カテゴリーアーカイブ:社会の見方

主張逆張りの目新しさ

2025年7月17日   岡本全勝

7月1日の朝日新聞オピニオン欄「荒れる選挙」、小林哲郎・早稲田大学政治経済学術院教授の「「逆張りエンタメ」に需要」から。

・・・ 日本人は中国やロシアのような権威主義国家の非自由主義的なナラティブ(正当性を主張する物語)に影響されやすい。そんな傾向が18~79歳の3270人を対象とするオンライン調査実験で浮かびました。他の研究者と共同で3月に論文を発表しました。
例えばロシアのウクライナ侵攻に関する設問では、「一方的な侵略であり重大な国際法違反だ」という自由主義陣営の「物語」よりも、「NATO(北大西洋条約機構)が中立の約束を破りウクライナへの影響力を拡大したのが原因」というロシアに都合の良い「物語」の方が、説得効果が高いという結果が出ました。
その理由は逆張りの目新しさにある、と考えています。つまり、社会の主流の価値観と異なる物語は新鮮で面白く感じられ、関心を引くということです。
だとすれば、選挙でも陰謀論などを唱える候補者が説得力を持ってしまう可能性は十分にあるでしょう。

ネット配信のドラマは非常に展開が速く、どんでん返しをたくさん入れて視聴者の関心を引きつけます。国内選挙の実証研究はこれからで、あくまで仮説に過ぎませんが、政治も最近エンターテインメントとして消費されている側面があり、ドラマのような展開を求める需要があるのではないかとみています・・・
・・・民主主義はまず法律があり、それに照らして理非が判断される演繹(えんえき)的なシステム。予想外の結論は出にくいです。「既得権益への挑戦」という物語に対抗すれば、既得権益側の物語とみなされる。情報を読み解く力を高めるといった個人の努力を求めてもなかなか響かないでしょう。「面白くない」ものに関心を持ってもらうのは難しい。民主主義はソーシャルメディア時代には不利なのです・・・

円高恐怖症の歴史

2025年7月16日   岡本全勝

6月28日の日経新聞に、「戦後80年 バブルと円」「「円高恐怖症」乗り越える」が載っていました。ついている図表とともに、わかりやすい解説になっています。原文をお読みください。

・・・日本経済の道のりは繰り返される「円高恐怖症」への対応に追われ続けた歴史でもある。円安を「国是」とする輸出立国の呪縛から逃れられないまま、今に至る。戦後80年、次の危機の芽が見え隠れしてきた。

1949年4月25日。ここが本当の「戦後の始まり」かもしれない。品目ごとに異なっていた円の公定レートが1ドル=360円で統一された日だ。
以来、360円の固定レートは50年の朝鮮戦争の特需を経て高度成長を強力に支えたが、その後の苦難の源流ともなった。
終止符を打ったのが71年8月のニクソン・ショックだ。ベトナム戦争で疲弊した米国が一方的にドルと金の交換停止を通告し、急激な円高圧力がかかった。
ここで日本は円高恐怖症を発症する。日銀百年史によれば、「国民各層のほとんどが円切り上げアレルギーとでも称すべき状況」に陥った。同年12月のスミソニアン合意で固定レートを308円に切り上げたが、円高の奔流は止まらない。日本は73年2月、やむなく変動相場制へ移行する。
円高パニックは高インフレの種をばらまいた。政府も日銀も財政拡張と金融緩和に走り、そして狂乱物価へ。73年の第1次石油危機はきっかけにすぎない。
第2次石油危機に際し、日銀は教訓を生かして積極的な利上げに動く。労使は「賃上げよりも雇用維持」に転じ、企業は省エネ経営で競争力を高めた。だが危機を克服する日本経済の強さが新たな危機につながる。米国は経済停滞と物価高が併存するスタグフレーションが長引き、対外収支の不均衡が蓄積していった。

2度目の円高恐怖症は85年のプラザ合意後だ。米国は高金利政策のあおりのドル高の重荷や対外収支の悪化に耐えきれず、日米欧はドル高是正で足並みをそろえた。合意前、日銀は経済大国の自負から日本の課題を「わが国自身が最も恩恵を受けている自由貿易体制の崩壊を防ぐことにある」(85年5月の調査月報)と記したが、その余裕はすぐに崩れる。
円高不況に入り、日銀は86〜87年に5度にわたって金融緩和に動く。日米欧は87年のルーブル合意でドル安阻止に転じるも、円高パニックは消えなかった。
当時の宮沢喜一蔵相は「私の頭の中は急速な円高を何とか食い止めたいということでいっぱいだった」(私の履歴書、2006年)と明かした。日銀総裁だった澄田智氏も1984〜89年の任期を「為替に始まり、為替に終わった」(2000年のインタビュー)と振り返った。
狂乱物価の再来阻止を誓う日銀だが長期の金融緩和は代わりに狂乱株価と狂乱地価を生んだ。バブルだ。
西ドイツや英国が金融引き締めに動くなか、日本の利上げは1989年までずれ込む。

バブル崩壊と金融不安の末、ゼロインフレが定着し、円高も加速していく。日銀はゼロ金利政策や量的緩和など非伝統的な政策で試行錯誤する。財政も構造改革の試みは何度も挫折し、景気対策を重ねるうちに政府債務が膨張した。
円高のピークはリーマン危機後、東日本大震災が起きた2011年だ。円相場は10月末、1ドル=75円32銭と戦後最高値を記録した。日銀無策の大合唱は「最終兵器」を生み出す。
デフレ脱却を公約した第2次安倍晋三政権下で日銀総裁に指名された黒田東彦氏による「異次元緩和」だ。これまでの常識を覆す大規模緩和で、国債発行残高の半分を買い取った。当初目標とした2年で2%の物価上昇は果たせず、異次元緩和の解除にこぎつけたのは海外発のインフレ圧力が強まり、10年間に及ぶ黒田時代が終わったあとの24年のことだった・・・

新聞社の選挙報道

2025年7月15日   岡本全勝

6月30日の日経新聞に「有権者へ必要な情報を積極的に 選挙報道で本社指針」が載りました。
・・・日本経済新聞社は7月の参院選を前に、選挙報道に関する指針をつくりました。SNSの影響の大きさを踏まえ、より積極的に有権者が必要とする情報を発信すると確認しました。正確かつ公正な報道は民主主義の基盤です。選挙期間中か否かを問わず、届けるべき情報をお伝えします。
2024年にはSNSの影響が色濃く出た選挙が相次ぎました。兵庫県知事選や名古屋市長選、東京都知事選です。いずれも報道のあり方を考え直す契機になりました。
SNSが選挙に及ぼす力には長所と短所があります。個人が手軽に意見を表明し、世論を喚起できる点は間違いなく長所でしょう。一方で真偽が不明な情報が拡散し、それを判断材料に選挙結果が左右される場合は、民主主義が脅かされます。
後者の短所が表面化したのが兵庫県知事選でした。選挙後も県政の混乱は続き、報道機関には「十分な判断材料を提供しなかったのでは」との声が寄せられました。

私たちは事実を取材して確認し、伝えることが本分です。選挙の報道でも変わりません。それが不十分ならどうすべきかを指針で示しました。
3つのポイントがあります。まず、選挙期間中でも原則として通常の報道の判断基準に照らして方針を決めます。公職選挙法148条や過去の判例、日本新聞協会編集委員会の見解でも、選挙期間中の報道の自由は保障されています。その点を再確認し、積極的に大事な情報を届ける姿勢を明確にしました。
次に、報道の公正は「量」ではなく「質」で担保します。行数や文量、記事の大きさで政党や候補者の情報をそろえることは本質的な対応とはいえません。候補者の不祥事や問題発言も、有権者の判断に関わるなら丁寧に伝えます。
もう一つは、選挙の公正を害する行為は厳しく批判的に報じます。法に抵触する疑いがあったり、公序良俗に反したりする活動は、選挙期間中でも問題点を指摘して記事にします。真偽不明の情報が大きな影響を与えるなら、事実関係を検証する「ファクトチェック」などを実施して報道します。
一方でSNS空間では過激な発信で関心を集めて収益を得るような動きがあります。報道がそうした活動を助長しないかどうかも慎重に検討します。読者が求める報道機関の責務を果たせるよう、取り組んでいきます・・・

7月9日の朝日新聞には「選挙中も積極的に報道します 新聞各社、相次ぎ新指針発表」が載っていました。
・・・新聞各社の選挙の報じ方が変わりつつある。参院選前に相次いで選挙報道の指針を設けて「過度に公平性を重視せず、積極的に報じる」などと宣言。ファクトチェック体制を拡充する社もある。選挙中に候補者による選挙妨害事件が起きたり、SNS上で真偽ない交ぜの情報が錯綜したりした際に、「選挙の公正」を重視した結果、報道が十分ではなかった反省が背景にある。
全国紙では朝日、毎日、日経が5月以降選挙報道の指針を発表し、複数の地方紙も6月以降続いた。

朝日新聞は昨年12月に「選挙取材・報道に関するガイドライン」を作った。SNSが選挙結果に大きな影響を与えるようになったことや、昨年の兵庫県知事選に際して、読者からの「有権者に必要な情報が届いていない」との声を受けた。
このガイドラインを元に今年6月、新たにつくった「選挙報道の基本方針」では、選挙期間中も、選挙報道は基本的に自由だという原則を再確認。その上で、公平性に一定の配慮をしつつ、政党や候補者が誤情報を発信したり、問題行動をしたりした場合は積極的に報じるとした。
SNSで拡散した誤情報や真偽不明情報については、誤っているかや根拠がないかどうかなどを裏付け取材した上で報じるとした。こうした報道を強化するため、ファクトチェックに取り組む編集部も発足させた。
また、記者が誹謗中傷を受けた場合は法的措置を含めた相応の対応をとるとした・・・

ひとりぼっちはアリにもキツい

2025年7月14日   岡本全勝

7月1日の朝日新聞、山中季広コラムニストの「ひとりぼっちはアリにもキツい…孤立の時代を生き抜くには」から。

・・・ 「アリも社会性の生き物。やはり孤立には弱い。集団から1匹を引き離すと、寿命が急に縮みます」。国立機関「産業技術総合研究所」の研究グループ長である古藤日子(あきこ)さん(42)は話す。
野生下では数百匹、数千匹の群れで生きるクロオオアリが、実験室で何日間生きられるかを調べた。10匹の群れで生きるアリは半減するまで約67日だったが、1匹で暮らす隔離アリたちの半減寿命はわずか7日。10分の1に縮んだ。

集団アリはエサを収集すると巣に戻り、仲間たちに口移しでエサを配る。だが孤立アリは巣に入るのを嫌がり、エサを吐き散らした。
なぜ孤立すると早死にするのか。隔離によるストレスから遺伝子の働き方が劇的に変わり、人間の肝臓と同じ働きをする「脂肪体」の機能が鈍くなることがわかった。
「安易にヒトにあてはめることは禁物ですが、アリの細胞に起きる変化を解明し、孤立に屈しないヒントを得たい」と古藤さん。研究成果を「ぼっちのアリは死ぬ」と題して刊行したばかりだ・・・

「イスラーム世界とは何か」

2025年7月13日   岡本全勝

羽田正著『〈イスラーム世界〉とは何か 「新しい世界史」を描く』(2021年、講談社学術文庫)を読みました。単行本が出たときに読みたいと思いましたが、そのままになり、文庫本になっても手をつけず。知人が読んでいるとのことで、読みました。
宣伝文には、次のように書かれています。
・・・ジャーナリズムで、また学問の世界でも普通に使われる用語、「イスラーム世界」とは何のことで、一体どこのことを指しているのだろうか? ムスリムが多い地域のことだろうか、それとも、支配者がムスリムである国々、あるいはイスラーム法が社会を律している地域のことだろうか。ただ単に、アラビア半島やシリア、パレスチナなどの「中東地域」のことを指しているのだろうか? 
本書は、高校世界史にも出てくるこの「イスラーム世界」という単語の歴史的背景を検証し、この用語を無批判に用いて世界史を描くことの問題性を明らかにしていく。
前近代のムスリムによる「イスラーム世界」の認識、19世紀のヨーロッパで「イスラーム世界」という概念が生み出されてきた過程、さらに日本における「イスラーム世界」という捉え方の誕生と、それが現代日本人の世界観に及ぼした影響などを明らかにする中で、著者は、「イスラーム世界」という概念は一種のイデオロギーであって地理的空間としては存在せず、この語は歴史学の用語として「使用すべきではない」という・・・

なるほど。「イスラーム世界」という言葉、概念は、近代ヨーロッパが作ったものなのですね。私は子どもの頃「中近東」や「極東」(こちらは最近聞かなくなりました)という言葉を聞いて、「なんでだろう」と疑問に思いました。ヨーロッパから見て、近いか遠いかだったのです。
しかし、「では、イスラーム世界に変わる言葉、概念は何か」と考えると、この本はそこまでは書いていません。
・・・地球環境と人類史的視点から「新しい世界史」を構想し叙述する方法の模索が始まる・・・と書かれているのですが、そこで止まっています。

歴史も地理も、それ自体は連続した事実に、何らかの視点から区切りを入れる作業です。視点によって、いくつもの区切り方があるでしょう。その一つは、住民の暮らし、生活文化です。その点では、イスラームは、有力な切り口だと思います。
これまでの歴史学は、政治権力によって区切ることが多かったです。日本史でも、奈良、平安、鎌倉、室町、安土桃山と。でも、この切り口では、日本列島人の暮らしの変化は見えません。私は、昭和後期・昭和末が、「戦後の終わり」「長い明治の終わり」「長い弥生時代の終わり」と説明しています。