カテゴリー別アーカイブ: 災害復興

行政-災害復興

被災地に移住する人たち

6月14日のNHKネットニュースが、「川内村在住の4分の1は移住者」を伝えていました。
・・・東京電力福島第一原発の事故による避難指示が3年前までにすべて解除された川内村で、村に移住してくる人が毎年100人前後で推移し、村内で暮らす人の4分の1を占めていることがわかりました・・・

・・・原発事故が起きたとき、村に住民票を登録していたのは3038人でしたが、今月1日時点では400人以上減って2599人となっています。
このうち実際に村で暮らしている人は、80.6%にあたる2095人となっています。
一方で川内村では、首都圏などから村に移住する人が多い傾向があります。
村に転入する人の数はこの3年間、毎年100人前後で推移し、震災後、村に移住して生活する人はあわせて486人と、村の中で暮らす人の23.2%を占めています。
これについて村は、原発周辺の復興事業や原発の廃炉に関わる人が転入していることや、補助金などを活用して工場が進出していることが理由だとみています・・・

うれしいことですね。川内村は、山間部に開けた盆地の村です。自然豊かなきれいな所です。
東日本大震災の被災地の多くは、震災前から人口減少が続いていました。そこに大災害が起きて、たくさんの人が故郷を離れました。町が復興して戻ってくる住民もいますが、戻らないと決めた人もいます。すると、地域のにぎわいを取り戻すためには、新しく人を呼び込むことが重要です。自然に恵まれているので、定年後の人が移ってくることもありますが、若い人を呼び込むには働く場が重要です。
各市町村が、力を入れています。

原発事故被災地での営農再開

原発事故被災地では、避難指示が順次解除されています。大きな課題は、産業の再開です。働く場がないと、人は戻ってこないのです。
主たる産業であった原発は、廃炉が決まっています。地元の多くの商店は、原発を中心とした産業に支えられていました。すると、事業者に戻ってもらうことと、新しい産業を興すことが必要になります。

商工業については、経産省を中心とした、福島相双復興推進機構(福島相双復興官民合同チーム)が頑張っています。そして成果を上げています。しかし、全部の事業者が戻るわけではありません。新しい産業を呼び込むために、福島イノベーション・コースト構想を進めています。

もう一つは、農業です。農地も除染しています。戻って営農を再開している方もおられるのですが、多くの方は戻っておられません。田畑は、放置すると荒れてしまいます。市町村では、農地を集約して(まとめて借り上げて)、法人に営農をしてもらうことも進めています。
双葉町でも、農業再開に向けて、法人に協力してもらって計画を作ることにしました。6月8日河北新報「営農再開ビジョン策定へ 全町避難の福島・双葉町「舞台ファーム」と連携 販路探り具体化目指す

記事にもあるように、舞台ファームは、南相馬市小高区、浪江町でも、営農再開に協力してくださっています。楢葉町では、サツマイモについて企業が協力してくれています。ありがとうございます。

福島の環境再生、環境省の努力

環境省が、放射性物質で汚染された県土の再生に取り組んでいます。土をはぎ取って、中間貯蔵施設に集めます。
土のはぎ取りは、帰還困難区域以外では完了しました。いま、仮置き場に置いてある除去土壌を、中間貯蔵施設に運んでいます。
浜通りを通ると、6号線や常磐自動車道で、緑のゼッケンをつけたダンプカーにすれ違います。これが、土壌の入ったフレコンバッグを運んでいるダンプカーです。

広報チラシである「ふくしま環境再生」の6月号は、「輸送を支えるひとびと」特集です。運転手さんの1日が載っています。安全に輸送するため、さまざまな確認を取り入れています。ご覧ください。

初夏の福島の風景

復興の仕事に携わって、東北地方、特に地方を見ることが多くなりました。
沿岸部の被災地域とともに、新幹線の駅からそこまで移動する間の景色です。もちろん、新幹線の窓からも、季節の移り変わりを見ることができます。東京で仕事をしているだけでは、わからない景色です。
野山の緑、田んぼの稲の生長のほか、花がきれいです。桜は、枝垂れ桜の立派な木が多いです。朴の木(ホオノキ)の大きな白い花は、目立ちます。

昨日、楢葉町での会議の帰り、いくつかの場所を見てきました。
常磐自動車道が開通し、相馬福島道路がほぼ開通したので、これを使うと早くて快適に福島市まで帰ることができます。ところが、それでは、これまで通っていた飯舘村、浪江町津島地区、川俣町などを通らなくなるのです。視察する場所があれば行くのですが、他の町の行き帰りに通ると、復興の状況も見ることができます。
で、県道を通ってもらい、遠回りをして、小高区、飯舘村の交流館や住宅などを見てきました。

窓の外を見ていて気がついたのは、バラの美しさと、ひなげしの鮮やかさです。いくつもお宅が、バラを育てておられます。白やピンクの他に、深紅のバラが目立ちます。きれいです。
そして、真っ赤なひなげしです。飯舘村の田畑に、たくさん咲いていました。植えておられるようです。
先月、ハンガリー平原で、牧草地に咲く真っ赤なひなげしを見てきました。ひなげしの花は、アグネス・チャンの歌に出てきました(古いですね)。40年間、「まあ、芥子の花だ」とくらいに思っていました。ひなげしにもいろんな色があるようですが、ハンガリー平原で見た花は、真っ赤でした。
ポピー、アマポーラと呼ばれていることを知りました。ベルギー平原に咲くポピーは、第一次世界大戦で戦場に散った若者の象徴であることを、かつて本で知りました。緑の草原に咲くあの赤は、確かにそれを想像させます。虞美人草だとは、知りませんでした。

福島12市町村の将来像検討会議

今日は、福島12市町村の将来像検討会議に行ってきました。これまでは、福島市や東京で開催していたのですが、今回は、楢葉町、Jヴィレッジで開催しました。Jヴィレッジは、サッカー場だけでなく、ホテルや会議室も備えているのです。

将来像検討会の第1回は、平成26年です。5年近くが経ちました。あの頃と比べると、現地の復興は進みました。順次、避難指示が解除されています。
復興が進むと、地域内での状況の差が、目立つようになりました。早く解除されて住民の戻りが早い町、解除されたが住民の帰還はこれからの町、まだ避難指示が残っている町です。
12市町村を一括りに、議論できなくなりました。これからは、12市町村全体の議論とともに、市町村ごとの状況に応じた対応が必要です。