ロナルド・ドーア先生が、お亡くなりになりました。ロンドン大学名誉教授で、イギリスで日本研究の第一人者です。
先生とは、ひょんなことから、電子メールのやりとりをしたことがあります。
2007年に、先生が東京新聞に書かれたコラムに、私のホームページの記述が引用されたのです。で、お礼に電子メールを打ったら、お返事を頂きました。イタリアのアドレスになっていました。
ご冥福をお祈りします。
ロナルド・ドーア先生が、お亡くなりになりました。ロンドン大学名誉教授で、イギリスで日本研究の第一人者です。
先生とは、ひょんなことから、電子メールのやりとりをしたことがあります。
2007年に、先生が東京新聞に書かれたコラムに、私のホームページの記述が引用されたのです。で、お礼に電子メールを打ったら、お返事を頂きました。イタリアのアドレスになっていました。
ご冥福をお祈りします。
『明るい公務員講座』では、来週の予定を金曜日に立てて、仕事の段取りを考えようと、お教えしています。
私の場合、仕事の予定は秘書が管理してくれていて、毎週金曜日に打ち合わせをします。ところが、私はもう一つの「来週の予定表」を、作らなければなりません。すなわち、どこで3食を食べ、どこで寝るかです。
基本的には、週の前半は福島で勤務し、ほかの日は東京勤務ですが、金曜日午前は慶應大学に行きます。そして、昼食会や夜の意見交換会が入ります。講演の出張や、土日に仕事や知人と会う用件が入ることも。その予定を、キョーコさんに申告しなければなりません。簡単に言うと、次の項目です。
・朝食は家で食べるかどうか。
・何時に出かけるか。
・弁当は必要か。
・夜は家で食べるかどうか。
・家で泊まるかどうか。
少々変則的な「下宿人」なので。
「希少価値と過剰と、書物の変化」の続きです。図書館に行けば読むことができる本を、手元に置いておく。しかも、高い代金を払って購入します。なぜか。
「読みたいときにすぐに読むことができるように、手元に置いておきたい」というのが一つの理由でしょう。「読んだ本を並べておきたい」という理由もあります。
でも、私のように、たくさん買ったけど山積みになっている状態では、お目当ての本をすぐに探し出すことは不可能です。大きな書庫を持っている人は別ですが。そのたくさんの本を、いつか読むことも不可能でしょう。
本が希少価値だった時代は、蔵書とは高級な趣味でした。
しかし、私の場合は、稀覯本とか高価な本を持っているわけではありません。アマゾンで発注すれば、買えるような本ばかりです。
女性がたくさんの着物を、あるいは余裕のある男性がスーツをため込むのと同じですかね。一生かかっても、袖を通すことは不可能。「タンスの肥やし」と呼ばれるものです。
機能だけを考えれば、すぐに探し出せない蔵書は意味がありません。読んだ本と読みたい本の書名を分野別に分類して、パソコンに記録しておく方が使い勝手がよいでしょう。
そして、本の実物は持たず、アマゾンにリンクを張っておけば、目次や概要はわかります。注文すれば、1週間も経たずに届きます。しかも世界中からです。手元に置くのは、必要最小限にするのです。
もっとも、昭和の人間、紙で育った私は、なかなかそうは踏み切れません。
肝冷斎も、読み切れないほどの、冥土に持って行けないほどの漢籍をため込んでいるようです。
これからは、読書ノートも、パソコンを使って、機能的に記録できるのでしょうね。
私も、パソコンとホームページがあるから、読んだ本の感想文を書き残しています。これが、紙のノートにペンだと、記録しても二度と読まないので、書くこともなかったでしょう。10年ほど前までは、読書ノートはつけていませんでしたから。
新聞の読書欄には、興味深い本が紹介されています。本屋に行くと、これまた面白そうな本が並んでいます。ついつい買ってしまいます。
しかし、1週間に読むことのできる量は限られていて、読まない本がたまっていきます。どうもいけません。
読むことのできる量だけ本を買えば、こんなことにはならないのです。でも、思ったときに買っておかないと、次いつ巡り会うかわからないし。何かの拍子に、読みたくなるのですよね。
子供の頃は、身近に本が無くて、それは貴重でした。弟と一緒に、学校や村の図書館の本を読みました。学生時代は読みたい本がたくさんあっても、財布と相談して、そんなにたくさんは買うことができませんでした。
社会人になって、そして給料が上がって、少々の値段なら悩まずに買うことができるようになりました。
他方で、出版される本の量が急増しました。新書版でも、岩波と中公と、講談社現代新書くらいだったのに。今や、数え切れないほどの出版社が新書版を出しています。
希少価値だった本が、有り余るようになって、消化しきれなくなりました。
最近は、考えを変えました。「買った本を、すべて読むことはあきらめよう」「こんな本もあるんだと、目次を見ただけでも満足しよう」「手元に置いておくことで満足することにしよう」とです。
辞書を全部読もうという人は、いません。何か知りたいときに、調べるためにあるのですから。それと同じと、割り切りますわ。目次を読めば良しとしましょう。
この項続く。