カテゴリーアーカイブ:政治の役割

会話と対話と論戦と・その2

2012年7月16日   岡本全勝

平田オリザさんのインタビューの続きです。
「日本政治に足りないと言われてきたのは、『対話』ではなく、『討論』『論戦』だったのでは?」という問いに対して。
・・対話とディベート(討論)は、どこが違うか。ディベートは、自分の価値観と論理によって相手を説得し、勝つことが最終目標になる。負けた方は全面的に変わらないといけない、勝った方は変わる必要がありません。しかし対話は、勝ち負けではありません。価値観をすりあわせることによってお互いが変わり、新しい第三の価値観とでも呼ぶべきものをつくりあげることが目標になります・・

「日本の国会で繰り広げられているのは、討論でもないように思います」という問いには。
・・そう、討論でもない
・・言葉から受け取るメッセージは人それぞれで、あいまいさが残る。そこをきちんと詰めて文脈をはっきりさせるのが、野党やジャーナリズムの責任です。しかし日本では自民党政権があまりにも長く続いてきたため、野党やジャーナリズムの政権攻撃は、あいまいさを詰めるというよりは、政権がやろうとしていることそのものを否定するというやり方をとってきました。
野党は、政府与党が聞く耳を持っているとはハナから思っていないし、政府与党も、野党の意見に耳を傾ける必要があるなんて思っていない。特に1980年代まではイデオロギーの対立があったから、文脈をすりあわせるような対話や熟議は望むべくもないし、討論とさえ呼べないひとりごとで国会が埋め尽くされるようになってしまったのだと思います・・

後段について、私はジャーナリズムの役割や責任も大きいと思います。政府与党への批判は重要ですが、代案のない批判は建設的ではありません。また、対話や討論は、政策を巡ってされるものですから、それなりの勉強が必要です。政局報道は、対話や討論とは違う次元の報道です。

会話と対話と論戦と

2012年7月14日   岡本全勝

朝日新聞7月5日オピニオン欄、平田オリザさんのインタビューから。
・・ダイアローグ(対話)とカンバセーション(会話)は、明確に違います。私なりに定義すると「会話」は親しい人同士のおしゃべり。「対話」は異なる価値観などをすりあわせる行為。しかし日本語の辞書では「【対話】向かい合って話をすること」などとされ、区別がない。
・・日本語は、閉じた集団の中であいまいに合意を形成するのにはとても優れた言葉です。日本文化の一部ですから、悪い点ばかりではない。近代化以前の日本は、極端に人口流動性の低い社会でした。狭く閉じたムラ社会では、知り合い同士でいかにうまくやっていくかだけを考えればいいから、同化を促す「会話」のための言葉が発達し、違いを見つけてすりあわせる「対話」の言葉は生まれませんでした
・・対話のための日本語はいまだにつくられていない。富国強兵、戦後復興、所得倍増と大きな国家目標があって、それに向かって努力していればきっと幸せになれると多くの人が信じているような社会では、多様な価値観は生まれにくい。みんなが一丸となって目標に突き進めばよかったので、対話は必要なかったのです・・

なるほどと思います。ただし、農村社会ではこの説は有力だと思いますが、相手との駆け引きや競争が必要な商人の世界では、どうだったのでしょうか。また、日本と同じような環境にあった国では、どうだったのでしょうか。たとえば韓国やネパールとは、どこが同じでどこが違うのでしょうか。さらに掘り下げて、知りたいです。
私も日本社会論や日本特殊論を語ってきましたが、ほとんど欧米との比較であって、アジアとや全世界との比較ではありませんでした。欧米を基準とした比較に陥らないようにしなければならないと、反省しています。
この項続く。

政党の機能不全

2012年6月27日   岡本全勝

朝日新聞6月26日オピニオン欄は、佐々木毅学習院大学教授へのインタビュー「決められない政治の責任。政党の機能不全は政治家の努力不足その一言につきる」でした。
「一連の政治改革が、小選挙区制導入、2大政党化、政権交代と進んで約20年。民主党政権は混迷が続き、いまは「決められない政治」と言われています」という問いに対して。
「大きな混迷は2度あったと思います。ひとつは1990年代後半、野党が次々とできては消える状態があって新進党の解党に至った。2度目は小泉純一郎首相が退陣した後の自民党の混迷です。共通しているのは、政党が組織として機能していないこと。政治改革では、政治家個人から政党中心の政治に変えようとした。政治資金、選挙制度の改革を進めましたが、その間、政党は改革されなかった。政党をどう経営するのか、政治家が努力しなかった。一言で言えばこれにつきる」

「政党を鍛え直すには何が必要ですか」という問に対しては。
「政党の商品は政策と人。この2つをどうするかが、出発点となる。政策は、これに関わる人材をどれだけ集められるかでしょう・・
人については、適材適所。だれが首相や閣僚にふさわしいか、国会向きはだれか。人の選抜、登用のルールが必要です・・党の幹部が、君は閣僚向き、あなたは国会対策向きといった仕切りをして、人材を活用していく。企業でいうガバナンス(統治)が政党にも欠かせない・・」

政党での人事は、難しいですね。役所にしろ会社にしろ、多くの組織は、大臣や社長を頂点とする、人事と権限の階層制(ヒエラルヒー)が決められています。部下は、上司の命令に従うのです。しかし、政党の場合は、党員が党首を選びます。党員に不満がある場合は、党首をすげ替えることができるのです。
付け加えるなら、このほかに、政党の組織としての意思決定ルールを明確にすることが必要だと思います。それは明文でも、慣習でも良いのですが。意思決定ルールが不明確な政党は、党員もまたそれ関わる関係者にも、困ったことが起きます。

消費税増税、3党合意の評価

2012年6月16日   岡本全勝

昨日15日、消費税増税ついて、民主、自民、公明の3党が合意しました。今朝の新聞各紙が伝えているとおりです。その評価について。

日経新聞1面では、小竹洋之編集員が「合意、法案成立につなげ」と題して、次のように書いておられます。
・・複雑な思いが残る3党合意である。消費税増税の実施で足並みをそろえた点は評価するが、社会保障の抜本改革を先送りするのは看過できない。消費増税の合意を今国会での法案成立につなげ、社会保障改革の具体化も急がねばならない・・

朝日新聞1面では、曽我豪政治部長が「政権交代の回路崩壊」と題して、次のように書いておられます。
・・民主党がこの3年つづった政権交代の物語は、いったん終わった。決められない政治から抜けだそうとはした。だが自公両党との修正合意で払った代償はあまりに大きい。
思い出してほしい。2009年、民主党は「政権交代。」をうたい、最低保障年金制度を明記したマニフェスト(政権公約)は「国民との約束」とみえをきって民意を引きつけ、衆院選を制した。日本の政党政治が追い求めた政権交代のサイクル(回路)がやっと循環した。2大政党が公約を示して政権を競い、勝者はその実現度合いを次の衆院選で問い、敗者は対案と政権奪取にたる公約を磨く―だが民主党はそのサイクルを起動させるかなめの公約をかなぐり捨てたのだ・・

それぞれ詳しくは、本文をお読み下さい。なるほど、このような見方もあるのだと、考えました。一人は経済部、もう一人は政治部です。私ならどう書くか。そして、私にとっては旧知の2人の記者が、それぞれ1面の真ん中で、自説に基づいた評価を書いています。今朝は、別の感慨にもふけっていました。

委員会設置が生む無責任?

2012年5月6日   岡本全勝

古くなりましたが、4月29日の日経新聞文化欄は、蓮見重彦元東大総長の「会議が多すぎはしまいか」でした。
・・実際、解決すべき問題が生じると、ほとんどの組織は、ほぼ例外なしに、特別な委員会を設置して審議を付託する。数ヶ月、ときには数年をかけたその審議が答申案としてまとまると、その委員会の設置を決定した会議でそれを改めて検討することになる。だが、合意の形成や問題の解決のために、何人もの人間が何時間も拘束されて議論せねばならぬものだろうか。そのための膨大な時間と労力の浪費を、誠実な努力だと勘違いするのはそろそろやめねばなるまい。会議は、いま、さまざまな組織の責任の放棄によって機能しているとしか思えぬからである。
・・「東日本大震災」という曖昧な語彙をその名称に含んだ委員会が、内閣府の「東日本大震災復興構想会議」や衆参両院の「東日本大震災復興特別委員会」をはじめ、それぞれの地方自治体や関係する学会などによっていくつも設置され、その総数は民間のものを加えればおそらく百は下るまいと思う。このときならぬ「復興」をめぐる委員会の増殖ははたして祝福すべきことか、それとも憂慮すべき事態なのか。
おそらく、「東日本大震災」の「復興」を議論するさまざまな「特別委員会」から、数えきれないほどの分厚い報告書が提出されるのだろうが、これはいささか不気味な事態ではなかろうか。考慮に値する提言を採用するべく報告書にくまなく目を通すことなど物理的にほぼ不可能だし、「大震災」からの「復興」を論じるのに「特別委員会」の設置がふさわしいことかどうかさえ、誰ひとりとして真剣に問おうとはしていないからでもある・・
個人のリーダーシップとやらもそうであるように、会議には会議の限界というものがある・・
詳しくは、原文をお読みください。