私は、毎日の通勤に地下鉄を使っています。丸ノ内線も混雑しますが、銀座線はすごいです。銀座線の車両は小さく、短いようです。車内のポスターに「銀座線全面リニューアル」と載っていました。少しは混雑が緩和するのかなと思いましたが、違いました。ホームドアやトイレの改修だそうです。それもうれしいですが、乗客は混雑緩和を一番望んでいると思います。
混雑時にこれ以上列車の本数を増やすことは難しく、連結する車両を増やすしかないのでしょう。プラットフォームを延長する工事は、お金がかかるのでしょうね。
カテゴリーアーカイブ:社会の見方
感染症との戦い
石弘之著『感染症の世界史―人類と病気の果てしない戦い』(2014年、洋泉社)が、勉強になりました。スリリングでさえあります。人類がこれまで、いかに多くのまた強い感染症と闘ってきたか。大勢の死者を出しつつ、ここまで生き延びてこられたことが、奇跡のように思えます。
ウイルス、細菌、寄生虫によって、マラリア、コレラ、ペスト、インフルエンザ、はしか、風疹、結核。最近では、エイズ、デング熱、エボラ出血熱といった多くの患者や死者を出す感染症が人類を襲います。薬剤を開発したら、それに抵抗力を持った微生物(耐性菌)が生まれてと、人類と微生物との果てしない戦いが続いています。もっとも、人間中心でない視点で見ると、微生物と人類(及び他の動物)の「共生」の歴史です。
戦争で亡くなった多くが、戦闘ではなく感染症だったこと。動物のうち一番危険なのは、蚊であること。感染症で亡くなった有名人など。へ~と思うことが、たくさん書いてあります。
朝日新聞、報道検証第三者委員会報告、4
同じく、「14 問題点の指摘と第三者委員会のからの提言、(1)報道のあり方について」(p85)に、次のような指摘があります。
ア 前提とする事実の存否及び事実の意味についての吟味の必要性の自覚
新聞報道のうち、事件・事故を取材した記事ではなく、いわゆる企画記事、調査報道などは、その企画趣旨に沿う情報を収集、選択して報道することになる・・
イ 先入観が事実の選択を誤らせることの自覚
・・朝日新聞の記者は、上記の基本的な報道のあり方について今一度思いを致し、取材対象を相対化する目をもち続け、自己の先入観や思い込みをなるべく糺すと共に、一方的な事実の見方をしないよう努める必要がある・・
岡本行夫委員は、個別意見で次のように述べています。
・・当委員会のヒアリングを含め、何人もの朝日社員から「角度をつける」という言葉を聞いた。「事実を伝えるだけでは報道にならない、朝日新聞としての方向性をつけて、初めて見出しがつく」と。事実だけでは記事にならないという認識に驚いた。
だから、出来事には朝日新聞の方向性に沿うように「角度」がつけられて報道される。慰安婦問題だけではない。原発、防衛・日米安保、集団的自衛権、秘密保護、増税、等々・・
多くの読者が、各新聞社の報道ぶりについて、「色がついている」と考えているのではないでしょうか。朝日新聞と産経新聞では違いがあることを、多くの国民は認識しています。さて、各新聞の主義主張と、客観性・中立性をどのように折り合いを付けるか。まず、限られた紙面にどの情報を載せるかという選択の際に、完全な中立性はあり得ません。記事だけをとれば「客観的」であっても、取捨選択の際に中立ではなくなるのです。他方で、主義主張だけを書くと、それは政党の機関誌になります。一つの道は、「我が社は、保守寄りです」とか「中道を目指していますが、やや革新的です」と、立ち位置を明らかにすることでしょう。
ところで、 「革新と保守」という分類もあいまいです。これまでの日本では、簡単に言うと「憲法を守れ」と主張するのが「革新」で、「変えよう」というのが「保守」でしたから、この表現も適切ではありません。「反政府」と「そこまでは言わない」という分類や、「何でも反対」と「是々非々」という分類もあります。
朝日新聞、報道検証第三者委員会報告、3
1月2日の記事で「問題を起こした組織が自ら検証をせず、他者に委ねることの問題」を指摘しました。これに関して、委員の個別意見で、田原総一郎委員が、次のように指摘しています(報告書15 個別意見 p95)。
まず、幹部の責任について。
・・なぜ誤った情報を与えた加害者として謝罪しなかったのか・・報告書では、経営幹部が判断したと記しているが、当初は入っていた謝罪文言を外す判断をしたのは経営の最高幹部である。
話が飛躍するが、池上彰氏のコラムについても、担当者やGE、そしてGMは掲載することで問題はないと判断したようだ。ところが、吉田証言問題と同様に、「経営上の危機管理の観点」から、経営の最高幹部が掲載しないと判断したのであった。
そして最高幹部は、私たち第三者委員会が提言を出す以前に辞任してしまった・・
次に、編集部門の責任について。
・・編集上の問題に、経営最高幹部が介入したことに対する批判はあるだろうが、私は編集部門のスタッフが、表現は下品だが、最高幹部と身体を張った議論が出来なかったことこそが朝日新聞の問題体質であり、最高幹部が辞任しただけでは体質改革にはならないのではないかと強く感じている・・
朝日新聞、報道検証第三者委員会報告、2
同じく、14 問題点の指摘と第三者委員会のからの提言、「(3)取材チームの編成の開示、署名記事及び社説執筆者の明示について」(p89)に、次のような記述があります。
・・また、今回の検証では、ついに筆者の特定できない記事もあった。その点も考えると、継続性のある重要な報道に際しては、その都度取材チームの編成、および執筆記者名を明らかにするなど、より透明性のある編集体制を望みたい・・
・・社説についても、論説委員らの合議によって内容を決定するため、執筆者個人の意見の表明ではないというが、専門分野をもつ執筆者の意見が中心であって、その氏名を記載して文責を明らかにした方が妥当なものもあろうから、責任を明確にするためにも、可能な限り執筆者は特定することを検討すべきであろう・・
私も、かねてこの2点を主張しています。特に、社説はどのような位置づけなのか、よくわかりません。察するに「論説委員の合議意見」のようです。それよりは、「論説委員の合議により、××委員が責任執筆した」という方が、責任の所在が明確になると思います。