中で経済的な格差が広がり、金持ちがより金持ちになったことは確かだ・・日本の百貨店ではハイエンドなブランドは好調だが、中間価格帯のブランドが伸びない。中間層の所得が増えないのが問題だ・・

経済成長を問い直す。2

2015年1月26日   岡本全勝

昨日の続きです。記事のなかで、待鳥先生の主張が参考になります。
・・・しかし、経済成長を社会変化の原因と見なすだけで良いのだろうか。基本的で素朴な議論になるが、ここではあえて、経済成長そのものが人々の行動の結果だという観点を改めて強調しておきたい。
近代以降の経済成長に大きな役割を果たした要因の一つは、技術革新だとされる。技術革新の背景には、現場での創意工夫から研究室での理論構築や実験まで、無数の人々が自由な着想を自分の仕事に生かそうとした行動があった。経済成長はそれらが集積した結果だった。このような行動を許容し、促したのは、社会が全体として持ち始めた自由であった。身分による縛り、迷信などを含む古い価値観の制約などから解放され、人々が自由になったことが近代社会の大きな特徴だが、それはやがて、自由になった人々が何を追求するのかも自由だ、という発想にもつながっていった。幸福追求権である。その中で、積極的かつ自由に経済活動にいそしみ、豊かになろうとすることも、幸福追求の一環として理解されるようになった・・・
さて、少し政治学や社会学に、話を発展させましょう。
日本が経済成長に成功したのは、先進諸国をお手本に追いかけたからです。しかし、それだけでは、世界中の後進国の多くが最近まで、なぜ日本のように成功しなかったのかの答にはなりません。「日本人が優秀だから」は一つの答ですが、すると近年になって成長著しい新興国は、最近になって国民が優秀になったのでしょうか。日本人は、江戸時代は劣っていて、明治になって優秀になったのでしょうか。違うでしょう。
向上心を持って努力する国民性は、この大きな要素です。しかし、それを持つことができる社会、それを許す社会が、それ以上に必要なのです。江戸時代と明治以降の違いです。各人が、自由に学問や職業を選ぶことができる社会。個人の立身出世が、社会の発展に組み込まれたことが、日本社会を躍動的なものにしました。田舎の農家の子弟が、才能に恵まれ、努力すれば(そして運がよければ)、大学教授(博士)にも、大会社の社長(実業家)にも、政治家(大臣)にもなれたのです。もちろん、経済事情や家庭の事情で、完全に自由であったわけではありません。
そこには、自由と平等、努力できる社会が、日本の経済発展の基礎にあったのです。各人の欲望の解き放ちがあり、それが社会に組み込まれたのです。明治維新を成し遂げた元勲とその後を担った政財界の大立て者も、江戸時代に生まれていたら、単なる変わり者だったでしょう。
社会の安定や個人の幸せを考えた時に、経済成長率の大小以上に、このような自由で平等な社会が重要です。そのような観点からは、戦後日本の発展を支えたこのような社会的条件が失われていないか。若者に夢と活力を失わせていないかが、心配です。それは格差の固定であり、子どもの貧困であり、家庭を持てない非正規雇用などの問題です。これは、経済と経済学の問題ではなく、政治(学)と社会(学)の問題です。

経済成長を問い直す

2015年1月25日   岡本全勝

朝日新聞オピニオン欄は、1月23日24日と「経済成長を問い直す」を特集していました。有識者9人と記者による議論です。様々な見方が出されていて、勉強になります。簡潔なので、読みやすいです。いろいろと、考えるきっかけになります。私は、次のように考えています。
近代に入って、急速に経済成長が進みました。それは、科学技術が進歩したからですが、それを求めた社会があったからです。すなわち、豊かになりたいという願望、それは現代とは比べものにならない貧困や病気に悩む現実がありました。そして、自然は神が支配するのではなく、科学技術によって人類が理解でき、進化させることができるという社会の見方の革命が、歴史を変えました。
さて、西欧先進国に遅れて、この経済成長社会に参入した日本は、明治以来の「追いつけ追い越せ」努力において大成功し、世界トップクラスの豊かな社会を作りました。明治憲法にも昭和憲法にも書かれていませんが、日本国憲法の第1条は「欧米を見習って豊かになること」でした。
ところが、豊かさという目標を達成すると、経済成長は第一の目標になりません。かつて自動車を持ちたいという願望は強く、まずは軽自動車を。それを手に入れたら次はカローラ、そしていつかはクラウンでした。でも、その次は・・。日本の迷いの時代が始まりました。他方で、世界的に低成長、デフレの時代になりました。どうやら、日本だけが特殊な「失われた20年」ではなかったようです。
経済や財政は幸せになるための手段であって、目標ではありません。豊かさも人類にとって重要な目標ですが、それだけが人生の目標でもなく、社会の目的でもありません。他方、豊かで平等な日本を作ったと満足していましたが、日本社会や地域社会を見なおすと、格差、地域の疲弊、若者の非正規雇用、子どもの虐待など様々な問題が生じていました。これらの解決にも、経済成長は必要でしょう。しかし、それだけでは解決しません。拙著『新地方自治入門-行政の現在と未来』以来の、私の考えです。