「身の回りのこと」カテゴリーアーカイブ

薄れゆく方言、私の場合

薄れゆく方言」の続きです。笑い話として読んでください。

35年ほど前に鹿児島県で、職員から「鹿児島弁に慣れてください」としかられました。そこで、努力しましたが、ぜんぜんものになりませんでした。教育界の重鎮である新納先生(「にいろ」と読みます)に尋ねたら、「18歳までに習得しないと、無理でしょう」と言われました。それで、努力を止めました。

私は、その後も、関西標準語を通しています。総理大臣との会話でも、意思疎通に苦労したことはありません。ただし、何かの会議で「全勝さんも、(東京)標準語を話すことがあるんですね」と、参加者から指摘されたことがあります。「不覚だった」と反省しました(笑い)。

NHKテレビにも、雨の予想を伝える予報士さんに向かって「アメと違う。アメや」と叫んでいます(前のアメは東京アクセント、語の後ろが低い↓。後ろのアメは関西アクセント、語の後ろが高い↑。これに、疑問の場合の後ろ上がりのイントネーションが入ると、さらにややこしくなります)。「関西弁は奥深い
とはいえ、私も奈良の実家に帰ると、親族たちの話している奈良弁と、私の言葉が違っていることに気づきます。

過去の記事「皇太子殿下の前で」「清朝の高官との違い」「シャンポリオン」「去年も同じ話題」。何度も同じことを言っていますな。反省しなはれ。

背徳の楽しみ、未読書の山

4月4日の日経新聞読書欄「半歩遅れの読書術」は、米澤穂信 さんの「本の信用 どこで判断するか 略歴や参考文献にも目配り」でした。このコラムの趣旨は、表題の通りなのですが、ここで紹介するのは冒頭の1節です。

・・・乱読ほど楽しいことはない。知りたいという欲に身を任せ、自宅に眠る未読書の山のことなど忘れて、書店のレジに本を積む快楽は背徳的ですらある・・・

はい、おっしゃるとおりです。先月たくさん買ってほとんど読んでいないのに、書評を読んだら読みたくなって、また注文してしまいました。肝冷斎も、同感やろうなあ。

3代目夏椿

玄関脇に、夏椿を植えました。
家を造ったときに、赤い椿と白い夏椿を、対に植えたのです。椿は、たくさんの花を咲かせてくれています(年によっては、花が咲かないときもあります)。夏椿は、これまで2回枯らしてしまいました。すまないことを、してしまいました。

性懲りもなく、3回目の挑戦です。インターネットで1.5メートルほどの木を買って、届けてもらいました。
三度目の正直か、二度あることは三度あるか。課題は水やりです。最近は、鉢植えも枯らすことがないので、頑張りましょう。

ピーター・メイル「南仏プロヴァンスの25年」

ピーター・メイル著『南仏プロヴァンスの25年』(2019年、河出書房新社)を読みました。
メイルさんの『南仏プロヴァンスの12か月』が出たのは、1993年のようです。私も引きつけられ、類書も読みました。確か、NHKで放映されたと記憶しています。ビデオにも撮りました。
プロヴァンスブームに火がついて、はや30年になるのですね。懐かしくなって、本書を手に取りました。

この本も、軽妙洒脱な文章で、プロヴァンスの風土や、そこを訪れる外国人たちの生態を、面白おかしく紹介しています。
メイルさんは、「25年」を書いて、お亡くなりになったそうです。今頃、空の上から、満足そうにプロヴァンスを眺めておられるでしょう。

これまでにない分野を切り開き、多くの人に喜んでもらえる。それは、仕事冥利です。
もちろん、英語の通じないフランスの片田舎に移住して、様々なご苦労もあったのでしょうが。それを笑って表現するところが、みんなに愛される秘訣でしょうね。

我が家の椿は花盛り

今日の東京は、2月とは思えいない、暖かい春の日でした。
先日、一輪花が開いた我が家の椿。1週間のうちに、次々とつぼみが開いて、赤い花が鈴なりになりました。
藪椿なのですが、赤い花びらの縁が白く回っています。メジロが蜜を吸いに来ているらしく、花びらが傷んでいます。
ご近所の梅の花は盛りを過ぎ、黄水仙が真っ盛りです。