カテゴリーアーカイブ:社会の見方

二項分類と三分類

2019年2月8日   岡本全勝

「全勝さんは、三分類が好きですね」と、指摘されました。そうですね。しばしば、松・竹・梅という比喩を使うからでしょう。「職員の三分類

世の中で物事を分類する際には、最も多いのは二分類です。二項分類とも言います。紅白、白黒、右左、上下、前後、善し悪し・・・。
私も、多くの場合に、二項分類を使います。しかし、「ものによっては、三分類の方がわかりやすいのでは」と思う場合があります。最近の関心分野である、公共政策と職員養成でも使っています。

職員養成では、出来の良い職員と出来の悪い職員とに分けるのが二分類です。しかしそのように分類するより、とても良くできる職員(松)、普通の職員(竹)、出来の悪い職員(梅)と3つに分ける方が、ぴったりくるのです。
ここで、松・竹・梅の3分類は、上中下に均等に3分類しているのではありません。鰻重は、特上・上・並ですよね。下はなくて、上と並の2分類の上に、特上を作っているのです。
ここが味噌です。上と下に分けると、下に分類された人がうれしくありません。そこで、一番下は並にするのです。上はそのまま。しかしそれは実質的に並なので、その上に特上を作ります。なお、この松竹梅という表現は、仕事ぶりについてであって、職員の人格を並べているのではないことに注意してください。ある仕事については梅だけど、他の分野では松の人もいます。

公共政策では、公私(官民)二元論から、公共私三元論を提示しています。
読書も、3分類して説明しましたね。「生産の読書、消費の読書、貯蓄の読書

ところで、松・竹・梅が上下の(垂直的)三分類であるのに対し、官・共・私の三分類などは、上下関係はありません、水平的三分類です。
二項分類の場合は、例えば白と黒に分けますが、うまく収まらない中間領域が出てきます。灰色です。しかし、それは二分類で世界を見ているから灰色に見えるのです。色の三原色のように、最初から3つに分けてみると、灰色領域ではありません。
もちろん、世の中はそんなに簡単に分けることはできませんから、もっと多くの分類が良いのでしょう。しかし、3つ以上になるとわかりにくいですよね。

『フランス現代史』

2019年2月6日   岡本全勝

小田中直樹著『フランス現代史』(2018年、岩波新書)が勉強になります。
1940年代から現在までを、10年ごとに区切って、それぞれの時代の特徴を明らかにしています。そして、全体を通して、社会・国民の間の分裂をどのように統合してきたかという視点で、分析しています。
著者が最初に述べているように、フランスはかつてはお手本とする先進国でしたが、経済面などで「追いついた」日本にとって、以前のようなお手本ではなくなりました。
しかし、欧州統合、移民問題、ポピュリズムなど、内外の変化から生まれる社会の分断に取り組む姿は、いずれ日本のお手本になるでしょう。

社会の分裂と統合。政治の大きな役割です。日本では、それが大きな問題になっていません。たぶん、60年安保闘争が、社会の分裂として政治問題になった最後でしょう。もちろん、都会対田舎、高齢者対若者、正規対非正規、貧富の格差など、社会の亀裂は生まれているのですが。
社会の分裂を政治が統合した例として、イギリスの経験を紹介したことがあります。「社会の分断、それを解決する政治」。アメリカもまた、そのことに悩んでいます。

この本は、現代史と銘打っていますが、経済社会の変化が生む課題とそれに取り組む政治が内容です。かつての歴史書は、政治史でしたが、この本のように社会の変化を視野に入れた政治史まで広がっています。
もちろん、生活や文化などを含めた、もっと広い社会史や文化史も期待したいところです。

新書という分量でまとめるのは、大変な力量が必要です。本書は、それに成功していると思います。お勧めです。日本についても、このような本が書かれると良いですね。

シニアビジネスの読み違え

2019年2月5日   岡本全勝

日経新聞連載「平成の30年 高齢化先進国」、2月2日は「シニアビジネス 模索の末に見えた解」でした。

・・・平成に入りバブル景気が終了。どこかに隠れた有望市場はないか。勘のいい企業が目をつけたのが高齢者だった・・・2000年を過ぎた頃、高齢者マーケティングは一気に過熱する。団塊世代が60歳を迎え始める2007年問題が注目され、退職金と自由時間を手にした「人口の山」を狙う企業が急増したからだ・・・
・・・シニア専門のマーケティング会社や企画も行き詰まった例が多い。多くの企業で定年が延長となり自由時間を手にしそびれたり、リーマン・ショックや地価下落で資産が目減りしたりといった外部要因もある。しかし最大の原因は、企業が高齢者の心理を読み違えたことではないか。

昔に比べ、長生きになり体力もある。しかし高齢者は高齢者であり健康、経済、孤独という「3K」不安を抱えている人は多い。しかも同じ「団塊世代」といっても、歩んだ人生の違いは大きい。仕事面での「成功」の度合いも大きな差がある。
家庭では、妻の多くは子育てを数年前に卒業し、同性の友人たちと自由な消費や交際をすでに楽しんでいる。「夫婦2人でゆっくり」というのは夫側の勝手な期待だった・・・

「家庭では、妻の多くは子育てを数年前に卒業し、同性の友人たちと自由な消費や交際をすでに楽しんでいる。「夫婦2人でゆっくり」というのは夫側の勝手な期待だった」という記述は、身につまされますねえ。

制度不信や中間団体の衰退、その2

2019年2月4日   岡本全勝

ポピュリズムの背景、制度不信や中間団体の衰退」の続きです。
1月31日の水島治郎・千葉大学教授の論考には、政治に限らず、現代社会の技術と経済の変化が、社会や私たちの思考と行動に大きな変化をもたらしていることが指摘されています。

・・・ただここで考えるべきは、中抜き現象が政治面に限らず、経済社会のほとんどの分野で進行していることだ。経済の分野では、流通業者を介さずに生産者が消費者に直接販売する取引が増えている。米エアビーアンドビーやメルカリのように運営会社が「場」を提供しつつも、売り手と買い手が直接取引するシェア経済の比重が高まっている。
メディアの世界では、新聞や雑誌、テレビといった「中」の存在感の低下は明らかで、既存メディアはむしろネット上で批判の対象となる。芸能の世界でも、事務所を通さずユーチューブやネットテレビで視聴者の熱い応援を受け、ブレイクする例も出てきた。

総じて言えるのは、人々の行動に強い影響を与えてきた「既成の権威」が衰退する一方で、個々人が「中」に頼らずに必要なものを売買・発信・視聴し、情報を入手し判断する時代に入ったということだ。いわば中抜き時代の幕開けだ。中抜き政治の台頭は、その一つの表れにすぎない。
そこには危うさもある。中抜き政治のもと、所属する団体の指示を受けず、自分が主体的に選択したはずの投票行動が、フェイクニュースに踊らされた結果ということもあろう。またアンチ・エスタブリッシュメント政党に魅力があるとすれば、往々にして既成政治を批判する歯切れの良さだけであり、政権を担当した後にこれらの政党が様々な困難に直面することも多い。

しかし旧来の中間団体に回帰すべきだという議論にも説得力がない。そもそも人々を包摂していたかつての中間団体は、多くが男性優位的・権威主義的で、年長者への服従を要求し、男女平等や個々人の自由な選択を阻んできた。平成期にこれらの団体が、自分らしさを求める若い世代に見放されたことには、十分な理由があったとみるべきだ。
時代は着実に変化している。中抜き時代の先にどんな社会が来るのか、確たることは言えない。強いて言えば、特定の団体に属して忠誠を尽くすよりも、窮屈な人間関係を離れ、一人ひとりがそれぞれ複数のアドホック(暫定的)なネットワークを作り上げ、網の目の中を動きながら人とつながり人生を豊かにしていく時代になるのではないか。そしてそれは日本人の属する最大の団体、「カイシャ」と個人の関係についても近い将来広く生じると考えている・・・
原文をお読みください。

ポピュリズムの背景、制度不信や中間団体の衰退

2019年2月3日   岡本全勝

日経新聞経済教室連載「ポピュリズムに揺れる世界」が、良い分析をしています。その中から、ポピュリズムが生まれる背景、さらにはこれまでの安定した民主主義が揺らいでいる基盤の指摘が的確です。

1月30日の中山俊宏・慶応義塾大学教授の論考には「米国社会を構成してきた7つの制度に対する信頼度」が載っています。教会・宗教団体、公立学校、最高裁判所、連邦議会、新聞、労働組合、大企業の7つです。公的制度や団体です。
1980年代まで(一時を除き)45%近くあった信頼度は、その後急速に低下し、30%を切っています。

1月31日の水島治郎・千葉大学教授の論考には、日本の有権者の団体加入の変化が載っています。1989年(平成元年)と2018年(平成30年)の比較です。自治会・町内会は68%から25%に、農業団体は11%から3%に。他方で加入していないは、17%から44%に増えています。

・・・人々を束ねる中間団体が弱体化する中で、団体に属さない「無組織層」は激増した。今や有権者の半数に迫る。無組織層の増加は、無党派層の増加と裏表の関係にある。
無組織層の人々にとって、地縁や仕事絡みで団体に加入し系列の政治家・政党を支持する従来のルートはもはや縁がない。既成政党や既存の団体への不信も強い。選挙では団体の指示でなく、メディアやネットの情報を基に自分で判断する。既成政党に挑戦しようとする政治家も無組織層に直接アピールすることを狙い、既成政党や既存の団体を「既得権益」と批判する。既成の政党や団体を批判することが、無組織層にアピールするうえで効果的な戦略だ。
政党組織や中間団体などの媒体を経由しないという「中」を抜いた政治、すなわち「中抜き」政治が有力な政治のあり方となっている。中抜き政治の時代には、既成の政党や団体は20世紀型の古い政治を代表する旧来型システムの名残として批判の対象となる・・・
この項続く。