カテゴリーアーカイブ:社会の見方

新聞記者が語る金融危機の現場体験

2019年1月25日   岡本全勝

朝日新聞夕刊連載「平成とは」に、原真人・編集委員が「金融危機」を書いておられます。1997年の金融危機の話です。
経験のない事態に、金融関係者も記者たちもとまどう様子が、ありありと書かれています。1月22日の「絶対書かないで」。

また、24日の「「ご解約ですか」に寒け」は、別の面から興味深いです。公的資金投入に反対だった社論を、方向転換する。「空気の支配」と「責任ある対応」を、考えさせられる場面です。朝日新聞編集局という知性の集団にあってもです。
・・・事ここに至って事態の深刻さがのみ込めた。「このままでは日本経済は恐慌状態になる」
何をどう報じるか。危機を抱えて年が明け、経済部長やデスク、論説委員、一線の記者らが集まって議論した。政府が検討していた銀行救済への税金投入をどう考えるかが最大のテーマだった。
金融機関への公的資金の投入は不人気政策だ。6850億円を投入した2年前の「住専問題」が尾を引き、新聞各紙はどこも銀行救済に厳しい論調だった。朝日新聞の論説委員室も、反対論を掲げた社説を何本も書いていた。
取り付けを実際に見ていた私は「今は税金をつぎ込んででもパニックを止めないと」と主張した。だが論説委員たちは納得しない。らちが明かないとみた経済部長が私に言った。「それなら君が、私はこう考えるという解説記事を自分で書けばいい」
数日後「公的資金投入は『投資』」という署名記事が載った・・・

『論壇の戦後史』

2019年1月24日   岡本全勝

奥武則著『増補 論壇の戦後史』(2018年、平凡社ライブラリー)を読みました。元本は、2007年に平凡社新書で出ています。
主に、終戦直後から1960年安保まで、月刊誌『世界』を中心に、「論壇が輝いていた時代」を扱っています。主役は、清水幾太郎、丸山真男さんです。簡潔にまとまっていて、その時代を知らない人には、勉強になります。いろいろと考えたり思い出しながら読みました。

その後、進歩的知識人の地位が低下し、『世界』や論壇も地盤沈下します。
私が大学に入ったのは、1973年。その後の時代です。とはいえ、まだ、大学生(インテリ)なら、新聞は朝日新聞、週刊誌は『朝日ジャーナル』、月刊誌は『世界』を読むべきだという風潮がありました。
その後、新聞は日経新聞、週刊誌は『エコノミスト』(この2つは就職用にという意味もありました)、月刊誌は『諸君』に代わりました。政治の時代から経済の時代になったことを、反映していたのでしょう。

私は、次のような問題意識を持って、論壇を考えています。
・日本において、なぜ戦後一時期に、進歩的文化人・知識人がもてはやされ、論壇が輝いていたのか。そして、なぜその後、論壇にそのような活性化はないのか。
・西欧で吹き荒れているポピュリズムは、意見の違う集団が意見を戦わすのではなく、それぞれの陣地にこもって、支持者とだけ会話しています。会話が成り立たない。この状態を、どのように打破するのか。
・これからの日本社会を考える際に、オピニオンリーダーの役割は何か。マスコミや政党の役割は?
・そのような議論を戦わせる場はどこか。雑誌や新聞の役割は?SNSは便利ですが、冷静な意見の交換にはなりにくいようです。

またの機会に、続きを書きましょう。

世界の長期的構造変化、改革と被害者

2019年1月23日   岡本全勝

1月21日の日経新聞「月曜経済観測」、玉木林太郎・国際金融情報センター理事長の「試練の世界経済 長期の構造問題、議論必要」から。

・・・今の世界経済をどうみますか。
「世界は長期的な大きな構造変化期にある。グローバル化がモノやカネから人にまで及び様々な問題を引き起こす。デジタル化が企業や社会生活そのものを完全に変えようとしている。温暖化防止への脱炭素という課題ものしかかる。こうした要因が所得、資産の格差を拡大する方向に働き、政治的にはポピュリズム(大衆迎合主義)、反移民感情などにあらわれる」
「かつては経済の先行きはマクロ経済のトレンドをみればよかったが、今は長いスパンの構造問題の議論が必要だ」

―構造問題への対応が進んでいる国は。
「驚くかもしれないが、ある意味で中国、インドなど新興国はできあがったシステムがないので、解決法も見いだしやすい。先進国はできあがったシステムを壊さなければならない」
「トランプ米政権は炭鉱労働者を保護せざるを得ないが、中国は国全体の排出量取引市場を作った。やることが大胆でスピード感がある。デジタル化もそうだ。守るべきものがある人々と、ない人々の差だ」

―日本では過激な反動は起きていません。
「大きな抗議行動がないのは、敗者を生まないシステムだということだ。日銀は金融緩和をずっと続け、大胆な経済開放、規制緩和に踏み切らず、基本はゆっくりとした改革を続けている。徐々に競争力は低下するが、被害者という勢力は出てこない面もある」・・・

歩くことで健康を

2019年1月22日   岡本全勝

1月21日の読売新聞が2ページを使って、体を動かすことの重要性を解説していました。
一つは、歩くことです。現代人の1日の歩数は、7千歩。狩猟時代は3万歩、江戸時代も3万歩と推定されています。狩猟時代は1日に30キロメートル歩いていた可能性があるとのこと。江戸時代の旅は、1日に男が40キロ、女が36キロ。1日に60キロ歩くこともあったそうです。
日本陸軍は、休憩を入れて1時間に4キロ、1日に24キロでした。1時間に6キロ、1日に40キロという話もあります。重い荷物をしょっていますから、そんなに早く遠くまで歩けたとは思えないのですが。
たまに日曜日に10キロ歩いた、それもゆっくりでは、ご先祖様に叱られます。

人類は何万年もの間、歩き続けました。交通機関が発達して、歩かなくなったら、体力が落ちるでしょう。いまの高齢者は、若いときは歩いて鍛えた世代です。今後、若い世代が歩かなくなると、健康寿命は短くなる可能性があります。

1に日にどれくらい座っているかの、各国比較が出ています。
ブラジル180分、アメリカ240分、ノルウェー360分、日本は420分です。
う~ん、これも我が身を省みて、そうですね。

また、30代の日本人の都市別歩数も出ています。
5万人未満の地方では6.2千歩、都市が大きくなるほど増えて、大都市だと1千歩です。これは、実感します。
東京だと、歩く距離が増えます。鉄道や地下鉄で移動して、そこからバスに乗るかタクシーですが、階段の上り下りがあり、少々の距離なら歩きます。また、建物が大きいので、その移動も歩きます。総務省から財務省まで歩くと結構な距離です。地方から来た人は、「車で行かないのですか」と言います。
地方都市だと、近い距離でも車で移動することが多いですよね。皆さん車を持っているし。
これが続くと、都会人の方が、健康で長生きすることになります。

記事のもう一つは、運動すると肉体だけでなく、脳を活性化するらしいのです。これも、実感できますよね。
じっと座っていることが続くと、良い考えが浮かびません。休日にごろんごろんしていると、すっきりしませんよね。

日本社会は変わった、年金制度が前提としていた家庭

2019年1月21日   岡本全勝

1月19日の朝日新聞オピニオン欄「安心できる老後って?」、四方理人・関西学院大准教授の発言から。
・・・国民年金ができた1961年と現在では、人口構造が異なります。現在の年金は、現役世代が働いて支払った保険料を、そのまま高齢者の年金に回す「世代と世代の助け合い」です。支える側が減れば、保険料を上げるか、給付を下げるしかありません。
もう一つ、大きな構造変化は、家族です。当時はまだ、3世代同居が基本で、家族に養われることが高齢者の主な生計維持のあり方でした。それを前提として制度を考えたのだと思います。年金の水準も低いものでした・・・

・・・制度が前提としていた家族のあり方は、大きく変わりました。年金があるために高齢者だけでも暮らせるようになった面もあると思いますが、いまは3世代同居は少数派で、1割にすぎません。
高齢者の貧困はすでに深刻です。大きな要因は単身高齢者の増加です。1人分の基礎年金額が、生活保護制度で「最低生活費」と定められた金額を下回っており、生活保護に流入する高齢者が増え続けています。夫婦世帯を想定し、「2人分の年金でみれば、基礎的な消費支出を上回る」と説明してきた政府にとって、現在の状況は想定外だったでしょう。

より深刻なのは、「団塊ジュニア」と呼ばれる世代です。少子化対策が遅れ、下の世代に同じ規模の人口を残せませんでした。労働環境も変わり、非正規雇用が増えたため、厚生年金にも十分に加入できず、国民年金保険料の未納も多いです。団塊の世代に比べて団塊ジュニアは、低年金になる可能性が高いのです。
今のところ団塊ジュニア世代の経済状態は、極端に悲惨にはみえていません。安定した収入と持ち家を有する親と同居できているためです。親が仕事を引退しても親の年金をあてにできます。しかし、親が亡くなれば、自由に使えるお金は一気に減り貧困に陥る人がでてきます。配偶者や子どもを持たない経済的に困窮する高齢者が増えることは、社会全体にとってのリスクだと思います・・・