カテゴリーアーカイブ:社会の見方

日本経済の変化、モノの輸出から海外配当収入で稼ぐ

2015年2月15日   岡本全勝

2月10日の日経新聞に、「経常収支、海外配当収入が稼ぎ頭に 貿易は赤字が載っていました。そこに、2014年の数字と10年前の2004年とを比較した表がついています。この間の変化がわかりやすいです。
この10年間に、経常黒字は19.7兆円から2.6兆円に大きく減りました。そのうち、貿易収支は、14.4兆円の黒字から、10.4兆円の赤字へと大きく変化しています。物を売って稼ぐという日本の姿が、工場の海外移転などで様変わりしたのです。原発停止に代わる天然ガスの輸入増などの要因もありますが、一時的な変動でなく、この10年間を通しての変化です。
代わって稼いでいるのが、海外への投資からの配当や利子です。10.3兆円から18.1兆円と大きく増えています。また、旅行は、2.9兆円の赤字から0.1兆円の赤字へと大きく減り、もうじき黒字になりそうです。訪日外国人が増え、お金を使ってくれるからです。
世界の工場から、貯めたお金を海外に投資してその上がりで暮らす。かつての大英帝国のような道を歩んでいるのでしょうか。なお、財務省の発表はこちら、「平成26年中 国際収支状況(速報)の概要」、「推移表」。

大学教育、その社会的機能、2

2015年2月14日   岡本全勝

日本の卒業率はダントツに高く、91%に達している」という調査結果を教えてもらいました。作者は大橋秀雄さん、元東大教授、工学院大学理事長を勤められた方です。
「卒業率」には、2種類あります。一つは、進学率に対応するもので、同年齢の国民のうち何割が大学を卒業しているかです。もう一つは、入学した学生のうち、何割が卒業しているかです。ここで取り上げられているのは、後者です。もう一つ、各学校ごとの卒業率があります。図を見ていただくと、一目瞭然です。イギリスで79%、ドイツで75%、アメリカでは64%です。
先生は、次のように書いておられます。
・・卒業率が低くなる原因としては:
・卒業の関門が高い。すなわち履修科目ごとに合格基準が高く、単位を取得して先に進むのに、相当の勉学と努力が求められる。
・学費が無料あるいは低く抑えられている国では、ずるずると履修が先延ばしになり、ついには中退に至るケースが多い。また学費を支援する親からの圧力が低いのも、中退を助長する。
・入学した大学での学位取得が能力的あるいは経済的に無理な場合でも、卒業がより容易な大学、学納金の安い大学、短期大学、職業専門学校へ移籍するなど、選択肢がたくさん用意されている。中退は挫折というより作戦変更と捉えられている・・
しかし、興味深いのは、次のような分析です。
・・日本の卒業率がとくに高いのは、単に卒業しやすいという判定基準の問題を越えて、社会の要請に適合してきた結果ともいえる。それは、日本の採用・雇用慣行と深く結びついている。
企業が学卒を採用するとき、大学で何を学んだかの付加価値には関心が低く、長期雇用を前提として将来にわたる発展性や協調性を重視して評価する。企業内教育での呑み込みの良さ、すなわち理解力は、大学入試の難易度の方が判断しやすいし、企業が期待する協調能力やリーダーシップは、学力試験からは分からない。それならいっそ、見込みのある学生を早く受け取って、職場で鍛えた方がいい。教えるものにとっては、悔しい状況が続いてきた・・
そうですね。日本の大学教育が、そのようなもので長続きしたのは、それを許すあるいはそれが適合する社会があったからです。「日本の大学教育の経済競争力への貢献度の低さ」も、びっくりします。「痩せたバッタと太ったサナギ」や「鶏卵業からひよこ業へ」のたとえも、わかりやすいです。

大学教育、その社会的機能

2015年2月13日   岡本全勝

教育が、社会の発展を支えます。優秀な労働力を提供できるかどうかは、その国が発展するかどうかを、左右します。また、教育が、社会の格差を縮小します。もちろん、生まれや財産でなく、本人の能力が発揮できる社会においてですが。そして、金持ちの子弟でも貧乏な子弟でも、平等に教育を受けることができるという社会条件も必要です。
アメリカ経済を考える。格差問題に関する米国の論点(6)」(東京財団、安井明彦さん。2015年1月27日)、「米大学卒業率、富裕層と貧困層の差が大幅拡大」(ウオールストリートジャーナル日本版、2015年2月4日)。
このようなアメリカでの議論を読みながら考えました。これらの記事では、大学卒業率が取り上げられています。しかし日本では、大学進学率はよく聞きますが、卒業率は余り議論にならないようです(間違っていたら、ごめんなさい)。それは、進学率と卒業率に、大きな差がないからでしょうか。でも、高校でも、中退や進路変更する生徒が大きな割合でいます。たぶん、大学でも同じでしょう。
すると、なぜこれまで、卒業率が議論にならなかったか。たぶん、高度成長期以降、高校進学率を上げることが、日本の一つの社会目標でした。そして高校がほぼ全入になると、大学進学率を上げることが次の目標になりました。それを、未だに引きずっているのではないでしょうか。もう一つは、大学進学が目標であって、卒業が重視されていないこともあります。各高校にとって、難関大学に卒業生を送ることは一つの「指標」です。しかし、大学にとって、卒業生の「品質保証」は、まだ十分に行われていないようです。学校ごとに、どの程度の中退率があるのか、公表されているのでしょうか。

アメリカ、孤独とペット

2015年2月9日   岡本全勝

2月7日の読売新聞、在米コラムニスト斎藤彰さんの「アメリカの風」は、アメリカのペット事情でした。何らかのペットを飼育している世帯は8,200万世帯で、全体の68%にもなるのだそうです。その背景に、家族や隣人との関係より、自分だけの幸福を優先させようとする「ミーイズム」があると指摘する専門家もいます。
世論調査では、「自分は孤独だ」と感じている市民が、以前の倍近い40%にもなり、ペットを飼う独身者が急増しているのだそうです。孤独な故に、パートナーを求めるのでしょう。他人との付き合いは面倒だ、ペットなら文句を言わない、ということでしょうか。

生物を分類する

2015年2月4日   岡本全勝

キャロル・キサク・ヨーン著『自然を名づける』(邦訳2013年、NTT出版)を紹介します。生物の分類体系が、どのように作られてきたかを、たどった本です。魚や獣、鳥などの分類です。世界各地の民族で、おおむね同じなのだそうです。もちろん、鯨を魚に分類したり、コウモリを鳥に分類する民族もあります。人類が暮らしていく上で、食用になるか、どのように捕まえるか、料理するかが重要で、その観点で生物を見てきたのでしょうね。
脳機能に損傷を受けた人に、生物についてだけ認識、分類、命名できない場合があるのだそうです。他方、生物は認識できるのに、無生物について分類、認識、命名ができない人もいます。これは、人類にとって、生物とモノがどのように関わっているかを示しています。モノの分類は、主に機能によって行われます。他方で、私たちは、ブルドッグでも、チワワでも、ダックスフンドでも、犬だと認識します。猫とも、ライオンとも違うことは、子どもでもわかります。しかし、犬を言葉で表現しようとしたら、とても難しいです。なぜ、4本足でよく似た形なのに、犬と猫は違うとわかるのか。チワワくらいの犬なら、ブルドッグより猫に似ているように見えます。不思議ですね。人類が何万年もかけて、そのような認識を生得的に受け継いできたのでしょう。
それが、リンネによって科学的な分類になりました。もっとも、その分類は従来の各民族の分類とほぼ同じです。その後、系統学や分子生物学によって、進化の認識と分類は大きく変わりました。鮭と肺魚と牛を並べると、私たちは鮭と肺魚を一括りにして、牛と分けます。しかし分子生物学が教える系統樹は、牛と肺魚はより近く、鮭は遠いのです。
筆者は、アメリカのサイエンスライターです。お母さんが日本人だそうです。読みやすい本なのですが、文章が少々冗長なのが、気になります。新書サイズばかり読んでいる者にとっては、この内容に350ページもかけるのかなあと、思います。すみません。