カテゴリーアーカイブ:著作と講演

連載「公共を創る」115回

2022年4月22日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第115回「個人の自由への介入」が、発行されました。引き続き、政府による個人の生活への介入について説明します。

道徳の授業は、個人の内面に関わることです。子どもを一人前の大人にするためには、他者と共に生きていく規範や生命などの重要性を教える必要があります。「国家は個人の内面に立ち入らない」とは、言っておられません。問題は、どのような場合にどこまで介入できるかです。そしてそれが国民の議論になっているかです。国会ではどの程度議論されているでしょうか。
政府による個人の自由の制約の話に戻ると、私事の自己決定をどこまで制約できるかという問題になります。安楽死を認めるのか、お酒やスマホ中毒を防ぐように介入するのか・・・。「放っておいてくれ」という人に、どこまでお節介を焼くことができるのでしょうか。

そして成熟社会になって、少し違った次元の問題が出てきました。幸福感と生きる意味をどのように生み出せばよいかです。「それは個人の問題だ」ともいえますが、多くの人が悩むようになると、政府として国民に生きがいや幸福を追求する条件を整えることが必要になってきました。このような議論が、国会や論壇でなされていないのです。

次回掲載は、5月12日号です。連休をはさむので、既にゲラになっています。これで連休は一安心なのですが、その続きの執筆に追われています。

コメントライナー寄稿第3回

2022年4月19日   岡本全勝

時事通信社「コメントライナー」への寄稿、第3回「コロナ禍をコロナ成果に」が配信されました。今回は、コロナ禍によって私たちはどのようなことを学んだか、何を教訓にすべきかについて書きました。

人や組織は、困難を乗り越えることで強くなっていきます。自然災害については、阪神・淡路大震災と東日本大震災でたくさんのことを学び、対応力を強化してきました。
今回のコロナ禍にあっても、うまく対応できたこと、まずかったこと、隠れていた問題が見えたことなどがありました。
在宅勤務やオンライン会議が一気に普及したことは、思わぬ効果です。以前から言われていたのですが、機器が整備され、遠慮なく在宅勤務ができるようになりました。一方で、病床があるのに患者が受け入れられないという欠陥も分かりました。

このような経験と問題点については、各分野で検証が始まっています。今回、私が指摘したのは、全体像、司令塔の検証です。緊急時に動員できる資源(人、物、能力)には限界があります。また、感染予防のための行動制限と社会活動の継続は、相矛盾しています。両方同時には成り立たず、またどちらか一方を取るわけにはいきません。「ちゅうちょなくすべての対策を直ちに打つようにすべての担当者に指示」してはいけないのです。東日本大震災での私の経験を踏まえて、提言しました。
次の災害に備えて、コロナ禍を「コロナ成果」にしなければなりません。

連載「公共を創る」114回

2022年4月15日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第114回「「生きていく力」を身に付けるには」が、発行されました。前回から、政府による個人の生活への介入について説明しています。

前回に引き続き、子どもを一人前の社会人に育てることを議論しす。現代では、これは難しい課題になりました。身につけなければならない知識が増えたのです。知育とともに道徳が重要になりました。困ったときに乗り越える力も必要です。「政府や社会は個人の内面には立ち入らない」とは言っておられません。

私たちはしばしば、怒りが暴走するときがあります。それをどのように扱うか。「心の取扱説明書」についても、説明しておきました。あなたの職場にも、「瞬間湯沸かし器」と呼ばれる人や激高して部下を怒鳴る上司がいますか。ひょっとして、あなたがそうですか。

連載「公共を創る」113回

2022年4月8日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第113回「生活への介入」が、発行されました。前回まで、政府の社会(コミュニティ)への介入について説明しました。今回から、個人の生活への介入について説明します。

社会は個人の集まりですから、政府による個人への介入は、社会への介入と重複することが多いです。ただし異なることは、社会はみんなに開かれた空間ですが、個人には秘密にしてほしいこともあります。プライバシー(私事権)です。
そこには2つのものがあります。一つは、私生活や家庭内のことを知られたくないことです。もう一つは、自分のことは、他人に指図されず自分で決めたいことです。
すると、政府による個人への介入は、次の2点で問題になります。一つは、家庭に入ってよいのか、入る場合はどのような場合かです。もう一つは、「放っておいてくれ」という人に、どこまで関与できるかです。

生活保護など社会保障は、本人が求めるので、関与しても大丈夫でしょう。しかし、家庭内暴力など虐待の場合は、家族は介入を求めておらず、さらに拒否する場合もあります。
自立支援も、難しいです。本人が望んでいない場合に、どこまで支援ができるでしょうか。すべきでしょうか。本人の行動と意思に関与することは、手法も難しいのです。
また、社会的自立への支援と言うことの原点には、子どもを一人前の社会人に育てるということがあります。これについてはほぼすべての人が同意するでしょう。では、現在社会で「一人前にする」とはどのようなことでしょうか。ここに、成熟社会での行政の役割転換が求められています。

消費者庁新採研修講義

2022年4月6日   岡本全勝

今日4月6日は、消費者庁の新採職員研修講義に行ってきました。新採職員のほか、消費者庁採用の先輩たちも数十人参加しました。
消費者庁は2009年(麻生内閣時代)にできた、新しい役所です。自前の職員採用を始めていますが、現時点では職員の多くは他の省の出身者です。
よく似た例では、かつての環境庁があります。環境庁も発足時には仕事を引き継いだ厚生省などの出身者で構成していましたが、その後の職員採用で環境庁・環境省育ちの職員が増えました。なお、復興庁はさらに新しい役所ですが、これは時限組織であり、自前の職員採用をしていません。各省からの出向と任期付き採用で構成しています。

霞が関のほとんどの省庁が、国民を直接に相手にせず、業界を相手にしています。これまでの行政の主な任務が、産業振興、公共サービス提供だったので、その手法が効率的だったのです。法務省や警察庁という取り締まりの行政はありますが、生活者、困っている国民を支援する役所はなかったのです。
産業振興と公共サービス提供を達成し、他方で成熟社会の課題が出てきています。21世紀の行政は、重心を業界育成から生活者支援に移す、移すべきだと私は考えています。消費者庁への期待を込めて話をしてきました。