カテゴリーアーカイブ:社会の見方

賛成と反対の議論を載せる、良識ある報道機関

2015年5月21日   岡本全勝

五百旗頭先生が、「間違いなく新しいまちづくりがスタートしている。それは昨14年に本格化したが、不思議なことにメディアはあまり報道せず、したがって国民的認識になっていない」と、書いてくださいました(2015年5月21日)。先生が書いておられるように、事業が進んだり、復興が進んでも、日本のマスコミはそれを書いてくれません。逆に、うまくいかないことを中心に報道します。現地を見ない多くの国民は、それを読んで、「復興は進んでいないんだ」と思います。
ところで、河北新報の報道には、敬意を表します。河北新報は東北のブロック紙です。後期5か年事業見通しについて、どちらかといえば地方負担導入反対の論調のようです。しかし、今週3日にわたって連載したインタビューは、賛成と反対の両方の論者の意見を載せています。ありがとうございます。

5月18日、(被災地首長)佐藤仁・南三陸町長
5月19日、(元別の地域の首長)寺田典城・参議院議員
5月20日、(学者)和田明子・東北公益文科大教授

近世の村社会、石高による統治

2015年5月1日   岡本全勝

水本邦彦著『村 百姓たちの近世』(2015年、岩波新書)が、面白くて勉強になりました。この本は、日本近世史シリーズの1冊ですが、日本の村がどのようなものであったかを、古地図や古文書を読み解いて、描いています。村というと、古くさく貧しいという印象を持ちがちですが、そうではありません。もちろん、新書版なので、村の暮らしのすべてが紹介されているわけではありません。例えば冠婚葬祭などは、でてきません。
本書の視点は、全国の村が、米の生産量で把握され、統治されることです。中には、一つの村が、いくつかの領主に分割統治されることもあります。相給村というのだそうです。飛び地が入り交じります。権力者の歴史より、このような視点の歴史は、面白いですね。お薦めです。1月以上前に読んで、いろいろと印象に残ったことがあったのですが、忘れてしまいました。反省。

歴史の解釈、政治からの自由と政治からの押しつけ

2015年4月27日   岡本全勝

読売新聞1面コラム「地球を読む」4月26日は、山内昌之明治大学教授の「戦後70年、和解阻む歴史の政治利用」でした。
・・・世界のどの国にも自由に歴史を解釈する権利がある。しかし、自由に歴史を研究する権利を認めない政治体制は、公式のイデオロギーや公権力の統制によって国民の歴史認識を上から支配する。他方、事実でなく、強烈な思いこみや誇張を含めた物語として歴史を作る国も存在する。
中国共産党の激しい権力闘争や、韓国社会の時に非理性的な世論の下では、国内や国際舞台での争いを有利に進めるため、日本の過去を批判し続ける形で外交に歴史が持ち込まれる。自国については善行や美事だけを力説し、日本の過誤や悪事をことさらに強調する姿勢を見ると、唐代の史書「史通」を思い出す・・・
・・・中国と韓国では、歴史の解釈を古典的な「名教」(人の道を明らかにする教え)と考えがちなのだろう。いわゆる従軍慰安婦問題や南京事件についても、旧日本軍の関与の有無や死者の実数ではなく、自分たちの求める「事件」を想像させる現象があれば、それによって歴史を作れると信じているのだ。史実の学問的究明よりも、外交や宣伝戦でいかに効果的に歴史を利用するかという政治手法を優先させるからでもある・・・
・・・日本が戦後歩んできた平和国家としての実績を反省や謝罪の表れと認めない一方、大躍進や文化大革命、天安門事件で傷ついた同胞の悲運や死者数の実数を公表できないような歴史認識は不幸である・・・
歴史は、誰が解釈するのか。政府・政治は、それとどのような関係に立つのか。事実の探求だけでなく、事実の記述でもない場合があることがわかります。歴史とは何か。これは、E・H・カーの名著の表題ですが、自由な歴史解釈と政治によるあるいは政治の色がついた解釈との違いがわかります。その意味で、「歴史とは何か」についての、わかりやすい解説です。詳しくは、原文をお読みください。

中国の難しさ、司馬遼太郎さん

2015年4月23日   岡本全勝

昨日の続きです。司馬遼太郎著『明治国家のこと』、「『坂の上の雲』秘話」p148~。
・・・そして、その学者は、逆に質問したのです。
「ヨーロッパは方言によって国ができています。どうして中国も方言ごとに、広東国とか四川国とかできなかったんでしょう。それなら隣国にとって大きな圧迫にならないのに」
そう言うと、シラクさんは練達の政治家ですね、こう言われた。
「ドクター、恐ろしいことをおっしゃいます。日本がいくつできると思いますか」
つまり国家には、適正サイズがあるということでしょうね。フランスもイギリスも大きな国ではありません。日本も適正サイズでした。中国は大きすぎる。そのことをわかってやらなくてはならない・・・

韓国の難しさ、司馬遼太郎さん

2015年4月22日   岡本全勝

今日は趣向を変えて、久しぶりに読んだ本から。1か月以上前に読んだのですが・・。パソコンの前には、そんな本がいくつも積み上がっています(反省)。司馬遼太郎著『明治国家のこと』(2015年、ちくま文庫)、「『坂の上の雲』秘話」(1994年、海上自衛隊幹部学校での講演)からp147~。
・・・シラクさんというフランスの政治家がいますね。私の友達で姜在彦(カン ジェオン)博士(花園大学教授)という人がいます。その友人のある学者が、シラクさんに会ったことがあります。シラクさんが言いました。
「どの民族にも、その地理的環境によって永遠の問題、苦しみがありますが、韓国にとっては何ですか」
「中国です」
韓国人の学者は答え、続けました。
「頭の上にあんなに大きな国が、古代からのしかかっている。中国の文化を取り入れなければ、中国から襲われそうです。中国に甘い顔をしていれば、植民地にされるかもしれない。近代に入って中国の文化が停滞すれば、韓国も自然と世界からは遅れる。韓国は中国に対してずっと、アンビバレント(二律背反)な心を持ってきました」・・・この項続く