カテゴリーアーカイブ:社会の見方

中世と近代との違い、ものの認識、2

2015年3月25日   岡本全勝

司馬遼太郎著『明治国家のこと』(2015年、ちくま文庫)、「ポーツマスにて」の続きです。p99。日露戦争後のポーツマス条約について。
・・ロシアからもっとふんだくれるかと思っていた群衆が、意外ととりぶんのすくない講和条約に激昂して暴動化した。
「群衆」
これも近代の産物である。江戸期の一揆は、飢えとか重税とか、形而下的なものでおこった。
ところが、明治38年に、ポーツマス条約に反対した「群衆」は、国家的利己主義という多分に「観念的」なもので大興奮を発した。日本はじまって以来の異質さといっていい。中世では個々の人間が激情に支配されたが、近代にあっては個々のなかではむしろそういう感情が閉塞し、どういうわけか集団になった時に爆発する。中世の激情が集団の中でよみがえるといっていい・・・

中世と近代との違い、ものの認識。司馬遼太郎さん

2015年3月22日   岡本全勝

司馬遼太郎著『明治国家のこと』(2015年、ちくま文庫)、「ポーツマスにて」p98。
・・中世という時代規定はあいまいだが、私のイメージでは、西洋・日本をとわず、人間が、しばしば激情に身をまかせた時代といったふうな印象がある。
さらには、中世にあっては、モノやコト、あるいは他者についての質量や事情の認識があいまいで、そこからうまれる物語も、また外界の情景も、多分にオトギバナシのように荒唐無稽だった。人知が未発達だったということではない。そういう認識の空白のぶんを大小の宗教がうずめていた・・
・・近代においては、社会をおおった商品経済(貨幣経済)が、人間をそれ以前の人間と訣別させた。学校ではなく、社会が、モノやコト、あるいは自他を見る目を育てたのである。
このことは、日本ではすでに江戸中期において、物を質と量で把握し、社会のできごとを商品の流通を見るような冷徹さで観察できるようになっていた。また貸借という行為によって、ヨーロッパにおける意味とはやや異なるものの、個人という意識を成立させた・・

復興支援、新しいかたち

2015年3月8日   岡本全勝

今回の大震災では、企業やNPOが、復興の支援をしてくださっています。それも、義援金や物資の提供に終わらず、復興過程での「新しい支援」です。
日経グローカル」3月2日号が、「人材育成や起業、NPO・企業が連携」という特集を組んでいます。例えば、女川町の水産加工従業員らを、大企業に短期間受け入れてもらって研修を受けている例。これは、NPO「アスヘノキボウ」が、経済同友会や企業の協力を得て行っています。民間の職員だけでなく、役場職員も参加して、マネージメントやマーケティングを学んでいます。そのほか、具体事例がたくさん載っています。
「新しい支援」と言ったのは、「従来の支援」=物や金の支援ではないことです。人によるノウハウの提供や、問題解決への参加です。これは、「従来の支援」とは違い、難しいです。まず、どこで何が問題になっているかを知る必要があります。そして、誰が何を提供できるか、それを探す必要があります。そして、受け入れ側の信頼が必要であり、継続が必要です。
支援するものが、モノから人・ノウハウへ変化しています。そして、「渡せば終わり」から「引き続き参画すること」への転換です。かつて拙著『新地方自治入門』で、地方自治のあり方の変化を「モノとサービスの20世紀から、関係と参加の21世紀へです」と表現しました。それに通じます(同じことを言い続けていると言うことですね。苦笑)。

レジ袋の削減

2015年2月22日   岡本全勝

杉並区では、レジ袋の削減に取り組んでいます。買い物かごを持ってきたりして、レジ袋を受け取らない「マイバッグ持参率」60%を達成した商店を公表しています。区内で年間1千万枚以上のレジ袋を削減したそうです。「広報すぎなみ」2月21日号p6
私の行くクイーンズ伊勢丹新高円寺店は、78%です。レジ袋をもらおうとすると、1枚につき3円かかります。また、この店頭には、牛乳パックや発泡スチロールの皿(食品トレー)などの回収箱も置いてあり、1か月間の回収枚数が表示されています。これも、大変な枚数です。「捨てればゴミ、分ければ資源」ですね。

船曳建夫先生。異郷の土地柄、そして変化

2015年2月16日   岡本全勝

船曳建夫著『旅する知』(2014年、海竜社)が、興味深かったです。船曳先生は、文化人類学者で元東京大学教授です。先生が若き日に訪ね暮らした5つの町を、後に再訪し、その変化と変わらないところを考察された、旅行記であり社会観察の書です。5つの町は、サンクトペテルブルク(ロシア)、ニューヨーク(アメリカ)、パリ(フランス)、ソウル(韓国)、ケンブリッジ(イギリス)です。
先生が暮らした体験に基づく考察なので、紀行であり、厳密な社会学的分析ではないのかもしれません。しかし、深夜のサンクトペテルブルクで、劇場からの帰りに感じた怖さ。豊かで(所持金の範囲で)自由なニューヨークで感じるアメリカの不安。パリの高名な哲学者やケンブリッジ大学のノーベル賞受賞者の暮らしから見えるその地の社会構造など。住んでみて経験しないとわからない、その地の土地柄が鋭く指摘されています。このような社会の構造というより、国柄であり肌で感じる感覚は、どのように表現したらよいのでしょうか。司馬遼太郎さんが名づけた「この国のかたち」でもなく、日常生活での人と人との関係・付き合いの風習です。社会学の教科書には出てこず、小説やエッセイにしか出てこない「肌触り」です。多くの人が感じることです。しかし、それを鋭く分析して文章にすることは、先生のような文化人類学者にしかできないことなのでしょう。
そして、5つの都市の違いより、40年を経たそれぞれの都市の変化や世界の変化が指摘されています。「100年変わらないロシア」という指摘もありますが。先生の感傷旅行、エッセイでありながら、鋭い社会分析の書になっています。また、このような目で見ると、40年前の日本と現在の日本は、どのように分析されるのでしょうか。