カテゴリーアーカイブ:社会

移民の受け入れと日本文化の維持

2020年2月21日   岡本全勝

2月14日の日経新聞経済教室、フランソワ・エラン、コレージュ・ド・フランス教授の「移民問題を考える(上) 「経済利益」偏重の政策 避けよ」に、次のような指摘があります。

・・・日本は明治時代や終戦後などの時期に、外国文化との衝突に伴う深刻なアイデンティティー(主体性)の危機を乗り越えてきた。そのたびに日本文化は生き残った。世界の人々が憧れる日本文化は、文学、伝統芸能、食事作法、技術革新などにより拡散している。日本を訪れる旅行者は、人間関係、居住空間、自然との共生、洗練された文字、文化遺産といった日本文化の魅力に圧倒される。

人口に占める移民割合が10%になったからといって日本文化が脅かされるようなことがあるのだろうか。日本人は、自身の文化は外国人の流入に対して脆弱だと思っているのだろうか・・・フランスで過激化した一部の集団による襲撃事件が発生しても、フランスの社会や文化は揺らぐどころか、かえって頑強になった。ここにパラドックスがある。

硬直的な社会は頑強でなく、閉じた社会は持続的でない。民族的な均一性を守ることは安心感をもたらすかもしれないが、それは長期的には維持できない神話だ。日本文化自体も様々な起源を持つ。日本文化とは、元のそうした多様性に投げ込んだ網の中身であり、あちこちで釣ってきた要素の組み合わせではない。
現在、偉大な国の文化は外国で輝き、音楽や料理は世界を駆け巡っている。人間も同様かもしれない・・・

歩行者がいる横断歩道で止まらない車

2020年2月18日   岡本全勝

新聞で、「信号機のない横断歩道で歩行者が渡ろうとしているのに一時停止しない車」の記事(2月11日の朝日新聞オピニオン欄「さよなら、車優先社会」)を読んだので、調べてみました。
日本自動車連盟(JAF)の全国実態調査です。「信号機のない横断歩道での歩行者横断時における車の一時停止状況全国調査(2019年調査結果)

車が止まる割合は、高い方から、長野県69%、静岡県53%、兵庫県43%です。低い方では、三重県3%、青森県4%、京都府5%、富山県5%、東京都6%です。
あなたの住んでいる県は、どうですか。
関西でも、県によってかなり違います。しかし、人柄が良いとされる富山県が、関西の各県より低いのは、意外です。なぜでしょうか。

車を運転していて、信号機のない横断歩道を渡ろうとしている歩行者がいたら停車するのはマナーではなく、法令による規定です。道路交通法第38条。おもてなし以前の問題です。
1 どうして、これほど法令が守られていないのか。
2 県別の違いはどこから生まれるのでしょうか。

ハンガリーの姓名

2020年2月9日   岡本全勝

ブダペスト―ヨーロッパとハンガリーの美術400年」に行った際に、「どう表記してあるかな」と、確認してきました。作者の氏名です。

ハンガリー語(マジャール語)は、日本と同じで、姓名の順に並べます。では、絵画の解説の際に、作者の氏名をどのように表記するか。
最初に出てくるドイツ人や、後から出てくるフランス人は、名前が先で苗字が後ろ。
で、ハンガリー人はと見ると、姓名の順に表記してありました。その際に、苗字は大文字で、名前は最初の文字だけ大文字で後は小文字です。

展示品の中に、作曲家フランツ・リストの肖像画があります。ムンカーチ・ミハーイ画「フランツ・リストの肖像」です。
このページの7番を開いてもらうと、次のような説明があります。「ハンガリー出身の高名な作曲家でピアニストのフランツ・リスト(ハンガリー語ではリスト・フェレンツ)・・・」。
そうだったのですね。正式には、リスト・フェレンツだったのです。

よく見ると、このホームページの冒頭に「本展では、ハンガリーの人名は原則として「姓・名」の順で表記します。」と表記があります。

孫が知らないこと

2020年2月6日   岡本全勝

5歳の孫と65歳の私とでは、2世代、60年の差があります。5歳の幼子は、好奇心の塊で、次々と新しい知識を吸収しています。いろいろと質問され、世間のことを教えます。
その際に気づきました。孫が幼くてまだ知らないことの他に、孫の世代は知らないことがあります。正確には、体験したことがないことです。

孫と遊んでいると、「そうか、こんなことを知らないのだ」と気づかされます。
1 駅で切符を買う。駅員が、切符に、はさみを入れることを知らない。
2 お店で現金を出し、お釣りをもらう。
3 公衆電話をかける。
4 マッチを擦って、火をつける。ある知人は、孫が訪ねてきたとき、神棚と仏壇に蝋燭と線香を立てたら、孫に「もっとやって」と何度もマッチに火をつけさせられたそうです。
皆さんも、思い当たるでしょ。
現金払いが少なくなり、硬貨や紙幣を見る機会が少なくなりました。貯金箱はどうなるのでしょうか。

2002年に、東大に教えに行ったとき、47歳の私と20歳過ぎの学生や大学院生との「時代の差」に、衝撃を受けたことを思い出します。
昭和30年(1955年)、奈良の田舎生まれで、経済成長以前の日本を知っている私と、その後に生まれた若者との違いです。彼らは、豊かでなかった日本、不便だった日本を知りません。そして、明日が今日より豊かになるという実感も知りません。

フィンランドから見える日本

2020年2月5日   岡本全勝

2月1日の朝日新聞オピニオン欄「フィンランド、理想郷?」。サカリ・メシマキさん(大学院生)の「幼いころから議論と自立」から。

・・・フィンランド人は意識が高い、ですか? いえ、フィンランド人もさまざまで一概にそうは言えないと思います。ただ若者はジェンダーの平等やLGBTQ、気候変動問題などに関心のある人が多いかもしれませんね。政治を通じて社会を変えたいと声を上げる人もたくさんいます。
フィンランドでは政治は身近です。テレビなどのエンタメにも政治家を皮肉るネタがよく出てくるし、各政党の青年部では、多くの高校生や大学生が活動しています。僕も選挙の時は友達と話し、毎回投票してきました。日常生活で政治的話題を避ける方が難しいんです。

日本では政治がタブー視されますね。留学した大学のサークル友達に政治について話したら、「ニュース見てるんだ」と驚かれました。日本人は、政治の話をして他の人と意見の違いが表れることすら避けているように見えます。
日本でネガティブなニュアンスのある「意識高い系」という言葉は、フィンランド語にはありません。「家賃が高すぎる」「勤務時間が長い」といった自分に直接関わる日々の問題にも政治はつながっていて、そこから変えられると考えられているのです。

個人主義を重視するフィンランドでは、子どもの時から自分の意見を表現する経験を重ねます。学校では、世の中の物事について「あなたはどう考える?」と聞かれ、いろんな授業でクラスメートとよく議論しました。
自立することも大切だとされ、高校卒業後は、公的な補助を利用しながら親元から離れるのが一般的です。福祉制度の基盤のうえに男性も女性も一人一人が生計を立て、自分を持つということが「自立」と考えられています・・・

日本人の政治参加意識の低さは、連載「公共を創る」でも、文化資本の弱さにおいて書きました(記事になるのは3月頃です)。多くの人が、投票には行くのですが、政治活動にかかわることを忌避するのです。