カテゴリーアーカイブ:生き様

メトロポリタン美術館展

2022年3月31日   岡本全勝

先日、キョーコさんのお供をして、国立新美術館で開かれている、メトロポリタン美術館展に行ってきました。

メトロポリタン美術館には、2017年夏に行ってきました。なんと、あのベラスケスの「オリバーレス公伯爵」も来ていました。
宣伝文にあるように、ヨーロッパ絵画500年の歴史をたどることができる構成です。結構良い作品も来ています。「こんなに日本に貸し出して、大丈夫かな」と心配しましたが、建物を改修中だとのこと。
別の日に行った、東京都美術館のドレスデン古典絵画館展も良かったです。上塗りして消された元の絵を復活させるとは。そんなことができるのですね。

高松塚古墳壁画発見50年シンポジウムも、競争倍率5倍という人気でしたが、私を含め高齢者がほとんどでした。それに比べ、二つの西洋絵画展は、若い女性が多かったです。

西尾勝先生ご逝去

2022年3月26日   岡本全勝

西尾勝先生が、お亡くなりになりました。83歳でした。ご冥福をお祈りします。新聞にも書かれているように、行政学の第一人者、そして地方分権を進めた方です。先生がおられなかったら、地方分権改革は進まなかったでしょう、あるいは違った結果になっていたでしょう。情報公開制度や市民参加にも、力を入れられました。「西尾勝先生の時代の証言者

私は東大法学部で、西尾勝先生に行政学を、塩野宏先生に行政法を学びました。当時20歳だった私は先生方を見て、「遠くの山」「とても登ることのできない、絶壁の高山」と思いました。当時、西尾先生は37歳、塩野先生は44歳でした。「西尾勝先生、分権改革の整理

西尾勝先生から「必要があって、岡本君が書いた『進む三位一体改革』を読んだけど、やたらと長かったね」との「おしかり」をいただきました。たぶん、先生が『地方分権改革』(2007年、東大出版会)を書かれる際のことだと思います。私は「先生、すみません。あれは、関係者向けの実況中継だったんです。一冊の本にまとめるときは、そぎ落とそうと考えていたんですが、時機を失してしまいました」とお詫びしました。そんな思い出もあります。「続・進む三位一体改革

カンボジアPKO

2022年3月24日   岡本全勝

読売新聞「時代の証言者」3月は柳井俊二・元外交官です。22日「高田警視が殉職 衝撃」、23日「派遣継続首相の即断」と、1993年5月のカンボジアPKOについて書かれています。日本が初めて取り組んだ、国連の平和維持活動が、このカンボジアです。

・・・《日本人文民警察官5人と護衛のオランダ兵らが乗った国連の車列が5月4日、何者かに襲われた。岡山県警の高田警部補(2階級特進で警視に)が即死、日本人警察官4人が重軽傷を負った》
5月の大型連休の最中で僕は東京を離れていましたが、一報を受け、慌てて戻りました。軽井沢にいた宮沢喜一首相も即、帰京された。日本はPKOから撤退するのか。重たい空気の中、会議が始まりました・・・
・・・カンボジアでのPKOを続けるべきか、撤退するべきか。その夜、官邸で開かれた緊急会議で、宮沢喜一首相が「柳井君、これはどういう事態だろうか」と口火を切りました。
遺憾なことに犠牲者が出てしまったが、停戦合意が崩れたわけでも、日本人を狙ったわけでもない。撤退する状況にはなっていない――。
こう説明すると、宮沢さんは「私もそう思う。ここはがんばりましょう」とおっしゃった。即断でした。
しかし、世論は撤退の大合唱です。閣僚の中にも引くべきだと主張する人がいたし、警察庁幹部も動揺していた。
《高田警視の葬儀は5月10日、岡山県内でいとなまれた。負傷した4人の警察官は、それぞれの地元で療養することになった》
お葬式は、それは 辛つら かったです。それ以上に参ったのが、派遣警察官の奥さんたちが「引き揚げさせてください」「あと何人死んだらいいんですか」と総理府の私の部屋に何回も来られたことです。心配な気持ちは痛いほどわかる。「一層の安全対策を講じます」と理解を求めるしかありませんでした。
カンボジア各地に点在していた文民警察官をプノンペンに集め、活動を中断。その後、安全策を強化した上で戻ってもらいました。
PKO終了後、国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)の軍事部門司令官だったジョン・サンダーソン豪州軍中将を日本に招きました。「あの時は心配した。日本が撤収していたら、カンボジアPKOは瓦解していたかもしれない」と振り返っていた・・・

このとき、現地の警察官から事情を聞き、動揺を抑えるために、総理の命により村田敬次郎自治大臣兼国家公安委員長がカンボジアに派遣されました。主任の大臣は河野洋平官房長官ですが、官房長官は日本を離れることができないので、国家公安委員長の村田大臣が行くことになりました。私もお供したのですが、それは慌ただしくとても緊張する出張でした。今も、鮮やかに覚えています。私にとって、政治とは何か、政治家とは何かを考える機会でした。「当時の写真

21日「PKO法早く 焦り」に次のような記述があります。
・・・やきもきする中、PKO協力法は92年6月15日に成立しました。社会党は、全衆院議員が抗議の辞表をとりまとめたり、採決では牛歩したり、徹底抗戦しました。あれが党勢退潮の始まりでしょう・・・

故・竹下亘先生お別れ会

2022年3月14日   岡本全勝

今日3月14日お昼に、故・竹下亘先生のお別れ会(東京プリンスホテル)に行ってきました。岸田総理をはじめ、大勢の政治家の方が来ておられました。

竹下先生は、復興大臣を務められました。私は統括官と事務次官としてお仕えしました。
大臣就任早々にお話があり、「復興事業の中でも、地元自治体負担を求めないと、公平ではないものがあるのではないか」との、お尋ねと指示でした。私も常々考えていたことなので、直ちに案を作りました。関係者と調整して、案を持って、大臣と一緒に自治体に説明に回りました。大臣自ら乗り出していただいたので、この難しい話が進みました。「次官就任

春ですね

2022年3月13日   岡本全勝

東京は、昨日12日今日13日と、一気に暖かい日になりました。キョーコさんのお供で外出しましたが、コートが不要でした。下着も、春用に替えました。

玄関横の椿は、まだきれいな花を咲かせています。もうそろそろ終わりでしょう。
プランターのチューリップが、伸びてきました。ご近所のミモザが、鮮やかな黄色い花を咲かせています。散歩途中の善福寺川沿いの桜の中には、つぼみが膨らんできたのがあります。