カテゴリー別アーカイブ: 経済

経済

二つの産業政策、キャッチアップ型と開拓型

4月27日の日経新聞経済教室、矢野誠・経済産業研究所理事長の「分配と成長、高質な市場カギ 「新しい資本主義」の課題」が勉強になりました。

・・・誰もが自由に参加できる市場があり、工夫や熱意、想像力や創造力が生かされて技術開発が起きる。そうした民間活力でけん引された代表例がIT(情報技術)革命である。
とはいえ、個々の経済主体の意欲だけでは実現できない技術開発もある。その場合、初期投資の段階で研究開発や技術習得を促進する産業政策が必要になる。

古典的な産業政策は先進技術へのキャッチアップを目的とした。独立戦争直後の米国をリードした政治家アレクサンダー・ハミルトンが、保護なしには英国の先端技術に追いつけないとしたのが始まりとされる。20世紀半ばには、先端技術の学習期間短縮に向けた産業政策理論が確立し、日本の高度成長を裏打ちした。技術に大きな差があることや一定程度の市場があることが成功の条件だろう。

第2次世界大戦以来、先端技術の開発や経済構造の転換を目指す「開拓型」ともいうべき新しい産業政策が採用されるようになった。それまではワットの蒸気機関やフォードのベルトコンベヤーなど、多くの本源的技術が私的な生産活動で生み出された。それが第2次大戦期に転換され、政府主導により原子力エネルギーやコンピューターなどが開発され、戦後に有人ロケットやインターネットなどに継続された。
最先端技術の開発は、初期段階で大規模な固定費を必要とし、民間に任せていては成功しない。経済構造の転換も同じ問題がある。1960年代には根岸隆氏(日本学士院会員、東京大学名誉教授)により、収穫逓増の視点からこの問題に精緻な数学的定式化が与えられ、開拓型産業政策の基礎が作られた。それが成功するには、将来のニーズへの高い洞察力が不可欠だ・・・

記事には、「産業政策の昔と今」という表題で、キャッチアップ型と開拓型の違いが表になっています。わかりやすいです。

価値観共有が支える世界経済秩序

4月22日の日経新聞、ファイナンシャルタイムズ記事の転載、ラナ・フォルーハーさんの「世界経済秩序の刷新を 米国は「価値観の共有」重視」から。

「新自由主義」という言葉が最初に使われたのは、1938年にパリで開かれた会議で、経済学者やジャーナリスト、実業からが集まって、世界の資本主義をファシズムや社会主義から守るための方策を議論しました。
当時は、ヨーロッパは第一次世界大戦でずたずたになります。社会に深刻な分断が生まれ、労働市場や家族構成も変化しつつありました。スペイン風邪が世界的流行をし、インフレ、そして大恐慌です。貿易戦争で経済が壊滅します。

当時の新自由主義は、世界の市場をつなげることでこれらの問題を解決しようとしました。自由放任主義ではなく、新しい枠組みを提示したのです。それが実現したのは第二次世界大戦後ですが、それが半世紀以上にわたり機能しました。
しかし、この枠組みを利用しつつ、違う考えの国、中国が大きくなって、「一世界二制度」になっています。当時と現在とよく似た状況にあります。そして、経済を円滑に発展させるには、仕組みとともにそれを支える価値観の共有が重要だということが分かります。

安いことは良いことか、経済と行政

2022年1月24日付「自治日報」に砂原庸介・神戸大学教授が「公共サービスの価値と価格」を書いておられました。

・・・岸田政権が発足してから打ち出した最重要課題のひとつに、分配を進めるための公的価格の引き上げがある。看護・介護・保育などの公共サービスにかかわる人たちの給与を引き上げることが目的とされているという。20年以上にわたって、「お値段据え置き」が続き、給与にかかる部分だけでなく、さまざまなところで節約を求められてきた結果、多くの公共サービスは基本的な資産の維持管理もままならない状況となっている中で、価格引き上げを歓迎する声もある。

日本では、公共サービスの対価を取ることへの抵抗が強いと思われる。公共サービスは、低所得などで困難を抱える人々を対象にするのだから、無料とは言わないまでも低価格の慈善的な性格が強いものであるべきだという発想がある。さらに、モノを伴わずに人が何かをしてくれるサービスというものにお金を支払うべきだという観念がそもそも弱いと言われる。税を払うことへの忌避感・負担感が強く、「税金を払っている」ということで公共サービスへの支払いを行っていると見なされることも、公共サービスから対価を取ることを難しくしているだろう・・・

指摘の通りです。バブル経済崩壊後の30年間で、「安い方が良い」という信仰は、衣類や外食産業をはじめ広く製造業やサービス業に行き渡りました。それは消費者にとって良いことなのですが、そのために正規社員が非正規社員に置き換えられ、社員の処遇も上がらないのでは、社会にとって良くないことです。
この30年間、日本の給料は上がらず、韓国に抜かれました。ビッグマックは、ソウルやバンコックより東京の方が安いのです。
給与が上がらない、それで消費が増えない、そこで給与を上げない、消費が増えないという悪い経済循環に落ち込んでいるのが、この30年間、失われた30年の実態です。必要な値上げができていないのです。

国際標準化戦略2

国際標準化戦略」の続き、市川芳明・多摩大学客員教授の「政策主導で専門組織創設を」から。

・・・国際標準は経営者視点から3タイプに分類できる。
タイプ1の互換性標準が規定するのは「共通仕様」だ。一般の人々に広く利用してもらうことで、その仕様を活用した製品がたくさん市場に投入され、互いに補い合ってユーザー価値を高められるという利点がある。例えば異なるソフトウエアが互いに連携する規格が普及すると、他社の製品が売れるに伴い自社の製品もより売れるようになる。

タイプ2は「ものさし」の標準だ。商品や企業の優劣に至るまで、様々な対象を評価する方法と最低限必要な水準などを規定するものだ。企業格付けや製品格付けにも使える。電気モーターのエネルギー効率の規格ではグレードが定義され、各国の法律が定める必須条件に引用されるなど市場に大きな影響を与える。

タイプ3は社会課題の解決方法を規定するという極めてハイレベルの標準で、本来は政府機関のなすべきテーマを標準化活動として取り組むものだ。経営上の効果は最も高いが、日本では最も知られていないタイプの標準といえる。19年に工業標準化法が産業標準化法に改正されるまでは、日本で公式な標準とは認められていなかったくらいだ。
すべてのビジネスの基盤は社会課題の解決から始まる。しかし社会課題を特定し、それを解決するための対策を明確化しないと何も始まらない。それをいち早く標準化することにより、各国の試行錯誤の無駄を省き、国際協調が可能となり、同時に新たな市場を創り出せる。前述したように、気候変動という課題の解決策としてカーボンニュートラルをテーマとした数々の国際標準が巨大な市場を創出したことはその好例だ・・・

・・・政策主導に向けて動いても、欧米のように官僚が自ら活躍することは日本では難しい。なぜならば、各省庁は人的資源不足に陥っており、国際標準化の担当者を確保するだけのゆとりがないからだ・・・
・・・国際標準化を主導するスキルのある人材を、筆者は「ゲームチェンジャー人材」と呼んでいる。社会のルールを変えられるからだ。自社の製品の競争力強化だけでなく、新しい市場を創り出すことさえできる。こうした人材の育成を企業だけに任せておくのは無理がある。専門ファームで指導員をつけて実践的に育成し、必要に応じて企業に再就職する方式も一案だろう・・・

国際標準化戦略

3月10日の日経新聞経済教室「国際標準化戦略の課題」、市川芳明・多摩大学客員教授の「政策主導で専門組織創設を」が勉強になりました。

・・・「失われた30年」を象徴する事例として、30年前と比較した時価総額ランキングがある。「かつて多くの日本企業が上位を占めていたが、今はランクインしていない。大企業が成長していないことが経済力の低下につながった」という論旨だ。本当なのか。欧州の企業は今も30年前もほとんど上位に顔を出していない。
一方、別の統計に着目すると違った景色が見えてくる。経済協力開発機構(OECD)統計が示す平均賃金だ。2020年までの30年間で日本の平均賃金はほぼ横ばいだが、欧州は3割以上伸びている。なぜ欧州の経済は順調なのか。その背景に国家的な国際標準化戦略があると筆者は考える・・・
・・・一例としてカーボンニュートラル(温暖化ガス排出量実質ゼロ)に関わる市場が創出された経緯を取り上げたい。気候変動が注目される契機となった1992年の地球サミット以降、重要な国際標準が次々と制定された。国際標準は条約としての京都メカニズムや各国の産業政策に活用され、上記の各要素を歯車のようにかみ合わせ、大きな新市場の創出につながった。
21年に発表された欧州の炭素国境調整措置はこうした産業政策の典型だ。欧州連合(EU)は域外の各国が比較的高い排出量と低い炭素価格を有することに着目し、域内との差を関税として徴収することで欧州企業の競争力を高めようとした。世界的な排出量削減に貢献できるという大義名分が立つうえ、輸入製品の排出量の算定にフェアな国際標準を活用することで、外国からの非難をかわせる。
このように国際標準化を含む包括的な手段で産業政策を推進し、経済を成長させるのが欧州流だ。これが冒頭に述べた彼我の差につながっているのだろう。一般に政府のとる経済政策には財政政策と金融政策の2つがあるとされる。しかし実は3つ目の極めて有効な政策として「ルール形成(国際標準化)」がある・・・
この項続く。