カテゴリーアーカイブ:世界

科学研究での英語の壁

2026年2月28日   岡本全勝

2月15日の日経新聞に「科学研究を阻む英語の壁 母国語以外、論文却下が2倍超」が載っていました。
・・・英語はビジネスを中心に世界で広く使われているが、苦手だと感じる人も少なくない。実は科学研究でも英語が大きな壁だ。複数の調査を通じて英語が母語ではない研究者の論文は学術誌に掲載を却下される頻度が2倍以上高く、作成にかかる時間も最大で5割長いと分かった。科学の発展を阻む恐れもある言葉の障壁にどう向き合うべきか。

研究者の母語が英語でないと、論文の出版数が最大で7割も減る――。オーストラリアのクイーンズランド大学が2025年に発表した内容は、国や地域を問わない科学研究の公平さに疑問を投げかけた。論文を科学誌「プロス・バイオロジー」に掲載した。
日本を含む8カ国で約900人の研究者を調べた。そのうちのバングラデシュやネパールなど英語圏以外の発展途上国の女性が書いた査読付きの英語論文は1人あたり平均で約7本で、同24本程度の英国の男性に比べて7割も少なかった。それぞれが研究者になって約20年後の時点で比べた。

なぜこんな不均衡が生じるのか。研究をまとめたクイーンズランド大の天野達也准教授は「非英語圏の科学者は英語の論文を書くのに不利なことが理由の一つだ」と解説する。
英語は科学の「共通語」だ。世界で科学分野の出版物は98%が英語で書かれているともいわれる。また天野准教授が生物学の700以上の学術誌を調べたところ、英語以外で書いた論文を発表できるのは21年末時点で46誌(6%)だけだった。非英語圏の研究者も英語で論文を書かないと業績をあげにくい・・・

・・・天野准教授は23年、英語圏以外の研究者は英語の論文を却下される頻度が2.5倍程度も高いという研究を発表した。英国やスペインなど8カ国で初めて英語の論文を発表するなどした若手同士を比べた。論文が受理された場合も英語の表記などを直す頻度は12.5倍に達した。
英語の論文を読み書きするのにも苦労がいる。この研究によると、日本やスペインなどの研究者は英語圏の人々に比べて最大で5〜9割程度余分に時間がかかった。台湾出身で英語を使う苦労をインターネットで発信している米グーグルのアンドリュー・チャン氏は「英語の意味を正確に理解し、円滑に表現するのは大変だ」と話す。
いくつかの研究が示す英語の壁は科学の進歩を阻む恐れもある。天野准教授は非英語圏の研究者が十分に活躍すれば「人材が多様になり、新たな発見や気候変動などの解決策の提案につながる」と話す。言葉の障壁が高いままだと研究者が能力を発揮できずに、科学の発見や知見が生まれにくくなるかもしれない。

壁を取り払うためにはどうすればいいのか。人工知能(AI)は英語の論文を読み解いたり、母語を英訳したりするのに役立つ。天野准教授の論文の共著者である米スタンフォード大学のバレリア・ラミレス・カスタネダ氏は「AIの登場で英語論文を書く手間などを大幅に省けた」と話す。同氏は南米コロンビア出身で母語がスペイン語だ。
英国の生態学会はAIを使って英語の論文を無償で校閲するサービスを提供している。こうした取り組みが広がれば、英語圏以外の研究者が活躍する場が増えそうだ・・・

アメリカ、植民地を持たない帝国

2026年1月30日   岡本全勝

1月21日朝日新聞夕刊、藤原帰一教授の「トランプ政権、米国第一求めて 「安上がり」の先、失う信頼」から。

・・・ベネズエラ攻撃、グリーンランド割譲の強要、イラン情勢の放置という三つの現象には共通する要素がある。統治の負担を伴わない支配の拡大、いわば安上がりの帝国の追求である。

米国は植民地支配に頼らない帝国であった。自由貿易、基軸通貨、そして軍事基地と同盟のネットワークに支えられた米国は、世界各国の独立を認めても力を失う危険は少なく、逆に国際法秩序、民主政治、自由経済を標榜することで国際的正当性を得ることができる。直接統治に頼らないことが米国の国際的権力を支えてきた。

では米国に従わない国家に対してどうするのか。それが米国の泣きどころだった。政策への追随を求めて圧力を加えても相手が従うとは限らない。軍事侵攻によって相手の政府を倒したなら以前よりも大きな政治的不安定を引き起こし、軍事介入を拡大する必要に迫られる。ベトナム戦争からイラク戦争まで何度も繰り返されてきた、米国外交のジレンマである。

軍事介入のリスクが高いこともあって、米国外交の基本は現状維持であり、同盟国・友好国の独立保全だった。だが、米国第一を掲げるトランプ政権は現状維持ではなく、米国に有利となる国際関係の構築を目的としている。問題は、どのような手段によって米国第一を実現することができるのかという点にある。

トランプ政権の基本的政策は経済的圧力による相手政府の譲歩の強要であり、軍事介入は主要な手段ではなく、武力の使用もミサイル攻撃に終始した。ベネズエラ攻撃はその点で例外ともみえるが、フセイン政権を倒したイラク戦争と異なり、ベネズエラ介入では大統領は排除しても体制の転覆、レジーム・チェンジは求めていない。これをイラク戦争の失敗から学んだと見ることはできるが、今後ロドリゲス新政権が米国に従う保証はない。ベネズエラ介入を成功として評価するにはまだ早い。

ベネズエラ攻撃が独裁政権の打倒として正当化されていない点も注意すべきだろう。攻撃後のトランプは民主化には触れない一方、石油について繰り返し言及した。米国に石油を売るなら(あるいは譲るなら)前政権の体制が保たれていてもよい。フセイン政権の打倒で正当化されたイラク介入よりも露骨な石油利権の模索である・・・

世界で進む少子高齢化

2026年1月27日   岡本全勝

2025年12月21日の読売新聞「あすへの考」、大塚隆一・編集委員の「少子高齢化 世界で加速 人類史上初 予測超える悪化 新しい繁栄モデル構築 課題」から。詳しくは記事をお読みください。

・・・少子高齢化が深刻なのは日本だけではない。豊かな国も貧しい国も、民主国家も強権国家も同じ問題に直面しつつある。人口が減少に転じる国も増えてきた。同時に進む経済成長の減速は問題への対処を一段と難しくする。人類史上初めての事態は世界にどんな波紋を広げるのか。

まず国連の最新のデータから作った図やグラフを見てほしい。
左側は世界全体で進む少子化の現状と見通しだ。尺度にしたのは「合計特殊出生率」。1人の女性が生涯に産む子供の数の平均である。この値が1950年から2100年までの150年間にどう変わっていくかを示した。将来の予測は国連が最も可能性が高いと考える「中位推計」に基づく。右側は高齢化の推移だ。比べたのは、全人口を年齢順に並べた時にちょうど真ん中にくる「年齢中央値」である。これは国の「若さ」や「老い」の目安になる。予測の部分はやはり「中位推計」だ・・・
・・・改めて驚くのは少子化と高齢化のスピードだ。
第2次大戦後まもない1950年、世界全体の出生率は4・85だった。今は人口を維持できる「人口置換水準」の2・1をかろうじて超える2・25まで落ち込んだ。同じ期間に世界の年齢中央値は22・2歳から30・4歳に上昇した。2100年には40歳を超える。これほど急速な高齢化を人類は経験していない。
子供の数が減れば人口は伸びが鈍り、いずれピークを迎える。グラフが示す通り「中位推計」だと世界の人口は2080年代に100億人を超え、その後は減少に転じる。14世紀のペスト禍を除き、人口が下り坂に入るのはやはり初めての事態だ。

個々の国や地域の動向では注目したい点が三つある。
まず中国と韓国の少子高齢化。子供の減り方は際立っている。高齢化の勢いも他国を圧倒する。中国の年齢中央値は2100年に60・7歳になる見込みという。一体どんな社会になるのか。
次に子だくさんのアフリカも変わっていく。どの地域よりも「若さ」を保つが、少子化はこの大陸にも及んでいく。出生率は今世紀末には人口置換水準を下回る・・・

・・・ここで断っておけば国連の将来予測には異論が多い。見通しが楽観的すぎるというのだ。
多くの専門家は人口のピークはもっと早いとみる。2053年に約89億人という「低位推計」の方が現実的という指摘もある。
なぜなのか。国連は出生率が大きく下落すれば、その後は安定または反転すると仮定している。だが実際は少子化が止まらず、むしろ加速している国が多いからだ。例えば、日本。国連は2023年の出生率1・21が翌24年には1・22に回復すると予測したが、現実は1・15への低下だった。トルコは大外れだった。予測は23年1・63→24年1・62だが、実際には1・48まで急落した。
こうした流れが続けば、2100年の世界の出生率は1・84よりもっと落ち込む可能性がある・・・

・・・国連の推計が覆される例が相次ぐことが示すように、人口の将来予測は難しい。こんな例もある。
国連は人口予測を2~3年ごとに公表している。今回の2024年版を2019年版と比べると世界人口のピークは「2100年頃に約109億人」から「2084年に約103億人」に変わった。ピーク年は16年も早まった。また中国の2100年時点の人口予測は「10・7億人」から「6・4億人」に激減した。たった5年で国連の見通しはこれほど変わった・・・

誤りだった「文明の衝突」

2026年1月6日   岡本全勝

2025年12月26日の日経新聞オピニオン欄、ジャナン・ガネシュ氏の「誤りだった「文明の衝突」 紛争は仲間内から生じる」から。この後の分析は、記事をお読みください。

・・・「文明の衝突」を著した米ハーバード大の政治学者サミュエル・ハンチントン氏が、2008年に亡くなる前に「ほら、私の言う通りだった」と述べたとしても、さほど反論は受けなかっただろう。
米国は当時、すでにイラクとアフガニスタンでの作戦に何年もどっぷりはまっていた。西側諸国とイスラム世界との間で生じたこうした暴力は、かつて世界を複数の文明に分類し、それらの衝突を予見したハンチントン氏の正当性を証明したかに見えた。
我々の新たな千年紀が多くの混乱とともに幕を開けたので、彼には「先見の明がある」という言葉がついて回った。
「良いタイミングで亡くなった」などと言うのは失礼だ。だがハンチントン氏が存命だったら、世界を完全に読み違えたとして、あの米政治学者フランシス・フクヤマ氏と同様に厳しい批判を受けていただろう。

現在、重大な対立は文明と文明の間ではなく、文明内部で起きている。文明という言葉がかくも多用されつつ(米政府が先日発表した「国家安全保障戦略」も欧州の「文明消滅」について語っている)、これほど役に立たない時代も珍しい。
今の紛争が起きている場所を見てほしい。ウクライナ戦争は少なくともハンチントン氏の分類に従えば「東方正教会文明」の内部で起きている。中国本土と台湾の対立も同じ文化圏内の争いだ。ハンチントン氏はこの文化圏を中華文明と呼んだ。
世界で今、最も死者を出している紛争と思われるアフリカのスーダンの内戦も、まとまりのある宗教的、あるいは文化的な集団同士の戦いではない。それどころか同内戦の当事者を支援する外国勢力の一方にはアラブ首長国連邦(UAE)が、他方にはエジプトが含まれており、異なる文明圏というより大半が同じイスラム圏の勢力だ。
イスラエルとパレスチナとの問題は文明間の衝突に近いかにみえるが、今の世界紛争の典型例とは言えない。この局地的な紛争にかくも部外者が注目するのは、文明間の対立として理解(もしくは誤解)しやすいからで、誰もが想定できる紛争と言える。

今日の様々な対立の境界線はそれほど明確ではない。ハンチントン氏の主張で最も批判を招いているのは、イスラム教には「血なまぐさい境界線」があるというものだ。ほかの文明と接触した時、および場所から争いが始まるというのだ。
だが過去10年が示す証拠は、イスラム諸国にとっての標的はほかのイスラム諸国かに見える。イランとサウジアラビアの代理戦争、エジプトと湾岸3カ国(サウジ、UAE、バーレーン)による17〜21年のカタールとの断交、そして12月上旬にイエメンで続く内戦でUAEが支援する反政府組織が、サウジが支援する政府軍に対し大きく前進したことを考えてみてほしい。
これに11年に始まったシリア内戦と、そのきっかけとなった10年末に始まった中東の民主化運動「アラブの春」もそうで、「血なまぐさい」衝突は文明間ではなく同じ文明内で起きている・・・

トランプ流「憎悪の経済学」

2025年10月30日   岡本全勝

10月9日の日経新聞オピニオン欄、西村博之・コメンテーターの「トランプ流「憎悪の経済学」 自滅いとわぬ排斥の合理性」から。
・・・米トランプ政権の排外的な政策で米移民人口は2025年前半だけで140万人も減ったと米調査機関ピュー・リサーチはみるが、影響は移民にとどまらない。「外国人歓迎せず」の姿勢は国外からの訪問客も遠ざけ、25年は増加の予想から一転して6%、450万人減ると業界団体は予想する・・・

・・・経済への影響は避けられない。
移民が労働者の3割を占める建設業界では、拘束を恐れて米国籍をもつ移民まで外出を避け「業者の92%で働き手の確保が難しくなった」(米国建設業協会)。
農業への打撃も大きく、果実の一大産地、カリフォルニア州オックスナードを対象とした調査では労働者が最大40%失われ、生産減で価格は同12%上昇した。
接客業も人手が逼迫し、全米レストラン協会はトランプ大統領に配慮を求める書簡を送った。
余波は米国人の働き手にも及ぶ。「屋根や柱をつくる移民が去れば米国生まれの電気工や配管工の仕事も減る」と米経済政策研究所(EPI)のベン・ジッペラー氏は指摘する。「皿を洗う移民がいない飲食店は営業が滞る」
ダラス連銀は無資格移民の減少だけで25年の経済成長率は最大1%低下するとみるが、合法な滞在者や2次、3次的な影響も考慮すると打撃はさらに広がりうる・・・

・・・憎悪と経済の関係を深掘りした英ブラッドフォード大のサミュエル・キャメロン教授は、憎悪が単なる心理的、社会的現象でなく「効用の最大化」という経済学の基本原則から理解できると説く。
ポイントは「効用」が物理面・金銭面にとどまらない点だ。たとえば移民の排除で経済が傷めば狭くは「非合理的」でも、優越感や不満の発散、政治的一体感など別の領域で満足感を得られれば十分に理にかなう。こうした心理的満足感には中毒性があり憎悪を補強・継続させるとも指摘した。
一方、憎悪を生産者と消費者の取引に見立てたのが米ハーバード大のエドワード・グレイサー教授だ。生産者たる政治家は支持や献金、得票といった利益を狙って憎悪を振りまき、これを有権者が消費する。憎悪の需要が増すのは生活苦などで不満を宿す有権者が自らの感情・偏見と共鳴する言説に繰り返し触れたとき。真偽を検証する動機は薄いため、うそと憎悪が自己増殖しやすいとした。
ともに憎悪は非合理的でなく、理にかなうゆえに継続・拡大するとの指摘で、今後の米世論と政策を占う上で示唆に富む。経済に悪影響が広がっても、あるいは広がればなお、よそ者を排する動きが勢いづく懸念は拭えない。

前例はある。1910〜70年代、米南部での差別を嫌った黒人が北部に逃れた「大移動」だ。
「収穫の人手が足りず農地にも利益にも痛手だ」(ルイジアナ州の大農園主)、「工場を増設したいが労働者がいない」(テネシー州の石炭・鉄鋼会社の幹部)。1918年の労働省の報告書が記した経済界の声だ。ミシシッピ州の木材加工業者は人手不足による賃金上昇を、綿花農家は収穫減による銀行の貸し渋りを嘆いた。
一方で「黒人と一緒に働くくらいなら工場は空でいい」(同州の白人市民評議会)といった声も根強く、差別の激化が人材流出に拍車をかけた。結局、600万もの黒人が南部を去り、経済発展で北部に長く遅れる要因となった・・・