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アイケンベリー教授、世界秩序の変遷

アイケンベリー教授、トランプ現象」(米主導の国際秩序 揺らぐ)の続きです。

・・・トランプ現象は世界秩序の危機と連なっています。
世界秩序は、20世紀のナチスの台頭・第2次大戦・ホロコースト・広島長崎原爆という一連の危機を経て、米欧民主諸国が国際主義に基づいて構築したのが起点です。戦後の東西冷戦の産物でもあり、西側「自由世界」内部の秩序でした。その成果を幾つか挙げると、第一に米国を盟主とする北大西洋条約機構(NATO)を創設して集団防衛体制を敷いたこと。第二に貿易は自由放任ではなく適度に管理したこと。第三に敵国だった日本とドイツ(当時は西独)を陣営に組み込んだこと。日独は共に非核大国の道を進み、西側の支柱になります。第四は仏独が和解し欧州統合に踏み出したこと。第五は国際通貨基金(IMF)や世界保健機関(WHO)など多国間機構を作り、国際協調を実践したこと。西側は旧来の「帝国の秩序」を脱し、「無政府状態」に陥ることもなく、繁栄を享受します。1989年に冷戦が終わり、91年にソ連が解体すると西側秩序は世界秩序へと一気に拡大します。

しかし21世紀に入ると、この秩序は揺らぎ始める。発端は2003年の米国のイラク戦争。米国はイラクの大量破壊兵器保有を理由として、仏独などの反対を無視して侵攻し、イラク政権を打倒しますが、大量破壊兵器は存在せず、自らの威信を傷つけてしまう。次は08年の米国発の世界金融危機。米国の新自由主義路線が頓挫します。そして中国の台頭。米国は01年、「中国は経済成長すれば、民主化する」と信じて世界貿易機関(WTO)に迎え入れたのですが、見込み違いでした。経済大国化した中国は民主化に向かわず、米国に対抗してきた。実は西側秩序が世界秩序に変容した時、危機は内包されたといえる。自由民主主義・国際主義の価値観が世界で共有されることはなかったのです。

ロシアのウクライナ侵略は戦後秩序の破綻を示しています。ただ地政学上、より重大な脅威は中国の挑戦です。戦後80年の世界は歴史的転換期を迎えたといえます。
人類の運命を左右し得る転換期に米大統領がトランプ氏であることに私は危惧を覚える。喫緊の課題は国際主義の原則を確認し、西側の結束を固めることですが、同氏は関心を示さない。むしろ帝国的勢力圏の拡大を企てているように見える・・・

アイケンベリー教授、トランプ現象

2月23日の読売新聞、アイケンベリー教授の「米主導の国際秩序 揺らぐ」から。

・・・第2次大戦後の米国主導の国際秩序が近年危うさを増している。4年目を迎えるロシアのウクライナ侵略はその表れだ。
米国はロシアの暴挙に際し、自由主義に対する権威主義の挑戦と糾弾し、西側諸国は団結して対露制裁を科し、ウクライナ支援に回った。ところが米大統領に先月返り咲いたドナルド・トランプ氏は、この対立構図には無頓着で、ウクライナの頭越しの対露交渉による戦争終結を急いでいる。
米プリンストン大学教授で国際関係論の泰斗、G・ジョン・アイケンベリー氏に戦後80年の世界について見解を聞くと「世界秩序は危機に陥っている。トランプ米政権は戦後体制を信じていない。奇妙な時代です」と語り出した。

トランプ氏の復活に憤慨している米国民は多くいます。ただ歴史的に見ると彼の出現は突然変異ではありません。18世紀後半の対英独立革命期から存在する「オルト・アメリカ(もう一つの米国)」という勢力の末裔といえます。
2世紀半の米国史は、より良き自由民主主義体制の構築を試みる実験の連続でした。その土台は1776年の独立宣言で掲げた「すべての人の平等」と「生命・自由・幸福を追求する権利」という原則です。奴隷制の廃止・黒人差別法の廃止などは「すべての人」を包容する開かれた社会の実現をめざす近代化の営みでした。この進歩に対し、白人男性支配の崩壊を恐れる南部の守旧派らが抵抗した。20世紀前半、大恐慌対策としてニューディール政策が導入されて社会改革が進展すると、富裕層の一部が抵抗した。自由主義的近代化を拒む勢力がオルト・アメリカです。いわば彼らは今日も南北戦争を戦っているのです。

トランプ氏の再登場は米国式近代化の一時停止を意味します。彼の支持基盤の中核はオルト・アメリカですが、先の大統領選を決したのは一般の有権者です。物価上昇に苦しみ、先行きに不安を抱き、為政者の失政に不満を募らせる民衆です。社会が分極化を深める一方で、親世代よりも子世代が豊かになるという「アメリカン・ドリーム」は逆夢になってしまった。民衆を動かしたのは希代の扇動政治家トランプ氏のエリート批判でした。近代化に代わる未来志向の米国像を示したわけではない。自由民主主義の伝統に背を向けただけです・・・

私は、アイケンベリー教授の「リベラルな国際秩序」を信奉しているのですが。

フィンランド、危機に備える「幸せの国」

2月12日の日経新聞夕刊、「危機に備える「幸せの国」 ロシアの隣、愛憎相半ば」から。
・・・近く3年となるロシアのウクライナ侵略は隣国の安全保障観にも変化を生んできた。ロシアと隣り合うフィンランドでは危機に備える意識が高まり、国境沿いで不法移民を防ぐフェンスの建設が進む。身近な脅威と向き合う「幸福度世界一」の国民は何を思うのか。現地で探った・・・

・・・とはいえ現実に迫る脅威は国民の自衛意識を高めている。24年12月末にエストニアとの間で起きた海底ケーブル破損のように、非軍事手段を組み合わせたロシアの「ハイブリッド攻撃」と疑われる事案も相次ぐ。
ケーブル破損に関与した疑いで捜査中のタンカーが停泊する南部ポルボー。地元のニック・ウェンストロムさん(34)はロシアによる侵攻の可能性を念頭に「覚悟はできている」と国を守る決意を語る。

忍び寄る危機と裏腹に、国連の世界幸福度ランキングで7年続けて首位に立つフィンランド。ウェンストロムさんに理由を聞くとこんな答えが返ってきた。
「フィンランド人は他人を気にせず人生を好きに生きるからではないか。でも……」。一呼吸置いて続けた。「誰かがいじめを始めたら団結して助け合うメンタリティーを持っている」

こうした精神性は過去に侵略を受けながらも独立を貫いた歴史に根ざす。第1次世界大戦中のロシア革命を契機に独立を果たしたフィンランドは、第2次世界大戦中のソ連との交戦に耐えて併合や衛星国の道を逃れた。
22年2月のウクライナ侵略を機に国防意識はさらに高まった。北大西洋条約機構(NATO)加盟の是非を問う民間の世論調査では同年に賛成が7割を超え、侵略前の2割台から急上昇。軍事的中立を転換し23年4月に加盟した。
内務省で救助業務を担うミッコ・ヒルトゥネン氏は「第2次大戦以来、多くの人は常に戦争の可能性があると考えている」と説く。同省は24年11月に「危機への備えガイド」を公表し、水や食料の備蓄などを国民に周知した。

「将来が不透明な中で危機に備えるのは保険のようなもので安心感がある」。1月中旬、ヘルシンキで4歳の息子と避難シェルター機能をもつ地下スポーツ施設へ来たアンナ・インゲットさん(36)は自国の備えを評価する。
記者はこの一言で台湾有事に巻き込まれるリスクのある日本最西端の沖縄県・与那国島の住民の言葉を思い出した。22年8月に中国軍が演習で近隣海域へミサイルを撃った際、取材した島民は「いざ戦争になったら逃げ場がなく不安に思う」と口にした。
安心と不安――。その差は準備の違いが生む。
フィンランドでは1200平方メートル以上の建物にシェルターの設置を義務付け、全国5万カ所超に人口の9割近い480万人を収容できる。普段は民間業者がジムや駐車場などとして運営し、有事にはベッドやトイレを設置して72時間以内に避難所にする・・・

国際郵便事情

先日、数枚の文書を封筒に入れ、国際郵便でアメリカのワシントンまで送りました。念のために、書留にしました。便利ですね、配送状況をインターネットで追跡できるのです。

新高円寺駅前郵便局に出したのが1月15日。東京国際郵便局からアメリカに向けて発送されたのが1月16日。アメリカについたのが22日。USJFKAとあるのは、ニューヨークのジョン・F・ケネディ空港のことでしょうか。直ちに税関検査のため税関へ提示され、23日に通関手続きに入りました。
ところが数日経っても、そこから進みません。ようやく、2月18日に配達されました。一月近くかかっています。
この郵便物だけが時間を要したとは思えず、大量の郵便物が滞っていたのでしょうね。

色あせる「アメリカン・ドリーム」

1月19日の読売新聞、大塚隆一・編集委員の「色あせる「アメリカン・ドリーム」「「親より豊か」遠のく白人労働者/低成長時代へ 格差の是正必要」から。

・・・主要先進国の政権が次々と交代を迫られている。共通する要因は物価高への不満だが、底流には「子は親より豊かになれる」「明日は今日より良い生活が送れる」とは限らなくなった現実がありそうだ。様々なデータを手がかりに米国と世界の現状や問題の背景について考えてみた。

まずトランプ氏が大統領に復帰する米国の状況を見たい。
最初に紹介したいのは左上の二つのグラフだ。どちらも米ハーバード大の経済学者であるラジ・チェティ教授のチームが作成した。
二つのうち左側は成人後の子供が親の所得を超えた割合を示している。発表は2016年と少し古いが、話題を呼んだグラフだ。インフレの影響を除いた30歳時点の所得を親と子で比べている。
ご覧の通り、1940年生まれの子供は約9割が親の所得を超えた。その後、親より豊かになった子供の割合は減り続け、80年代生まれだと約5割に落ち込んだ。
このグラフを含む論文のタイトルは「しぼむアメリカン・ドリーム」。まじめに働けば、親より豊かになれる。家を買って子供を育てられる。老後も心配はない。そんなモデルが色あせてきていることを象徴するグラフとされた。
80年代以降に生まれた世代については親の所得を超える割合が再び増え始めたとする調査結果もある。問題はそれが幅広い層に等しく行き渡ってはいない点だ。

・・・このうち人種別の所得に注目した調査結果が右隣の二つ目のグラフだ。こちらは昨年発表された。ここでは子供世代の成人後の年間所得が1978年生まれから92年生まれまでの間にどう変わっていったかを調べている。分かったことは二つある。
まず親が低所得の白人と低所得の黒人の場合、成人後の年間所得の差は約1万3000ドルから約9500ドルに縮まった。次に親が高所得の白人と低所得の白人を比べた。すると所得差は約1万400ドルから約1万3200ドルに広がっていた。貧しい白人は貧しい黒人に差をつめられる一方、豊かな白人には差を広げられたわけだ。
チェティ教授は「人種間の格差は狭まり、階級間の格差は広がったことになる」と指摘する。

・・・「子が親より豊か」になる割合が減り、「米国の夢」がしぼんできた要因は二つある。経済成長の鈍化と格差の拡大である。
世界経済の成長率は左下のグラフで分かるように1960年代をピークに減少傾向に転じた。米国も同じ流れである。格差の拡大は右下のグラフから明らかだ。米国では90年代に上位1%が占める所得が下位50%を超え、差は広がり続けてきた。
他の先進国の格差は米国ほどひどくない。だが低成長に加えて高齢化もあり、豊かな暮らしを支えてきた年金や医療などの制度にほころびが出始めている。
今後は新興・途上国も低成長・高齢化時代を迎える。米国とともに国の指導者が「夢」を語るもう一つの大国・中国も成長の鈍化と格差の拡大に直面している。

では「夢」に与える影響は低成長と格差のどちらが大きいのか。
チェティ教授は米国のケースについて、「20世紀中盤の高成長+今と同じ大きな格差」と「今と同じ低成長+20世紀中盤の小さな格差」という二つの前提条件で模擬計算している。それによると、子が親の所得を上回る率は「高成長+格差大」だと62%にとどまった。これに対して「低成長+格差小」は80%まで上がったという。
教授はこの結果からアメリカン・ドリームの実現が難しくなってきたのは低成長よりも格差、すなわち「成長の果実の不平等な分配」が主因で、富の広範な共有が必要だと結論づけた。この主張はノーベル経済学賞を昨年受賞したサイモン・ジョンソン米マサチューセッツ工科大教授が説く「包摂的な資本主義」などとも重なる・・・