カテゴリーアーカイブ:社会の見方

李登輝元総統

2020年8月3日   岡本全勝

台湾の李登輝元総統が7月30日に、亡くなりました。
中国文化に詳しい肝冷斎は、30日の記事(終わりの方)を李登煇さんに捧げ、「小さな島国とはいえ、ゴルバチョフと周恩来と池田勇人を一人でやったような人ではないかと思います」と評価しています。

日本統治下や、大陸から来た国民党の支配下では耐えて頭角を現し、総統となっても弱い権力基盤や支持から、徐々に権力を固めました。
大陸中国という大きな敵から牽制されながら、民主化と自由化、選挙による総統選出、平和的政権交代、そして経済成長を成し遂げました。暴動や内乱なしにです。それが起きたら、中国から介入されたでしょう。
世界の歴史に名を残す政治家の一人だと思います。
ご本人の著作も多いですが、いずれ日本でも、評伝が出版されるでしょう。

コロナ経済危機、雇用調整助成金と失業保険

2020年7月30日   岡本全勝

7月22日の日経新聞経済教室、八代尚宏・昭和女子大学副学長の「休業手当より失業給付重視を あるべき雇用政策」から。

・・・今回のコロナ危機では、2008年のリーマン・ショック時と比べ、失業者の増加が著しく抑制されていることが特徴だ。政府の自粛要請に基づくサービス業主体の中小企業の休業増加に対応して、従業員への休業手当を補助し、解雇を防ぐ雇用調整助成金が大幅に拡充された要因が大きい。
具体的には対象事業主の拡大や受給要件の緩和と、中小企業への休業手当の助成率を100%近くまで引き上げたことなどだ。この結果、コロナ不況の影響が最初に表れた20年4月の失業率は前年同月比0.2ポイントの上昇にとどまった。
代わりに休業者数が前年比420万人も増えるという異常な状況が生じた(図参照)。仮に19年平均を上回る休業者の増加数がすべて失業者になっていれば、失業率(図の修正失業率)は9%台に達していた・・・

・・・もっとも、これは雇用調整助成金内での整合性にすぎず、肝心の職を失った労働者が直接申請する失業給付との間には大きな不均衡がある。現行の失業給付は、低賃金労働者を除けば、ほぼ賃金の5割で日額8330円(月額18万円)が上限と、休業者への直接給付の半分程度だ。
つまり類似の生活保障給付なのに、政府の自粛要請で休業中の従業員と、企業の倒産・廃業で失業した従業員との間には、2倍もの格差がある。もともと雇用調整助成金による休業手当と失業給付の上限額は同じだったが、失業率に影響しない休業者の増加を優先するという政治判断によって新たな不均衡が生じた。
また企業に代わり、その従業員が政府に休業手当を申請できることは、事業主にとって、休業手当を支払わなくてもよいというモラルハザード(倫理の欠如)を誘発する・・・

・・・今回、雇用調整助成金の対象範囲を拡大し、本来の雇用保険の被保険者でない短時間労働者の休業も対象にしたことは注目される。これは現行の雇用保険の枠組みを用いて、より多くの非正規労働者を救済し、その費用は国庫から補填するという現実的な工夫だ。
もっとも、外的な経済ショックに現行の雇用保険だけで対応するには限界がある。コロナ危機で所得水準が前年より大きく落ち込んだ個人を対象とした当初の30万円の給付金は、補完的な所得補償を目的としたものだった。だが全国民を対象とした一律10万円の定額給付金に置き換えられたため、膨大な財政コストと不毛な行政事務を招いた。
こうした財政の浪費を繰り返さないためにも、欧州の動向に倣い、フリーランスや学生アルバイトなどにも幅広く失業給付の対象を拡大することで、より普遍的な雇用維持策の機能拡大を図る必要がある。
コロナ危機は継続する可能性が高い。一方で、企業に依存しない働き方の多様化も広がっている。今後は「企業が雇用を守り、その企業を政府が守る」という労働者保護と企業保護が混在した雇用調整助成金の政策目的を、本来の労働者保護に徹底させるべきだ・・・

詳しくは原文をお読みください。

政治発言をしてはいけないのか

2020年7月29日   岡本全勝

7月22日の日経新聞夕刊グローバルウオッチは「有名人、政治発言はタブー?」でした。
・・・「もう我慢の限界だ。『黙ってろ』なんて言わせない」。ネットフリックスで配信されているドキュメンタリー「ミス・アメリカーナ」で米人気歌手のテイラー・スウィフトさんが怒りをあらわにしながら語る。2年前の2018年、米中間選挙で民主党への支持を公表する前に、共和党候補者に批判的な心情を明かした場面だった。
スウィフトさんはそれまで政治的な発言をしてこなかった。過去を振り返って、「私には恋愛の歌しか求められていないと思っていた」と笑う。政治的な発言を避けてきたのには理由がある。イラク戦争直前の03年、当時のブッシュ大統領を批判した女性カントリー音楽グループのディクシー・チックスは「反アメリカ」や「裏切り者」と激しく非難された。スウィフトさんはデビュー当時、音楽レーベルや出版社から「ディクシー・チックスを反面教師にしろ」と指導されたと明かす・・・

・・・日本でも有名人の政治的発言が注目される出来事があった。検察官の定年を延長する検察庁法改正案が国会に提出されると、法案への反対意見がSNS(交流サイト)上で多数あがった。歌手や俳優など有名人が「#検察庁法改正案に抗議します」というハッシュタグを付けてSNSに反対意見を投稿した。スウィフトさんが政治的発言をした時のように、有名人の投稿には賛成と批判の両方の声が寄せられた。
中でも人気歌手きゃりーぱみゅぱみゅさんの同法案を批判する投稿には賛同の意見があった一方で、批判の投稿も相次いだ。その中には、「政治的発言をすべきではない」といった、発言そのものを否定するものが多かった。きゃりーさんは結果的に投稿を削除するに至り「今後は発言に責任感を持って投稿していきます。失礼致しました」と釈明した・・・

・・・政治的発言をすること自体にバッシングがあったのはなぜか。メディア論が専門の成蹊大学教授の伊藤昌亮氏は「政治はプロフェッショナルが担うものだという考えが日本では強い」と語る。「複雑な政治の世界の外側にいると見なされている有名人は、参入資格がないとみられている」と指摘する。
社会運動論が専門の立命館大学の富永京子准教授は「日本では社会運動が社会を変えるという感覚がそもそも薄い」と話す。日本を含めた7カ国の満13~29歳の若者を対象とした意識調査によれば、「私の参加により社会現象が少し変えられるかもしれない」に「そう思う」と「どちらかと言えばそう思う」と回答した割合は日本は30.2%にとどまった。米国は52.9%と最も高く、隣国の韓国も39.2%と日本より高かった。

そのうえで富永氏は「日本人は『自分の行動によって政治が変わる』といった感覚が薄い」と指摘し、有名人のSNS上での政治的発言に対しても否定的なのではないかと分析する。
米国でも日本でも有名人が政治的立場を表明することはあり、意見を異にする人から批判が出る。ただ「米国では『そもそも政治的発言をするな』といった批判は少ない」と米国政治に詳しい東洋大学教授の横江公美氏は語る。政治的発言をすることは有名人にとっていわば社会的責務だと指摘し、「米国は二大政党制が根付いており、政権交代が機能している。政治的立場の表明によって、一方の党の支持者から嫌われるかもしれないが、それで『干される』ことはない」と話す・・・

政治発言に対して、反対派から批判が出ることは普通のことでしょう。また、事実誤認などは正されて当然です。問題は、政治発言をすること自体への批判です。
民主主義とは、意見の異なる人が議論して、一定の結論を得る仕組みです。意見、特に反対意見を表明してはいけないなら、民主主義は機能しません。私は、有名人を含め政治発言を批判する発言は、民主主義の観点から厳しく批判すべきだと考えています。政治家もマスメディアも、もっと取り上げるべきです。
日本社会論として論じるなら、記事でも書かれているように「政治は専門家に任せておけば良い。一般人は投票にだけ行けば良い」という認識が強いのではないでしょうか。
教育現場においても、政治は制度の説明や歴史を教え、現実政治や政治的議論は避けてとおるようです。それでは、民主主義の運用を教えることにはなりません。

内海健著『金閣を焼かなければならぬ 林養賢と三島由紀夫』その2

2020年7月25日   岡本全勝

内海健著『金閣を焼かなければならぬ 林養賢と三島由紀夫』」の続報です。村上陽一郎・東大名誉教授が、7月25日の毎日新聞に書評を書いておられます。

「一読、巨きな一幅の絵を見た思い。システィナ礼拝堂の天井画、アダムの指先のリアルさにまがう、細部のリアルさは細密画の如く、しかし、全体が訴えるものは大きくて深い。読み終わって、魂に木霊するような静かな亢ぶりがある」で始まり、「確かな書物を読んだ後の魂の亢ぶりは、まだ続いている」で終わります。

村上先生による極上の評価です。私の説明は、控えめでしたね。

経済統計、官と民

2020年7月24日   岡本全勝

7月17日の日経新聞オピニオン欄、渡辺安虎・東大教授の「コロナ第1波、ミクロデータ検証を」から。

・・・世界的に新型コロナウイルスの流行が第2波を迎えつつある。第1波の経験から何を学び、どう対応するのか。その際に最も知りたいのは、第1波が経済にどのような影響を与え、経済対策がどのくらい効果があったかだろう。
コロナ危機はこれまでの金融危機や経済ショックとちがい、経済主体による影響の異質性が極めて高い。企業であれば業種や取引相手、顧客の種類により減収幅などが大きくばらつく。個人も職種や年齢、性別、正規か非正規か、といった属性により影響度合いが異なった。

この影響の異質性を、集計された公的統計から知ることは困難だ。例えば製造業の公表数字があっても、アルコール消毒液を作る企業もあれば、自動車部品を作る企業もある。公的統計はあくまで集約した数字が公表されるだけだ。統計の基になる個票レベルの「ミクロデータ」への機動的なアクセスは、政府外には閉ざされている。

この4カ月間、コロナ危機をめぐる日本経済に関する論文などで公的統計のミクロデータを使ったものは私の知る限り存在しない。素早く発表された分析は全て民間データを使っている。東大の研究者はクレジットカードの利用データを用い、一橋大などのチームは信用調査と位置情報のデータを使った。米マサチューセッツ工科大のチームは日本の求人サイトのデータを分析した。
一橋大と香港科技大のチームは自ら消費者調査会社にデータの収集を依頼した。このプロジェクトに至っては、政府による数兆円規模の補助金の効果を分析するため、クラウドファンディングで200万円の寄付を募るという綱渡りを強いられている。
政府統計の問題はミクロデータへのアクセスが閉ざされているだけではない。行政データのデジタル化の遅れにより、解像度と即時性を兼ね備えたデータがそもそも存在していない。これらの点はすぐに改善は望めないので、当面は民間データの利用を進めるしかない・・・