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『グローバル社会の哲学』

押村高著『グローバル社会の哲学 現状維持を越える論理』(2025年、みすず書房)を読みました。
・・・国際正義論の第一人者が、国際政治思想における「現状維持バイアス」を乗り越えるためのラディカルな問題提起を行った本書は、グローバル空間を「社会」と捉え、思考し、哲学する礎となる書である・・・

国際政治論はたくさんありますが、国際正義論や国際政治思想がどのようなものなのか。知らなかったので、この本を読んでよくわかりました。
私は、現在の国際社会は中世の国内と同じような位置にあると考えています。日本でも西洋でも、小さな「独立国」が領域を治め、対外的には戦争を繰り返していました。それが国内が統一され、主権国家が成立します。今度は、その主権国家が領域を治め、対外的には競い合います。
第二次大戦後は、それまで当然とされた戦争が、良くないこととされました。ただし、主権国家内のように武力が統一されていないので、国際社会では、戦争を始めた国を止める手段はありません。国連憲章は国連軍を規定したのですが、うまくいっていません。

主権国家単位で構成されている国際社会を統一するには、どのようにしたら良いか。この本は、政治哲学として論じます。
他方で国際社会は、主権国家の役割や戦争だけを見ていても、狭いと思います。国連やその関係機関が、貿易や健康などの分野で国際社会の統一を進めてきました。しかし、まだまだです。
経済や文化、人や思想の交流の拡大という政治外の要素も議論すべきです。もちろん、現在は主権国家という政治と軍事が最も強い要素ですが、経済や文化、人や思想の交流は、国境を越えて国際社会を統一しつつあります。完全な鎖国は、イランも北朝鮮もできていません。新型コロナウイルスのパンデミックは、国境がありません。政治や政府が意図しないところで、国際社会の統一が進みつつあるのです。
戦争を止められないこととともに、地球温暖化や海洋汚染、大気汚染、サイバー空間での犯罪など、国際社会が歩調を合わせて取り組む必要がある課題もたくさんあります。

さて将来、これらの動きは、どのように進むのでしょうか。
ヨーロッパ連合(EU)は前進と後退を繰り返しつつ、進んでいます。他方で、ロシアやイスラエルなどは、戦争を続けています。
誰も正確には予測できないのですが、希望を交えて、国際統一が進むと思いましょう。楽天的すぎますかね。

英語とフランス語の語彙の数

岩波書店の宣伝誌『図書』9月号に、野崎歓先生の「サン=テグジュペリ翻訳余滴」が載っています。そこに、次のような文章があります。

・・・英語と比べたとき、フランス語の語彙はかなり少ないと言われている。辞書で比較してみるなら、最も規模の大きな仏仏辞典である『トレゾール仏語辞典』の見出し語は約10万語。それに対し『オックスフォード英語辞典』の見出し語は約29万語と、かなりの開きがある。少ない単語でまかなっている結果、フランス語には多義語が多いということになる。とりわけ基本単語ほど、文脈に応じて異なる意味を担うのだ・・・

そしてterreという単語が、地面、土地、大地、地球とさまざまな意味を持つことが紹介されています。
日本語はどうでしょうか。一番の大きな『日本国語大辞典』は約50万項目とのこと。『広辞苑』は約25万語だそうです。

なくなる郵便ポスト

7月28日の朝日新聞に「欧州、消えゆく郵便ポスト デンマーク、手紙の配達量9割減り全て撤去へ」が載っていました。

・・・6月中旬、北欧デンマークの首都コペンハーゲン。ドイツ人の女性が中央駅の赤い郵便ポストに絵はがきを入れた。1日平均11万人が使う駅。だが、日中の3時間でポストを利用したのは、この女性だけだった。
このポストも含め、デンマークに1500あるポストはすべて、今年中に撤去される。デンマークとスウェーデンが共有する政府系郵便会社「ポストノルド」がデンマークで400年の歴史がある手紙の配達をやめ、民間企業に委ねることを決めたからだ。
女性は「残念で、びっくりです。旅先から家族にはがきを送ることが好きなので」と言う。ただ、ポストノルドの手紙の配達量は、2000年の14億5千万通から24年は1億1千万通に。9割以上も減り、採算がとれなくなった・・・
・・・一方、デンマークでは「デジタルポスト」の活用が進んでいる。
週刊紙記者、マレーネ・ジェンセンさん(28)は最後にポストを利用したのがいつか、「もはや覚えていない」。自宅の引っ越し後の半年で受け取った郵便物は家賃や光熱費の初期通知など5通だけだ・・・
・・・国民はすでに政府や自治体からの重要な情報を「デジタルポスト」で受け取っている。原則として15歳以上の全員と全ての企業が利用している。ジェンセンさんは「正直、ポストがなくても困ることはない」と話す。
来年から全国で手紙の配達を担うのは、民間の配達会社「デオ」だけになる。デオでは手紙を23デンマーククローネ(約510円)で送れる。ポストはないが、全国に1500の「ショップ」があり、そこに持っていけば、配達してもらえる・・・

・・・民主主義の発展に寄与してきた郵便制度は、国内であればどこでも公平にサービスを受けられることを法律で保障する「ユニバーサルサービス義務(USO)」に支えられてきた。だが、国連の調査で「最もデジタル化が進んでいる政府」とされているデンマーク政府は、2024年に改正郵便法を施行。USOに終止符を打ち、それが今年の手紙配達の終了へとつながった。デジタル社会への移行が進んでいることもあり、国民から強い反発の声はあがらなかった。
USOは欧州各国で岐路を迎えている。多くの国で以前よりも配達期限を延ばしたり、配達の頻度を減らしたりするなどサービスの水準を見直す動きが広がっているほか、配達料の値上げに踏み切る動きも出ている・・・

各国の事情も載っています。
英国 旧政府系企業の親会社をチェコの実業家が買収。一部の土曜配達を廃止し、平日配達は隔日に
フランス 利用の少ない郵便ポストを撤去。一部の土曜配達廃止を議論
ドイツ 旧政府系企業の親会社が過去20年間で最大となる8千人の人員削減を発表
オランダ 配達時間の目安を「24時間以内」から「48時間以内」に変更。将来的には「72時間以内」に

アメリカ分衆国

ある人が、アメリカ合衆国の現状を嘆いて、「合衆国でなく分断国だ」と評しておられました。もう一ひねりすると、「アメリカ分衆国」ですね、
もっとも、原文では United States of America ですから、Divided States of America では、意味が違ってきます。

トッド氏「対露敗北なら「米帝国」崩壊」

5月25日の読売新聞「あすへの考」、エマニュエル・トッドさんの「対露敗北なら「米帝国」崩壊」から(「あすへの考」は、先日に私も載せてもらった言論欄です。すごい欄に載せてもらったのですね。同列に論じたら失礼ですか) 。

・・・まず2期目のトランプ米大統領の政治の暴力性に驚きました。ロシアの2022年2月の侵略で始まったウクライナ戦争をめぐってはバイデン前政権の対露対決から、当事者のウクライナ、同盟相手の欧州をないがしろにして、親露和平路線へと一変した。高関税措置は、中国に手厳しいのはまだ理解できるとしても、欧州に敵対的であり、枢要な同盟国の日本さえも標的にした荒々しさです。欧州と日本を従属国として扱っているかのように見えました。

トランプ現象とは何か。それを考えるために、第2次大戦後の米国主導の国際秩序を「米帝国」と捉え直してみました。米国は「帝国」の中心ですが、全体ではない。英国と英語圏諸国、米国に解放されたフランスを含む西欧諸国、米国に占領された日独両国などが「帝国」の主要構成国です。米国の軍事力が安全保障の要となっている領域ともいえます。
「帝国」はウクライナ戦争までは安定していた。米国は情報通信技術と金融資本主義で世界を支配し、モノの生産はもはや副次的で、中国や日本やドイツ任せでも構わない、というのが西洋の大方の意見でした。「帝国」は自らの国内総生産(GDP)の3%でしかないロシアに対決する決断をして経済制裁を科す。ウクライナには武器を供与し、軍事情報を提供して全面的に支援しました。

だがロシアは持ちこたえた。米国防総省が作戦計画に関わったとされる23年夏の「反転攻勢」もしのいだ。以後、戦況はロシア優位に転じ、ウクライナの敗北、つまり「帝国」の敗色が濃厚になる。経済制裁は奏功せず、「帝国」には戦争継続に不可欠の砲弾を調達する方策もないことが露呈した。戦争に深く関わった米国は敗北を感知できたのです。
ロシアを打ち破れないということは、「帝国」を揺るがす衝撃的事態です。1989年に東西冷戦に敗れたソ連の衝撃に比較できる。トランプ氏の再選は戦争の劣勢が潜在的要因です。優勢であれば、バイデン氏の後継者の民主党候補カマラ・ハリス氏が勝利したはずです。

トランプ現象は、トランプ氏の支持基盤が大衆であり、その為政が既成秩序を不安定化している点で「革命」といえます。私は1917年のロシア革命を想起します。第1次大戦の対独戦の劣勢が引き金でした。ロシアはその後、戦争継続を主張するメンシェビキと革命遂行に固執するボリシェビキが対立し、後者が権力を握り、対独戦を放棄します。トランプ氏が革命に専念するのか、対露戦を継続するのか、予断を許しません・・・